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コラム:日銀点検が示した金融政策の「ストック」革命=井上哲也氏

[東京 25日] - 日銀が実施しているイールドカーブ・コントロール(YCC)については、今回の金融政策の「点検」を巡って、金融緩和の維持と市場機能の改善とのバランスなどの課題が確認された。

 3月25日、日銀が実施しているイールドカーブ・コントロール(YCC)については、今回の金融政策の「点検」を巡って、金融緩和の維持と市場機能の改善とのバランスなどの課題が確認された。日銀本店前で2016年3月撮影(2021年 ロイター/Yuya Shino)

しかし、2016年以降のYCCの運営を振り返ると、この政策手段が金融緩和におけるイノベーションというべき意味合いを持つことが改めて注目される。

第1に、YCCの下で日銀は、国債の買い入れの規模を顕著に縮小しながらも、10年国債金利の誘導に成功している。こうした成果は、日銀が市場の反応を見ながら買い入れ額を慎重かつ柔軟に調整してきた結果である。また、昨年春のような市場の不安定化に対しても、米欧に比べて小規模な対応で事態を収拾できたことの反映でもある。

第2に、YCCの下で日銀は、国債買い入れの重心を中短期債へと明確にシフトしながらも、10年国債金利の誘導に成功している。この点も、超長期金利の過度な低下に伴う副作用や長短金利差の縮小による金融仲介面の影響への懸念といった課題を意識しつつ、日銀が2018年以降に長期から超長期ゾーンの国債買い入れを漸次縮小してきたことの結果である。

<「ストック」による政策効果>

これらの意味合いは、日銀が「手間をかけずに」金融緩和を維持しうるという意味で、金融政策を効率化できたことだけではない。

上記の第1の成果は、日銀による金融緩和が、国債買い入れの実施という「フロー」の行為よりも、巨額の国債を「ストック」として保有することによって効果を発揮している可能性を示唆している。実際、今回の「点検」を機に日銀が公表した分析資料にも、そうした理解と整合的な分析結果がみられる。

「ストック」が緩和効果を発揮するメカニズムには、いくつかの仮説が考えられる。市場関係者にとっては、国債市場で支配的な存在となった日銀の金利誘導に抵抗すことは、相当に困難と感じられるのかもしれない。あるいは、「ストック」の大きさが日銀による金融緩和へのコミットの強さを明示するものと映るのかもしれない。

国債買い入れの「ストック」としての効果は、米欧でも既に発揮されている。市場は、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)が、一定の期間にわたる国債買い入れの継続を約束していること、つまり「フロー」の買い入れ自体でなく、それに継続期間を掛け合わせた「ストック」の規模に着目している。それでも、経済や市場の大きさに対する国債保有の規模や、長期金利の誘導目標の明示といった点からみて、日銀のYCCが最も顕著なケースであることは明らかだ。

もちろん、「ストック」による緩和効果の反面には、中央銀行が肥大化した資産規模を元に戻すのが困難という副作用を伴う。この点は、コロナ前にFRBが、保有国債の償還を通じた資産規模の圧縮を試みながら、金融市場の不安定化等のために頓挫したことが示唆する通りである。

そこで、先に指摘したYCCの第2の成果が意味を持つ。つまり、YCCは中短期国債の買い入れを通じた「遠隔操作」によって長期金利を誘導できているので、金融緩和の必要性が低下し、FRBと同様に保有国債の償還を通じた資産規模の縮小を図るべき時期が到来したとしても、より短期間に進ちょくさせることが可能となる。

<金融政策の「ストック」化の留意点>

日銀のYCCが実証した金融政策の「ストック」面からのアプローチの意義にも、もちろんいくつかの留意点が存在する。

日銀による巨額の国債保有から直接に生じうる懸念は、財政ファイナンスである。つまり、「ストック」による緩和効果を強化しようとすれば、少なくとも間接的には、日銀が財政赤字のより大きな部分を支えることを意味する。この結果、長い目で見て、経済資源を成長の見込める分野に効率的に配分する機能が低下する恐れがある。

問題の根幹は、財政資金の調達に対して市場メカニズムのチェックが働きにくくなる恐れであるが、日銀が「ストック」として巨額の国債を保有しても、政府が「フロー」として新規に発行する国債に市場が適切な利回りを付与する環境を維持しうる可能性はある。つまり、何らかの形で、両者の利回りが直接的に裁定されにくい条件を付与することが考えられる。

もちろん、その上で日銀によるYCCの運営だけによって財政ファイナンスの懸念を払拭することは難しい。黒田総裁が指摘してきたように、議会による健全な財政規律の維持が前提となる。

その意味では、日銀がより直接的に責務を負うべき課題は、「ストック」面からのアプローチを危機対策にまで拡張しないようにすることである。

日銀が金融危機に際して、金融市場の不安定化や金融仲介機能の維持のために、クレジット資産を大規模に買い入れることは必要かつ有効であり、その点はコロナ対策でも示された通りである。しかし、それを不適切に継続すれば、市場におけるリスクの価格付け機能を低下させ、経済資源の効率的な配分を阻害する。同時に、市場による過度なリスクテイクを通じて、次の金融危機の萌芽となる恐れもある。

従って、こうした目的での資産買い入れは、一時的かつ機動的という意味で、まさに「フロー」の政策対応に徹することが求められる。特に日本に関しては、1990年代の金融危機やリーマンショックの経験を見る限り、低成長環境もあって危機対策が長期化の様相を呈しやすいし、今回の「点検」における上場投資信託(ETF)買い入れを巡る議論にも、そうした特徴がうかがわれた。

危機対策までも「ストック」化してしまう誘因を低下させるには、危機対策の導入当初から、必要性が低下した時点で魅力を失うような条件をビルトインしておくことという、設計上の工夫が望まれる。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

(編集:田巻一彦)

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