March 24, 2020 / 9:18 AM / 9 days ago

コラム:新型コロナでも起きた流動性危機、当局を待つ試練=井上哲也氏

[東京 24日] - 新型コロナウイルスの問題は、実体経済に対する直接的な影響にとどまらず、世界の金融市場を不安定化させ、家計や企業にとって必要な資金の調達に支障が生じかねない事態に発展した。このため2008年に発生した世界金融危機との比較が意識されるようになってきた。

新型コロナウイルスの問題は、実体経済に対する直接的な影響にとどまらず、世界の金融市場を不安定化させ、家計や企業にとって必要な資金の調達に支障が生じかねない事態に発展した。写真は3月23日、ニューヨークのタイムズスクエアで撮影(2020年 ロイター/Carlo Allegri)

しかし、主要国の政策当局は、当時の経験を踏まえて様々な対策を講じてきたはずである。もちろん、今回の問題の根源は感染症の世界的な拡大であり、世界金融危機につながった資産価格バブルとは全く異なる。それでも、この間の対応によって金融システムが頑健になっていれば、今回のような世界的な感染症に限らず、様々なショックが生じても、金融経済に対する「二次的影響」を抑制できるはずである。

<強化された銀行の自己資本と流動性>

世界金融危機の後に実現したのは、大手銀行を中心とする自己資本や流動性に関する規制の強化であり、前回の問題の震源地であっただけに当然とも言える。

今回、その成果は着実に発揮されている。米欧の中央銀行が強調したように、大手銀行の自己資本や流動性は世界金融危機当時に比べて盤石であり、資産価格の大幅な変動の中でも、こうした金融機関の健全性に懸念は生じていない。筆者は、金融機関に対する自己資本の賦課が際限なく強化されたことに良い印象を持たなかったが、今回は規制強化の意義を認めざるを得ない。

しかも、今回は米欧の政策当局が、銀行に対して自己資本や流動性のバッファーを柔軟に活用するよう求めていることも注目される。つまり、銀行が規制を順守する結果、家計や企業に対する貸し渋りが生じ、経済活動の悪化に拍車をかける事態を防止しようとしているわけである。この点も、金融規制の強化が景気変動をむしろ増幅するとの批判(procyclicality=景気循環増幅効果)に関する議論が生かされている。

また、銀行の健全性に対する懸念が抑制されていればこそ、こうした配慮が意味を持つ。そうでなければ、自己資本や流動性のバッファーを取り崩した銀行に対して、健全性に問題があるのではないかという疑心暗鬼が生じる。そうした「stigma(不名誉)」のリスクが意識されるようだと、銀行はバッファーの活用を逡巡し、貸し渋りに走ることになるからである。

<それでも起きた市場機能の悪化>

それでも、金融規制の強化はメリットだけをもたらしているとは言えない。今回の問題を通じて浮かび上がったのは、市場機能への影響である。

世界金融危機前に比べて金融市場での取引が円滑に行えないという懸念は、既に何回か現実のものとなっている。例えば、ドル資金の重要な調達の場である為替スワップ市場では、年末のような繁忙期には、レートが急騰したり取引が成立しにくくなったりする事態がしばしば生じた。また、昨年秋の米国のレポ市場の金利の急騰もその一例といえる。

これらの度に指摘されてきたのが、大手金融機関によるマーケットメイク機能の低下である。国際決済銀行(BIS)は為替スワップ市場で需給を調整する役割を果たす大手金融機関の数が、世界金融危機の前に比べて顕著に減少したことを指摘してきた。

また、米国のレポ市場における投資銀行の取引シェアも、顕著に低下している。これらに共通して指摘される背景は、金融機関の自己勘定によるリスクテークに対する規制の強化や、流動性規制の下でのインターバンク取引に対するインセンティブの低下による影響である。

そして、今回は米国債のように本来は最も流動性が高いはずの市場でも、取引の円滑な執行が困難になり、金利が不連続かつ大幅に変動する事態が生じた。

<米国債市場の現実>

米国債市場については、2014年秋の「フラッシュクラッシュ」を契機に、関係当局が共同で調査を行った結果、短期の投資家による市場と中長期の資金運用を行う市場との二重構造化が進んでいるだけでなく、前者の取引の大半をヘッジファンドや民間取引プラットフォームが占めていることが明らかになり、ストレスが生じた際に需給の調整がうまく行かず、金利が乱高下しやすいとの懸念は広く共有されていた。

今回は株式も含む広範な市場で取引が困難になったため、投資家の換金売りが米国債市場に集中した結果、需給バランスが顕著に崩れたと推察される。その意味で米国債市場だけを問題視するのはフェアではないが、米国債の利回りは世界の金融資産のベンチマークであるだけに、いかなる理由であれ米国債市場が機能を損なうことは、世界の金融市場の機能低下につながり得る。

市場機能の低下に対しては、例えば、米国債を含む多くの市場で取引量や価格形成に大きな影響を持つようになった各種のファンドに対する規制を強化したり、銀行と類似の機能を果たすミューチュアル・ファンドに銀行に準じた規制を課したりすることで、米国債やレポの市場で大きなポジションを組成できないようにするといった対策も考えられる。

しかし、これらでは、今回のように他の金融市場でのポジションが調整できなくなったために米国債の換金売りが生じるといった事態を抑制することは難しい。こうしたファンドは、顧客からの償還要求が集中した場合には、それを市場につなぐ以外に対応しようがないわけである。

<無制限QEの出口は>

米国の連邦準備理事会(FRB)は、世界金融危機の際に発動した市場流動性の維持のための対策をここへ来て次々に復活させた。23日に決定した「無制限」の国債や住宅ローン債券(MBS)の買い入れ(量的緩和政策=QE)も、主たる狙いは金融市場の機能を下支えすることで、企業や家計が必要な資金を調達できるようにすることだ。

これらは、中央銀行が問題を把握し必要な対策を迅速に講じているという意味で、世界金融危機の教訓が生かされているとの評価も可能であろう。 

しかし、それは起こるべくして起こった問題という面もあり、必ずしも望ましいことではない。なぜなら、市場参加者にモラルハザードが生ずる結果、中央銀行の介入が常態化し、金融市場の価格メカニズムが働かなくなるからである。

少なくとも平時には、潤沢な自己資本や流動性を備えた民間のプレーヤーが市場の需給を調整することが望ましい。そうした条件を満たすのは、結局のところ金融規制の強化を経て頑健性を高めた大手金融機関しかいないように思われる。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

(編集:田巻一彦)

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