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コラム:ECB、景気回復局面で問われる資産購入のさじ加減=井上哲也氏

[東京 26日] - 欧州中央銀行(ECB)は1月の理事会で、金融緩和の現状維持を決定した。しかし、「パンデミック緊急資産プログラム(PEPP)」に関して、「資金調達環境」が悪化すればさらに強化する用意があるという従来の方針に加え、良好な「資金調達環境」が実現すれば、買い入れ枠の上限(1.85兆ユーロ)を使い切らない可能性がある点も声明文で明記した。

 1月26日、欧州中央銀行(ECB)は1月の理事会で、金融緩和の現状維持を決定した。フランクフルトのECB本部付近で14日撮影(2021年 ロイター/Kai Pfaffenbach)

昨年12月の前回理事会で決定したPEPPの買い入れ枠の大幅な強化に関して、少なからぬ異論があったことは同会合の議事要旨が示唆した通りである。つまり、足元の景気は厳しいが、今年後半以降の新型コロナウイルスワクチン接種の普及や海外経済の回復によって、ユーロ圏経済も回復に向かうとのシナリオの下で、金融緩和もこれに即して調整すべきとの考え方である。

加えて、理事会内にはドラギ前総裁の「独断専行」に対する強い批判があっただけに、上記のような声明文での「両論併記」も、理事会の融和を意識するラガルド総裁が、少数意見に配慮した対外発信を指向していることの結果である可能性もある。

<市場が懸念する緩和後退>

しかし、ラガルド総裁の会見では、記者から金融緩和スタンス自体に疑念が示されたほか、昨年後半以降は物価目標の達成に目標をシフトさせつつあったPEPPの運営に「資金調達環境」の条件が加わったことで混乱が生じた。しかも、「資金調達環境」の内容があいまいであるだけに、資産買い入れペースの不透明化も指摘された。

こうした反応は欧州市場でも共有されつつあるようだ。ECBにとってはせっかく強化した金融緩和の効果を減殺する恐れが生じただけでなく、PEPPによる資産買い入れの運営に市場が神経質になり、長期金利の不安定化を招きかねない点で、看過しえない問題に直面することになった。

<懸念に対するECBの対応は何か>

このうち、金融緩和スタンスへの疑念は、比較的容易に修正することができる。つまり、ラガルド総裁や理事会の執行部メンバーが「資金調達環境」は今後も容易に好転する可能性は小さいとの見通しを確認し、その間はPEPPによる資産買い入れを着実に実施する考えを強調することが考えられる。

一方、「資金調達環境」と物価安定との関係は、PEPPの目標がどのように変化してきたのかという点と大きな関連がある。

PEPPは、昨年春の導入時において、企業や家計への与信や域内国政府の国債発行の面での「資金調達環境」の維持を主眼としていた。しかし、昨年後半にそうした目標が達成された下で、ラガルド総裁はPEPPの目的が物価目標の達成にシフトしたと説明し、目的の柔軟性がPEPPのメリットであると強調した。

だが、こうした柔軟性が市場との対話を難しくしたとすれば、PEPPは金融経済の不透明性の収束とともに減速するが、物価安定の目標達成のために既存の資産買い入れ(APP)の強化で対応する用意があると説明することが考えられる。

これらに対し、「資金調達環境」の明確化は厄介な課題である。

ラガルド総裁は記者会見で、企業だけでなく家計や政府の資金調達も念頭に置いており、従って、銀行貸出の量や条件だけでなく、クレジット市場での資金調達やリスクプレミアム、ユーロ圏各国の国債の利回りスプレッドなど、多様な指標を総合的に判断する考えを示した。

こうした考え方自体は合理的だが、局面によって異なるウエイト付けを行いつつ総合的な「資金調達環境」を示し、それに基づいて資産買い入れを調整することは実務的に困難である。ロイターの記事によれば、理事会は次回(3月)の会合までに「資金調達環境」の定量化を目指すようだが、かえって「深みにはまる」リスクも小さくない。

<参考になる日銀の長期金利目標>

ECBが直面した一連の課題は、結局のところ、「資金調達環境」の悪化を中心とする金融経済の危機を克服した後も、物価目標の達成には数年を要するだけに、資産買い入れの持続性や効率性をどう高めるかという問題に帰結する。

これについて日銀は、イールドカーブ・コントロール(YCC)の枠組みの下で、当初に掲げた国債買い入れ額のめどをはるかに下回る買い入れによって長期金利を目標近傍に維持してきた点で、資産買い入れの持続性や効率性を強化しうる実例を示した。

このため、ユーロ圏でもスペイン銀行のヘルナンデス総裁のように、長期金利目標の可能性を示唆する意見も示されるようになっている。

もちろん、日本とユーロ圏の金融経済には構造の違いが存在するので、単純に日銀の経験を援用することは難しい。特に、ユーロ圏では日本と同じく低インフレ環境にありながら長期金利の不安定化がたびたび生じており、それらは域内各国政府の財政懸念に基づく。

従って、長期金利目標の導入には、財政リスクの抑制が前提条件となるが、今後数年は欧州連合の「復興基金」による財政の肩代わりという好条件も期待できる。

実務的にはユーロ圏19カ国のどの国債金利を目標にするのかという積年の課題もある。市場規模の大きい主要4カ国(独、仏、伊、西)ないし6カ国(ベルギー、オランダを追加)のインデックスを目標とすることもあり得るが、ユーロ圏全体の金融経済にとって適切な水準を設定できるかという実務的な課題も残る。

これに対し筆者は、特定の基準時(例えば2019年末)などに対して各国国債の利回りを一律(例えば20bp)引き下げるといった目標もあり得るように思う。主要国間の国債利回りのスプレッドが安定していた時期を基準時に選定すれば、域内市場全体の安定化にも寄与しうる。

ECBには、PEPPの運営を巡る今回の経験も踏まえて、現在進行中の金融政策運営の見直しの中で、長期金利目標についても俎上(そじょう)に乗せることを期待したい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

(編集:田巻一彦)

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