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コラム:ECBが直面する「2つの分断」、予想される対応策=井上哲也氏

[東京 27日] - ユーロ圏でも欧州中央銀行(ECB)は7月の理事会で11年ぶりの利上げに踏み切ることを事実上予告しているが、ここへ来てユーロ圏の分断(fragmentation)への対応という新たな課題が浮上している。

 6月27日、 ユーロ圏でも欧州中央銀行(ECB)は7月の理事会で11年ぶりの利上げに踏み切ることを事実上予告しているが、ここへ来てユーロ圏の分断(fragmentation)への対応という新たな課題が浮上している。写真はラガルドECB総裁。フランクフルトで2月代表撮影(2022年 ロイター)

ラガルドECB総裁はウクライナ情勢とエネルギーや食品の供給などに大きな不透明性がある中で、今後の利上げを慎重に進める考えを示唆している。しかし、ECBの楽観的な物価見通しが再三にわたって上方修正され、今や消費者物価(HICP)上昇率が8%台に達する中で、金融市場ではより急速な利上げの思惑が台頭し、年内に1%ポイントに達する利上げが織り込まれている。

<域内の国債利回りに大きなギャップ>

これに伴い域内国の国債金利が上昇しているが、これらのスプレッドも顕著に拡大し、一時は10年債利回りのレンジが2.5%ポイント付近まで拡大し、コロナ期に1%ポイント近くまで収れんしていたのと様変わりの様相を見せている。

ECBはこの問題について以前から着目し、金融市場の分断が深刻化すれば金融政策の効果の波及に支障が生ずるとして懸念を示してきた。実際、ラガルド総裁は記者会見やブログを通じて、金融政策正常化の3原則(選択肢、漸進性、柔軟性)のうちで「柔軟性」を発揮することで分断に対応する方針を示してきた。

その具体的手段については、コロナ対策としてのパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)(本年3月で終了)に関して、国や資産クラス等の面で保有資産の再投資先を柔軟に運営する考えを示した。つまり、保有資産の国別シェアにかかわらず、利回りの上昇が顕著な国の国債に重点的に再投資するということだ。

しかし、ラガルド総裁がこれまでも言及してきた「新たな手段」については依然として内容を明らかにしていない。実際、6月15日にECBは臨時の理事会を開催したが、結局はラガルド総裁が域内中央銀行に「新たな手段」の検討を急ぐよう指示したに止まった。

<拡大するインフレ格差>

ECBがこれまで有効な対策を打ち出せない理由として、欧州では、域内国のインフレ率の格差も同時に拡大しつつある点が注目を集めている。

ユーロ圏全体のHICP上昇率は直近(5月)で8%台にあるが、個別にみると18.5%から5.8%まで約13%ポイントのレンジの中に分布している。先に見た国債利回りの格差が金融市場の分断の象徴である一方、これは実体経済の分断とも呼ぶべき状況である。

しかも、国債利回りが相対的に高い国々とインフレ率が相対的に高い国々が必ずしも一致しない点も問題を複雑化している。前者の代表はギリシャやイタリア、キプロス、後者の代表はリトアニア、ラトビアやギリシャであり、これらを総じてみれば、金融市場は財政の相対的な脆弱性に着目している一方、インフレ率は対ロシア輸入への依存度やエネルギー供給の脆弱性を反映しているという違いを反映していることが推察される。

相対的に高いインフレに悩む国々は利上げの加速を求め、そのことが域内国債利回りへの上昇圧力を一層強める点で、欧州では、ECBが市場の分断と経済の分断のいずれを重視すべきなのかというトレードオフに直面しているとの懸念が台頭している。

2つの分断ともECBが根本的に解決しうる問題でない点も厄介だ。財政の健全化やエネルギー供給の頑健性強化は各国政府の責務である。しかし、前者については、コロナからの景気回復を促進するために、欧州委員会によるEU域内の財政運営ルール(成長安定協定)が2024年まで停止されている。産業構造の転換も容易ではないほか、EUが新たに導入した域内での財政再配分の仕組み(NGEU)も執行に想定以上の時間を要している。

