October 28, 2019 / 7:13 AM / 15 days ago

コラム:日銀による追加緩和、その課題と枠組み再調整の行方=井上哲也氏

[東京 28日] - 今月末に開催される金融政策決定会合で、日銀がマイナス金利の深掘りによる追加緩和に踏み切るのではないかとの見方が根強いようだ。

10月28日、今月末に開催される金融政策決定会合で、日銀がマイナス金利の深掘りによる追加緩和に踏み切るのではないかとの見方が根強いようだ。写真は19日、ワシントンでロイターのインタビューに応じる黒田東彦日銀総裁(2019年 ロイター/Carlos Jasso)

景気は力強さを欠くといっても、消費は堅調であり、企業も輸出や生産に減速がみられるものの、設備投資への前向きな姿勢は失われていない。焦点である海外経済の先行きの不透明性も、米中の貿易摩擦やブレグジットを展望すると、夏ごろに比べて不透明性が低下している。物価の基調にも大きな変化はみられず、日銀は景気や物価の見通しを概ね維持するとみられる。

そうした環境にもかかわらず、追加緩和への思惑がみられる最大の理由は、日銀によるコミュニケーションにある。

黒田東彦総裁は、9月中旬以降、様々なインタビューを通じて、マイナス金利政策には強化の余地があることを強調している。この点が、10月の金融政策決定会合における経済情勢の再点検についての予告と結びつけられ、市場では経済見通しの下方修正と追加緩和がセットで実現するとの見方につながったようだ。

<コミュニケーションの背景>

黒田総裁が、ここへ来てマイナス金利の深掘りに言及していることには、いくつかの理由が考えられる。

第1に追加緩和への否定的な見方を払拭(ふっしょく)することである。筆者が米欧の市場関係者と面談した際にも、世界経済が減速した場合、主要国の中央銀行の中では政策対応の余地の面で、日銀が最も難しい状況に陥るとの見方が示されることが多かった。

加えて、経済や政策の環境の違いを無視した議論ではあるが、FRB(米連邦準備理事会)やECB(欧州中銀)が金融緩和に動く中で、日銀は政策対応に消極的との印象もあるようだ。

そうした理解が市場で共有されてしまうと、内外経済に関する下方リスクが顕現化した場合、円高圧力や資産価格への下落圧力につながりやすい。その意味で、日銀は追加緩和の余地や実際の発動に向けた柔軟なスタンスを強調することで、市場の理解の修正を図ろうとしていると理解できる。

第2はイールドカーブのスティープ化の意図を示すことである。実際、日銀は国債の買い入れ額の引き下げを継続しているだけでなく、特に長期─超長期ゾーンの買い入れ抑制を進めている。マイナス金利の深掘りによって、短期ゾーンの金利を引き下げることと合わせれば、イールドカーブ全体をスティープ化させる意図が推察される。

この点は、黒田総裁が最近強調している長期金利が低過ぎることに伴う副作用(年金などの利回り低下による家計マインドへの悪影響)への対策という面があろう。

また、スティープ化が鮮明になれば、長短金利差による利ザヤの拡大を通じて金融機関の収益にも好影響が及ぶ。低金利環境に伴う収益面での負担を軽減できれば、金融仲介機能への副作用を抑制することも期待できる。

その意味で、スティープ化は金融緩和の副作用対策でもあり、副作用への配慮が日銀による追加緩和の制約になるとの思惑をぬぐい去ることにもつながる。

<日銀の課題>

その一方で、日銀の対応には課題も少なくなくない。

まず、これが金融緩和と整合的かという点である。欧米の市場参加者からは、日銀は強力な金融緩和を維持すると言いつつ、いわば「逆ツイストオペ」を行っているとの見方が示されることも少なくない。

そうであれば、日銀による一連のコミュニケーションは、追加緩和というより「政策の再調整」という意味合いを持つことになる。

今夏に急低下した長期ゾーンの金利水準を市場にストレスのない形で調整できるのであれば、将来の低下余地を確保する点で意味を持つと思う。

実際にマイナス金利を深掘りすれば、将来にわたる政策金利の予想経路が変化することで、長期金利にも当然に低下圧力がかかるからである。

そのような意義を対外的にどう示すかという課題は、コミュニケーションのやり方だけにとどまらない。なぜなら、イールドカーブの形状全体をどう運営するのかは、現在のイールドカーブ・コントロールの下でも明らかではないからである。

日銀が明示的に目標を置いているのは、オーバーナイトと10年の金利だけであり、それ以外は市場の動きに委ねることになっている。しかし、実際は超長期ゾーンの金利も10年の金利と密接な関係を有するし、今回のように過度な低下は避けたいという意向を示唆するのであれば、超長期ゾーンの水準が暗黙の政策目標になっていることになる。

一方で、上記のように国債の買い入れ額の調整などによって、イールドカーブ全体の形状に実質的な働きかけを行っているとすれば、政策運営のガバナンスの点でも気になる面が残る。

<政策の再調整>

政策の再調整という観点からこれらの要素を考えると、イールドカーブ・コントロールにおける目標金利を10年から5年といった中期にシフトさせることが考えられる。もともと、2016年の「総括的検証」の中で、日銀は実体経済への波及効果を有するのは、こうした中期ゾーンであることを確認していたはずである。

一方で、残念ながら超長期ゾーンの金利が低下しても、米国のように住宅投資が活発化するという効果は期待しにくい。

同時に、長期─超長期のゾーンについては、国債買い入れの柔軟性を高めることで市場の動きに委ねる姿勢をより明確にすることが考えられる。少なくとも当面を展望すれば、このゾーンの金利に低下圧力がかかるのは、今夏のように海外経済の不透明性が高まる局面であり、それは日本にとっても金利の低下が必要な局面である。

もちろん、日銀がそうしたスタンスに円滑に移行するには、機関投資家や財政当局との間で、このゾーンの国債の需給について適切な理解を持つことが必要であるが、これは現在の対話の枠組みの下で十分に可能と思われる。

他方、マイナス金利の深掘りを行う際には、金融機関に対する副作用にさらに配慮することも重要である。日銀は最近公表した「金融システムレポート」で、金融機関に対して様々な収益改善策を促しているが、その実現には時間を要する。

金融緩和の重要な波及経路である金融仲介を維持する上でも、また、銀行が預金関連の手数料によってコストを転嫁し、結果的に家計のマインドに悪影響が及ぶ事態を避ける上でも、少なくとも一時的に収益面への影響を軽減する必要があり、イールドカーブのスティープ化だけでなく、当座預金の階層構造の運営について、見直しを図るといった対応も必要となろう。

いずれにしても、金融緩和は持久戦となっているだけに、政策運営に関する日銀のコミュニケーションや国債買い入れの変化が、最終的にはこうした枠組みの再調整につながることを期待したい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

井上哲也氏

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。 

(編集:田巻一彦)

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