April 26, 2018 / 3:22 AM / 3 months ago

コラム:米長期金利は本当に「上昇局面」に入ったのか=井上哲也氏

井上哲也 野村総合研究所 金融ITイノベーション研究部長

 4月26日、野村総合研究所の井上哲也・金融ITイノベーション研究部長は、米財政に対する信認が喪失すれば、米長期金利上昇を受けた株価調整とは比較にならないほどのインパクトが国際金融市場に及ぶと指摘。写真は、米ワシントンのFRBビル前で2016年1月撮影(2018年 ロイター/Jonathan Ernst)

[東京 26日] - 米国の長期金利がにわかに市場の焦点として浮上してきた。米国債のイールドカーブのフラット化が景気後退の前兆であるとの懸念が注目を集める中で、足元にかけては利回りがむしろ上昇し、24日には10年債利回りが3%台に乗せた。

米国の長期金利を代表する国債利回りは、同国の株式や社債だけでなく、世界の幅広い金融資産にとってベンチマークとなっているだけに、市場がその動きに注目するのは当然である。その上で今回の動きが興味深いのは、長期金利を巡る状況に新たに大きな変化が生じたわけではない点だ。つまり、市場が既存の材料を再認識したことによる動きと言える。筆者が冒頭で「にわかに」と表現したのはこのためである。

実際、今年に入ってからは金利上昇要因が少なからず浮上していた。本連載で以前触れた財政赤字の拡大見通し(税制改革に加えて、巨額の後年度負担を伴う連邦予算の効果もある)だけでなく、当面の経済成長率の見通しが大きく上方修正されたほか、堅調な賃金上昇を背景に企業や家計のインフレ期待も徐々に上昇し、「低インフレの謎」といった議論も聞かれなくなった。

為替市場でドル高の修正が進み商品価格が上昇していることも、実際にインフレ率を押し上げている。それでも、さまざまなサーベイ調査が示唆するように、米国市場における長期金利の見通しは驚くほど安定していたわけである。

<長期金利を巡る当局と市場の「認識の差」>

こうした点を踏まえ、米国当局は長期金利がなかなか上昇しなかったことの方にむしろ疑問を感じていたようだ。実際、筆者が年初から2回にわたって米国を訪問した際にも、政策当局や国際機関からは、金融政策の「正常化」を円滑に進める上でも、金融システムへの不要なストレスを避ける観点からも、長期金利は景気やインフレの好転に伴って緩やかに上昇することが望ましいとの考えが示された。

しかし、市場から見れば、長期金利が上昇しないよう政策当局が慎重に対応しているとの印象を受けたことも否定できない。例えば、昨年秋から米連邦準備理事会(FRB)が開始したバランスシートの縮小についても、国債や住宅ローン担保債券(MBS)のネットの削減額を3カ月ごとに段階的に増加させるといった市場に「優しい」枠組みが採用された。このため、実際にFRBによる長期資産の保有は着実に減少しているにもかかわらず、市場の注目は大きく低下している。

米財務省も当面は中短期債を厚めに発行する方針を明らかにしており、そうした意図は四半期ごとの国債発行に現れている。背景としては、イールドカーブがフラット化したとはいえ相応の傾きを持つ中で、増発が予定される国債の利払いを抑制する狙いが考えられる。

さらに言えば、税制改革に伴う歳入減少が2022年ごろまでに集中した後に緩やかなペースとなるシナリオが考慮されている可能性もある。しかし、いずれにせよ市場から見えるのは長期債発行の相対的な減少であり、需給面から長期金利を抑制するはずということになる。

<長期債利回り上昇抑制の前提条件>

では、今後は米国の長期金利も明確な上昇トレンドに乗るのだろうか。結論はイールドカーブの領域によって異なる面があろう。

先に述べたように、米国のファンダメンタルズは税制改革の効果も含めて良好であり、従ってFRBも着々と利上げを進めることになろう。市場がこれらの要素を再認識していくにつれて、中短期債の利回りには上昇圧力が働き続けることに異論は少ないだろう。

これに対して長期債の利回りを巡る状況はやや複雑である。ファンダメンタルズの観点から見れば、長期債の利回りは当面の景気やインフレではなく、長期の経済成長やインフレに対する期待とその不確実性(リスクプレミアム)に左右されるはずである。

トランプ政権の主張に反して、米国市場では税制改革によって潜在成長率が好転するといった楽観的な見方はほとんど聞かれないし、現時点ではFRBが利上げによってインフレを適切にコントロールすることへの信認も存在することを考えると、ファンダメンタルズ面から長期債の利回りが顕著に上昇するとは考え難い。

FRBによるバランスシートの縮小も、市場での売却を行わず保有資産の満期償還によって進める限り、そして米財務省が主として中短期債の発行によってリファイナンスする限りは、長期債の利回りに対する上昇圧力は抑制される。

実際、FRBのバランスシートについては、長期資産の再投資を実質的に停止したことに伴う満期構成の短期化は緩やかなものにとどまっている。ゆえに、FRBが量的緩和を通じて縮小させたタームプレミアム(期間に伴う上乗せ利回り)の拡大も緩やかなものとなろう。

<警戒すべきは米財政の信認喪失リスク>

それでも長期金利の上昇リスクが全くないわけではない。最大のリスクはやはり米国の財政赤字である。

もちろん、当面はリスクの顕在化を抑えることも不可能ではない。米財務省は国債管理政策によって財政負担を抑えるべく努力しているし、米国と日欧との金利差も維持されるだけに、海外投資家による米国債への需要も維持されるだろう。

しかし、より長い目で見れば、米国の会計検査院(GAO)が改訂した見通しによると、10年後の米国債残高は、米国経済が比較的良好な成長率を維持したとしても、国内総生産(GDP)比で100%に接近する。日本の実情に照らすと感覚が麻痺してしまうが、米国政府の債務残高がこうした水準に達するのは第二次世界大戦以来である。しかも、今回の連邦予算を巡る議会の妥協が示唆するように財政規律を求める議論が共和党からも後退しただけに、将来のいずれかの時点で米国ないし海外の市場が米国財政に対する信認を喪失するリスクは少なからず存在する。

そうなれば、足元で米国債利回りの上昇を材料に米国の株価が調整しているのとは比較にならないようなインパクトと広がりを持った影響を、国際金融市場に及ぼすことが懸念される。米国の政治は現政権の下ですっかり内向きになったが、米国債の利回りは世界の金融市場のインフラであるだけに、経済政策だけは内向きの視点に支配されないよう願うばかりである。

井上哲也 野村総合研究所 金融ITイノベーション研究部長(写真は筆者提供)

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部長。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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