2つの分断を同時にうまく解決する手段が見当たらない以上、ECBは域内全体のインフレを抑制すべく利上げを続ける一方、高インフレ国では経済的弱者に対する焦点を絞った財政支援を行うポリシーミックスが現実的な選択肢となる。

その上で財政状況が悪化した国には、NGEUのような仕組みでのEU支援が望ましいが、合意や執行に時間を要する以上、その間はECBが対応する必要がある。ユーロ圏におけるイタリアの重要性を考えても、ECBは2つの分断のうちでは、市場の分断への対応を優先すべきである。

<「新たな手段」の展望>

ECBが市場の分断を抑制するための最も単純な手段は国債を買い入れることだが、金融政策の正常化を進める中で7月初めに量的緩和(APP)を終了することと整合的ではない。このため欧州では、ECBが対象を絞った国債買い入れを行うとの思惑がみられる。

この点で興味深いのは、ECBがかつての欧州債務危機に際して導入した国債買い入れプログラム(OMT)と呼ばれる政策手段を発動するとの見方も散見される点である。OMTは実際に発動されたことがないが、金融市場の安定に向けたECBのコミットをアピールすることで政策効果を有した。

一方で、適用を受けようとする国は財政健全化を含む経済計画を立案し、承諾を受ける必要がある点で負担も大きく、この点が発動例のなさにつながった可能性がある。

しかも、ユーロ圏経済は減速しつつも回復を続けている点で当時のような危機とは異なり、欧州安定機構(ESM)のようなセーフティネットも導入された中で、ECBが今さら「伝家の宝刀」を行使することには理事会でも抵抗が強いであろう。実際、ラガルド総裁を含む執行部の幹部は、これまでOMTの活用に一切言及していない。

より現実的には、ある国の国債利回りが、域内国の平均あるいはベンチマークであるドイツ国債の利回りと「一定の幅」以上にかい離した場合、ECBがその国の国債を買い入れることも対策となりうる。しかし、「一定の幅」をどう決めるかという課題が残る。

例えば、過去の平均をベースにしようとした場合、コロナ期にはPEPPの大規模な実施もあって格差が抑制されてきたことが影響しうる。つまり、「一定の幅」を過小に設定して国債買い入れの常態化を招く恐れがある。

さらに、ECBが「一定の幅」を公表するか否かにかかわらず、市場はある国の財政状況が悪化した場合には、ECBのコミットメントに挑戦するはずである。ECBがそれを防衛しようとすれば、大量の国債買い入れ余儀なくされる恐れもある。ユーロ圏全体のインフレ率が高騰する中で、理事会がこうしたリスクを認めることは難しい。

これらの点を考慮すると、国債利回りの問題にはPEPPの再投資の柔軟化という既往のアイディアを適用する一方、「新たな手段」として銀行に対する新たな資金供給オペを導入することが考えられる。市場の分断は金融政策の波及に支障が生ずる(ある国の企業や家計がユーロ圏全体に比べて高い金利に直面する)点に問題がある。従って、ストレスの生じた国の金融機関に対象を絞った資金供給オペを実行することには意味がある。

対象国の選択に国債利回りの「一定の幅」以上のかい離という条件を援用しても、国債買い入れの常態化などの副作用は生じない。

一方、銀行には、資金供給オペの利用に際して貸出金利の現状維持等を条件づけることで政策効果を確保できる。同時に、銀行が調達した資金で国債保有を増やす事態に陥らないよう、総資産に対する国債保有のシェア等に上限を課すことが考えられる。

市場金利が上昇する中で、銀行にとってオペの条件を有利に設定することは以前より容易であるほか、ECBも銀行も上記のように細かな条件を付すことには、条件付き長期資金供給オペ(TLTRO)の経験を通じて習熟している。ECBによる柔軟性の発揮には、新たな資金供給オペの導入が選択肢となりうる。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部シニア研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

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