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コラム:パウエル議長は何を示唆したか、米景気回復と正常化のハードル=井上哲也氏

[東京 30日] - 米連邦準備理事会(FRB)は、4月27─28日の米公開市場委員会(FOMC)で金融緩和の現状維持を決定した。また、パウエルFRB議長は今回の記者会見でも資産買い入れの減速(「テーパリング」)を開始する条件―物価と雇用の政策目標に向けたさらなる顕著な前進―を満たすには、まだ「相応の時間(some time)」を要するとの評価を維持した。

 4月30日、米連邦準備理事会(FRB)は、4月27─28日の米公開市場委員会(FOMC)で金融緩和の現状維持を決定した。写真は2020年12月、米議会で証言するパウエルFRB議長。代表撮影(2021年 ロイター)

<テーパリングへの地ならし>

FRBが、金融政策の「正常化」の第一歩となる「テーパリング」の開始に関して慎重な姿勢を維持してきた最大の理由は、長期金利の上昇が先行することで景気回復を阻害するという事態を防ぐことにあった。しかし、市場では「テーパリング」の開始が早まるとの見方が台頭しつつある。

その最大の理由は、米国の景気回復が本格化した点である。実際、2021年第1四半期の実質国内総生産(GDP)成長率がプラス6.4%と極めて高かったことが示すように、米国経済は回復のモメンタムを高めている。パウエル議長も、今回のFOMC後の記者会見で、消費と設備投資の双方が堅調に拡大している点を歓迎した。大規模な財政支出や過熱感すら指摘される住宅市場とも併せて、内需は「エンジン全開」の状況とも言える。

FRBの政策目標である物価と雇用の改善も明確だ。物価は、個人消費支出デフレーター(PCE)でみても既に1%中盤に達しており、FOMCでも21年末にかけて2%台前半へと加速するとの見方が大勢だ。雇用も、失業率が5%に近付き、パウエル議長も改善ペースが予想以上である点を認めた。

FRBも景気回復を映じた長期金利の上昇であれば、自然な動きとして容認していくことが予想される。つまり、資産買い入れも長期金利の上昇の抑制というよりは、上昇スピードの調整─為替介入における「リーン・アゲンスト・ザ・ウインド」─という意味合いを強めることになろう。2013年の「テーパータントラム」(テーパリングを懸念した市場の変動)のような長期金利の不安定化を防ぐ意味でも、こうした柔軟なスタンスは有用だ。

その上で、「テーパリング」の開始に向けて残された問題は財政との関係である。本年初に長期金利の上昇が加速した理由の1つは、バイデン政権の下で財政支出が急拡大し、国債発行が顕著に増加するとの懸念であった。今後も、2022年秋の中間選挙に向けて財政支出がさらに膨張する誘因は残る一方、イエレン財務長官が法人税率の国際的な最低基準の導入や富裕層を対象とする所得税の増税を提案している点は、具体的な実現性はともかく、財政規律維持の兆しとして評価される面もあろう。

その意味でも、米連邦議会で民主党と共和党が財政運営に関して本格的な議論を交える機会として、本年夏の連邦債務上限の扱いは重要なポイントであろうし、FRBがその結果を見極めた上で、秋のFOMCで「テーパリング」開始を決定し、第4四半期中に実行に移すという、市場で台頭しつつあるスケジュール感には合理性がある。

<利上げの課題>

「テーパリング」に比べて、その後の利上げ開始に向けた道筋は、むしろ難しくなった印象を受ける。

FRBは、実際のインフレ率が2%目標を一定の期間にわたって上回った後に利上げを開始する方針―緩やかな「平均インフレ目標」─を採用している。この条件は形式的には本年中に満たされる可能性もあるが、パウエル議長は、今回の記者会見でも、足元のインフレ率の上昇は一時的要因による面が強く、2022年には影響が減衰するとして、実質的に条件が満たされるのは2023年以降との見方を示唆した。

こうした慎重な姿勢の背景には、「平均インフレ目標」の採用に向けた議論で示唆されたように、世界金融危機後の低インフレ環境に今回こそ終止符を打ちたいというFRBの強い意向が存在する。また、いわゆる「量的緩和第3弾」(QE3)の「テーパリング」終了後に、実際のインフレ率がなかなか上昇しなかった経験が影響している可能性もある。

しかし、こうした見方に基づく利上げには、少なからぬ問題がある。まずは、インフレ率上昇が予想外に持続するリスクである。FRBが一時的と見なす要因の多くは、コロナ後の経済活動の再開に伴う供給制約による。もっとも、半導体などの価格上昇が米中摩擦にも起因しているのであれば、相応に持続することも考えられる。

また、米国内の賃金上昇も、FRBが期待する労働参加率の回復によって抑制されるのではなく、コロナ後の企業のビジネスモデルの変化に伴うスキルのミスマッチを反映していることも考えられる。

こうした状況が続けば、インフレ期待も上昇することになろう。家計や企業によるインフレ期待の上昇は、低インフレ環境に終止符を打つ上でFRBには歓迎すべき動きである。ただし、市場のインフレ期待が上昇すると、長期金利の上昇圧力につながる。実際、物価連動債の利回りから推計される市場のインフレ期待は、消費者物価ベースで既に2.5%付近にある。

パウエル議長は、インフレ率が加速的に上昇するリスクが生じても、FRBには有効な政策手段があり、そうした事態の防止は可能であると強調してきた。確かに、低インフレの下で資産買い入れのような「非伝統的政策」を駆使してインフレ率を押し上げようとするよりも、利上げによってインフレ率の上昇を抑制する方が単純であり、FRBにとって慣れ親しんだ政策対応である。

ただ、1960─70年代の高インフレ時代と現在とでは、金融システムの規模や国内外での連関メカニズムが顕著に異なる。また、この間の「非伝統的政策」によって、FRBと金融市場との関係は極めて密接で幅広いものに変化しており、今回は、拡張的な金融財政政策の下で資産価格が高い中で、インフレ率が上昇していくがい然性が高い。こうした環境でも、FRBがインフレ率の抑制だけを目指して、大胆な利上げを行うことができるかどうかには大きな不透明性がある。

パウエル議長は、4月14日の講演で「テーパリング」と利上げの間隔が長くなる可能性を示唆したが、「テーパリング」の開始を本年内に前倒しするのであれば、利上げの開始時期もそれに即した見直しを行うことにむしろ合理性がある。

その意味でも、次回(6月)のFOMCでパウエル議長を含むメンバーが利上げ時期に関する予想をどう見直すか─「ドット・チャート」はどう変化するか─が、大いに注目される。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

(編集:田巻一彦)

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