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コラム:21世紀は緩和圧力継続の時代か、変わる政府と中銀の距離感=井上哲也氏

[東京 27日] - 資産買い入れからの撤退を示した米連邦準備理事会(FRB)をめぐる次の関心は、幹部人事に移りつつある。焦点は来年2月に任期満了を迎えるパウエル議長の再任の行方だが、今年の10月にクオールズ副議長(金融監督担当)、来年1月にはクラリダ副議長もそれぞれ任期満了となり、人事面で大きな節目を迎える。

米国に限らず主要国で中央銀行の幹部人事が注目される際、常に議論になるのは政権による経済政策との関係である。井上哲也氏のコラム。写真はワシントンのFRB本部。2019年3月撮影(2021年 ロイター/Brendan McDermid)

米国に限らず主要国で中央銀行の幹部人事が注目される際、常に議論になるのは政権による経済政策との関係である。つまり、その時点の政権が抱える経済政策に整合的な考えを有する人材を新たに採用すべきかどうかという問題であり、任期満了を迎える中央銀行の幹部が経済政策に関して異なる考えを有する前政権に任命された場合には、議論はより複雑化しやすい。

<中銀人事の古典的考え方>

この問題に対して、中央銀行は中期的な視点から金融政策を運営すべきであり、従って、政権が中央銀行の幹部人事を自らの経済政策との親和性だけに基づいて判断すべきではないという考え方がある。

こうした考え方の背後には、議会や政府は選挙のサイクルを念頭に景気刺激を優先しやすく、中央銀行にも金融緩和を求め続けることで、インフレバイアスを生むという理解がある。

インフレが常態化すれば、企業や家計のインフレ期待の不安定化と相まって経済活動の非効率化を招いたり、インフレと景気とのトレードオフを悪化させたりすることで、金融政策の効果の低下を招くという議論である。

従って、中央銀行は本来の役割である物価安定を中期的な視点から追及すべきであり、政権にとっては、中央銀行によるそうした政策運営に対して、人事面を含めて短期的な視点から介入することは望ましくないという結論が得られる。

1960年代後半から1980年代前半には、米国に限らず主要国において、こうした指摘が現実に顕在化したケースがいくつも起き、その意味で貴重な歴史の教訓であることは事実である。

<低インフレと欧米中銀>

もっとも、バブル崩壊後の1990年代後半に日本で最初に顕現化した低インフレは、世界金融危機を経て米欧にも徐々に浸透した。最初は金融危機による過剰債務の処理や成長期待の低下といった一時的な現象と理解されたが、今やパウエル議長ですら、経済のグローバル化、ITイノベーション、人口動態といった構造要因を指摘する状況になっている。

新たな環境の下での主要国の金融政策の最大の目標は、インフレ期待を物価目標と整合的な水準にアンカーすることに変化した。なぜなら、低インフレに伴ってインフレ期待も低下するようでは、名目の政策金利を引き下げても実質金利がなかなか下がらず、経済活動の刺激効果が限られるからである。

しかも、こうした状況を繰り返せば、低位な名目の政策金利が常態化する結果、利下げによる金融政策の発動余地も損なわれることになる。

今や、中央銀行自身が金融緩和を続ける指向を持つに至っている。FRBだけでなく欧州中央銀行(ECB)なども金融政策の「正常化」に踏み出しつつあるではないかという反論もあろうが、米欧の中央銀行でも「正常化」への歩みは、世界金融危機以前に比べて極めて慎重だ。その最大の理由は、インフレ期待の回復の兆しの芽を摘まないようにする配慮にあるとみられる。

中央銀行が金融緩和への指向を自ら抑制しうるとすれば、最もがい然性が高い理由は金融緩和の常態化による資産価格インフレ、あるいはその崩壊に伴う金融危機のリスクである。

この点に関しては、低インフレへの対処に比べると各中央銀行の幹部の間で意見の相違が相応にある。それでも、主要国の中央銀行のトップは、金融危機の防止は第一義的に金融規制や監督によって対処すべきとの考え方を示しており、少なくともこれまでは、こうした方針が有効に機能している。

<強いられる緩和指向>

現在、主要国の政権には、先に見たような古典的な考え方とは異なる理由による金融緩和への指向もみられる。

短期的には、コロナ対策によって膨張した政府と企業の債務を、過度な負担を抑制しながら縮小していくことが重要な政策課題になっている。このためには景気回復を促進することはもちろん必要だが、緩和的な金融環境の維持が望ましいことは言うまでもない。

しかも、この点は金融システムの安定の維持や長い目で見た低インフレ圧力の回避という点で、中央銀行も共有しうる考え方である。

長期的政策目標との関連で主要国の政権が掲げる課題である経済格差の是正や経済活動のグリーン化も、双方ともに緩和的な金融環境の維持を求める意味合いを持っている。

前者は政府による所得の再配分が最も有効な対応だが、政治的に合意が得ることが難しいだけに、経済的弱者に対して優しい政策として低金利かつ潤沢な資金供給が指向される可能性は高い。

後者は特に温室効果ガスの前倒しでの削減を目指す場合、企業による研究開発や設備投資を促進するためのグリーンファイナンスの拡大が求められる。

これらの目標を達成する上では、政府系金融機関の活用なども含む焦点を絞った政策手段を第一義的に活用すべきであるし、中央銀行にも日本銀行が導入を決めた新たな資金供給オペやECBが構想するグリーンボンド買い入れのようにミクロ的な対応は可能だ。それでも、政権にとっては、中央銀行に緩和的な金融環境の維持を求める新たな理由となることが考えられる。

<人事と政策金利の狭い選択肢>

理由には違いがあるとしても、主要国では政権だけでなく中央銀行にも金融緩和の指向が存在する以上、少なくとも政策哲学の面ではトップの選任に関して、政権と中央銀行の間で深刻な齟齬(そご)が生ずる事態は従来よりも考えにくい。

また、主要国の中央銀行が金融政策の「正常化」を目指しても、世界金融危機前のように中立金利を超える引き締めを目指すのでなく、何とか中立水準を回復することで次の景気後退での緩和余地を確保する意味合いが大きくなっている。

こうして、人事も政策運営も緩和と中立の間の狭い選択肢の中で揺れ動くことが想定される。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部シニア研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

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