for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:予想される日銀点検の中身と本質的な影響=井上哲也氏

[東京 24日] - 日本銀行は3月の金融政策決定会合で、政策運営の点検結果を公表する。黒田東彦総裁は、この間の記者会見などを通じ、物価目標や「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組み自体は有効なので今回の検討対象でないと説明しており、主としてイールドカーブ・コントロール(YCC)や上場投資信託(ETF)等の資産買い入れの運営が焦点と明言している。

 2月24日、 日本銀行は3月の金融政策決定会合で、政策運営の点検結果を公表する。都内 の日銀本店で2017年9月撮影(2021年 ロイター/Toru Hanai)

また、黒田総裁は点検の目的が金融政策の効果や持続性の強化にあることも併せて強調してきた。つまり、コロナ問題が収束しても物価目標の達成に時間を要するだけに、金融緩和の持続力を高める必要がある一方、政策効果とのバランスでみた副作用の軽減も、一層重要になってきたとの判断である。

こうした発信を踏まえて、市場関係者やメディアの間では、YCCについては10年国債金利の変動容認幅の拡大や、コロナ対策としての新型オペで採用した当座預金への付利制度の恒久化、ETF買い入れについては買い入れ方針の簡素化の可能性が議論されている。

<YCCの点検>

長期金利の変動を容認すれば、短期の政策金利が不変の下でイールドカーブのスティープ化につながる可能性があり、これはコロナ前から日銀が進めてきた国債買い入れの満期構成の短期化とも整合的である。

その目的の1つは、長短金利差の拡大による銀行収益の支援を通じた金融仲介の下支えにあり、当座預金への付利の恒久化と同じ考え方に基づいている。

しかし、景気回復や物価上昇への期待による長期金利の上昇であれば歓迎すべき事態と言えるが、日銀もイールドカーブのスティープ化を無条件に容認できるわけではない。

例えば、巨額の財政支出の調達が短期国債(TB)から中長期の利付き国債に振り替わることに伴う需給懸念や、米欧での長期金利上昇の国内への波及による長期金利の上昇は避けたいはずである。

一方で、長期金利の上昇がいずれの理由であるかを客観的に示したり、市場と理解を共有したりすることも容易ではない。こうした様々な条件を踏まえると、黒田総裁は否定的な意見を示しているとしても、YCCの誘導目標を10年金利でなく5年のような中期金利にシフトさせることにはやはり意味がある。

なぜなら、日銀が2016年に実施した「総括検証」で示したように、景気や物価に密接に関連するのは中期金利であるだけに、YCCによる金利の安定化の趣旨がより明確になるからである。

その上で、財政リスクを反映したプレミアムによる影響を含めて、長期ゾーンの金利が過度に上昇するリスクを抑制する上では、景気や物価のファンダメンタルズと整合的なイールドカーブを維持するのに最小限必要な国債の買い入れ規模や、これまで地道に進めてきた国債買い入れの満期構成の短期化のめどについて、市場と大まかな理解を共有することも重要である。

米欧の国債買い入れの減速(テーパリング)が注目される中では、日銀にも「ステルス・テーパリング」の思惑が早期に生ずるリスクを抑制することは重要である。

<ETF買い入れの点検>

ETFの買い入れを見直すべきとの意見は、株価のリスクプレミアムの抑制という目的が十分達成されたとの判断や、それに伴って市場流動性への影響といった副作用とのバランスが変化したことに対応すべきとの考えに基づくようだ。

しかし、実際の買い入れは既に顕著に減速しており、コロナ問題への対応のため既往の増加ペース(年間6兆円増)を倍増させた措置も、少なくとも結果的はほとんど活用されなかった。

むしろ、ETF買い入れの見直し論にとって重要なのは、ETF保有残高の調整の難しさに対する意識である。ETFは利付き国債と違って所与の満期日はなく、日銀がインパクトを回避しながら市場に売り戻すことも、過去の例を踏まえる限り不可能ではないが、少なくとも超長期の時間を要する。その間に次の金融危機に見舞われ、ETF買い入れの再開によって残高が根雪のように増える可能性は小さくない。

将来、株価が反落して日銀の保有するETFに大きな含み損が生じても、それ自体のために金融政策の運営が困難になるわけではないし、そうした損失は政府との間で時間をかけて処理していくことも技術的には可能である。それでも、市場には様々な思惑を生ずる可能性もあり、株価に対する悪循環を招くリスクも否定できない。

その意味では、日銀の保有するETFを、市場への影響を伴わず、かつ評価損益が直ちに実現しない形でバランスシートから切り離す可能性やその方策について、検討を進めておくことには意味がある。様々な有識者が提案しているように切り離したETFを最終的にどうするかだけでなく、切り離しの方策自体にも様々な視点からの慎重な検討が必要である。それだけに、日銀がこの問題について本格的な検討を開始しておくことは有意義だ。

<示せるか日銀のイノベーション>

以上の検討から明らかなように、国債買い入れとETF買い入れの双方に関する点検は、ともに日銀のバランスシートを長期的にどう運営するかという共通の課題に根差している。

実際、リーマンショック以降、日銀に限らず主要国の中央銀行は、ほぼ一貫してバランスシートを拡大してきた。米欧では資産買い入れを縮小して停止するだけでも長期間を要し、米国のように景気や物価の回復が先行した国でも、バランスシートの正常化は初期段階で頓挫した後、コロナ問題に直面した。

ある程度の間隔での金融危機が不可避であり、そのたびに危機対策やその後の景気や物価の押し上げのための大規模な資産買い入れが年単位で繰り返されることを考えると、主要国の中央銀行がバランスシートの規模を元に戻すことはもはや現実的でなく、各国の金融市場や経済規模に対して一定範囲の比率を維持することを念頭に置かざるを得ないように見える。

従って、中央銀行が危機対策や金融緩和の結果として保有する資産の残高を、そうした政策の必要性が低下した際には、市場へのストレスを回避しながら減らすことができれば、少なくとも、長期にわたる「過剰流動性」の残存を通じた資産インフレのリスクを軽減し、金融危機の再発によって景気や物価の安定に向けた努力を水泡に帰す事態を回避しうる点で、その意義は決して小さくない。

日銀がYCCの下で保有国債の満期構成を抑制しつつ金融緩和を維持したり、保有するETFを円滑に外部に移転したりする実績を残せば、それは主要国の中央銀行がこの問題を解決する上で有効なイノベーションとなる。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

(編集:田巻一彦)

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up