June 25, 2020 / 5:49 AM / 12 days ago

コラム:現実味帯びる米のYCC導入、コロナ危機モードから転換へ=井上哲也氏

[東京 25日] - 米連邦準備制度理事会(FRB)がイールドカーブ・コントロール(YCC)を年内には導入する、との見方が米国市場で台頭している。

 6月25日、米連邦準備制度理事会(FRB)がイールドカーブ・コントロール(YCC)を年内には導入する、との見方が米国市場で台頭している。写真はワシントンのFRB本部。2019念3月撮影(2020年 ロイター/Brendan McDermid)

FRBは政策の枠組み見直しを進める中で、政策金利が実質的な下限(Effective Lower Bound=ELB)にある下での手段としてYCCの可能性を議論してきたが、金融政策を決定する米公開市場委員会(FOMC)での支持は少数にとどまっていた。

しかし、ここに来てパウエル議長やクラリダ副議長が可能性に言及したほか、最近のFOMCでも議論が行われたことが議事要旨によって明らかになっている。

<ターゲットは3年>

筆者自身も、FRBが遅延している政策の枠組み見直しに関する検討結果の取りまとめを秋までに公表した後、米国経済の復興を下支えする観点から、YCCの導入に踏み切る可能性が高いと考えている。これは、新型コロナウイルスを受けた危機対策モードから、景気対策モードへの最終的な転換と位置づけられるであろう。

ただし、FRBが想定しているYCCは、日銀の先例とはいくつかの点で重要な違いがある。

第1に、FRBはイールドカーブ全体ではなく、中短期ゾーン(3年程度)に焦点を絞った金利の安定化を念頭に置いている。この点は、政策の枠組み見直しに関する議論を通じて一貫した考えであっただけでなく、先般のパウエル議長による米議会証言(上院)でも明確に確認されている。

住宅投資を刺激する上では、住宅ローン金利に直接関係する長期─超長期ゾーンの金利を引き下げることにも意義があるが、こうしたゾーンを誘導目標としないことについて、パウエル議長は同じ議会証言の中で、機関投資家の収益の毀損(きそん)とともに米国債の市場機能の低下という副作用を強調した。

米国債、特に10年債の利回りは世界のあらゆる金融資産の価値のベンチマークであり、市場機能の低下は金融仲介の大きな障害となり得る。FRBがこの点をいかに重視しているかは、今年3月後半以降に市場機能が損なわれた際に大規模な国債買い入れを実施したことが明確に示している。

中短期ゾーンに焦点を絞る方針は、長期─超長期金利を誘導した場合に解除(exit)が難しいというパウエル議長が示したもう1つの懸念とも整合的である。つまり、YCCはあくまで一時的で特例的な政策対応であり、米国経済の回復とともに不要になるとの見方に裏打ちされているのであろう。

第2に、FRBによるYCCは、マイナス金利政策ではなくフォワードガイダンスの強化と相互に補完しあう形で導入されることが見込まれる。実際、これは昨年来のFOMCの議事要旨にたびたび現れた考え方であるだけでなく、最近のクラリダ副議長の講演でも示唆されている。

この点は、単にFRBがマイナス金利政策の採用に極めて消極的であることによるだけでなく、上記の第1の点とも密接な関連を有する。

つまり、日銀のように長期(10年)ゾーンの金利を誘導するには、マイナス金利政策を現在のみならず将来も採用する可能性を示唆することで、長期にわたる政策金利の予想パス(経路)を引下げることが有用である。

これに対しFRBのように中短期ゾーンの金利が対象であれば、フォワードガイダンスによって当面は政策金利を低位に維持するとコミットすれば十分である。

つまり、YCCをフォワードガイダンスと組み合わせることで、FRBが設定する中短期ゾーンの誘導目標に対する合理性や信認が強化されることになる。

逆に言えば、FRBは長期から超長期ゾーンに説得力のある誘導目標を設定するのは困難と考えている可能性がある。実際、設定を誤れば、FRBは誘導目標の達成のために大量の国債買入れを余儀なくされるリスクがある。

米国債の場合は残高の3割強を海外投資家が保有しているほか、国内投資家も多様であり、日本のような「道徳的説得」も必ずしも有効とは思えないだけに、FRBがフォワードガイダンスによる信認の補強が可能な中短期ゾーンに焦点を絞ることの意味は、ここにも存在する。

<財政ファイナンスの懸念>

FRBがYCCを導入するとしても、それはELBの下での政策対応に関するFOMC内での検討に基づくものである。しかし、新型コロナウイルス対策に伴って財政事情が急激に悪化する状況で導入することには、米国市場でも財政ファイナンスへの懸念が散見される。

実際、FRB自身にとっての先例である米国債価格のペッグ政策は、第2次世界大戦に伴う財政資金の調達ニーズの急増に対応して実施された。

また、今回の新型コロナウイルス問題でも、4月以降の連邦政府による短期証券(TB)の大量発行に対し、短期金融市場の安定化という目的の下で、FRBがTBや残存1年以内の米国債を大量に買い入れたことは、結果的に財政資金の調達を円滑化する役割を果たしている。

FRBも当然、この問題を強く意識しているはずである。市場が財政ファイナンスのリスクを強く意識すれば、上記のような米国債の保有構造の下で、金利上昇だけでなく資本流出の恐れもあり、深刻化すれば1970年代後半から80年代後半のような「双子の赤字」問題の再来になりかねない。米国経済の復興が急がれる状況下、これは絶対に回避すべき事態である。

パウエル議長が解除の難易度を重視し、YCCを採用するとしても中短期ゾーンに焦点を絞ることには、市場の懸念を抑制する点でもその意義は小さくない。

また、緊急避難的にTBの大量発行によって財政資金を調達した財務省も、徐々に長期の国債発行によって借り換えを行っていくという国債管理政策面での対応が予想され、米国債の需給面からのサポートも支援できる。

もちろん、FRB自身が財政ファイナンスを目的にしていないことを繰り返し説明することも必要である。 

その意味では、FRBにとっての悩みはむしろ次の局面で本格化するのかもしれない。FRBがYCCによって中短期ゾーンの金利を誘導目標付近に上手く誘導することができたという実績が残ってしまえば、次の局面では長期ゾーンでも同じことを求める声が高まる可能性があるからである。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

井上哲也氏

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

(編集:田巻一彦)

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