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コラム:FRB利上げ、停止に直面するシナリオは何か=井上哲也氏

[東京 19日] - 米連邦準備理事会(FRB)は7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で少なくとも0.75%ポイントの追加利上げに踏み切るとみられる。米国市場でも、パウエル議長が記者会見などで繰り返し示唆したように、当面は迅速なペースでの利上げを続けるとの理解が共有されている。

 米連邦準備理事会(FRB)は7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で少なくとも0.75%ポイントの追加利上げに踏み切るとみられる。井上哲也氏のコラム。写真は2016年10月、ワシントンのFRBで撮影(2022年 ロイター/Kevin Lamarque)

<不透明な利上げ上限>

これに対し、利上げをどこまで行うかは必ずしも明確でなく、米国の内外の金融経済環境が変化する下でむしろ不透明性が高まっている。

前回6月のFOMCの際に公表されたいわゆる「ドット・チャート」は、2022─24年の各年末の政策金利を3.4%─3.8%─3.4%と予想しており、来年は利上げペースを減速させた上でピークを打ち、再来年には緩やかに利下げする姿を示している。

しかし、この見通しも3月の「ドット・チャート」から大きく上方修正されただけに、従来以上に安定性には疑問がある。実際、パウエル議長も、政策金利が中立水準付近に達する本年の秋には、利上げの効果や影響をいったん見極める考えを示唆したことがあった。

また、米国の2年国債と10年国債との間に「逆イールド現象」が発生していることも、市場に利上げ継続に関して様々な思惑が生じていることを反映している。

確かに、インフレが当面は高止まりすることが明らかである以上、利上げの停止如何は喫緊の課題ではない。しかし、利上げがどこまで進むかは、イールドカーブの形状を含む金融環境の変化を通じて、経済活動に大きな影響を及ぼすことは言うまでもない。

そこで本稿では、今後を展望して、FRBによる利上げを停止させる可能性のある主な要因とその意味合いを検討する。

<米物価動向>

FRBが高インフレに直面して迅速な利上げを進めている以上、インフレ率が2%目標に収束すれば利上げの必要がなくなることは自明である。しかし、このことは、実際のインフレ率が2%になるまで利上げを続けることを意味するわけではない。

なぜなら、第1に金融政策が引き締めの状態にあれば、経済活動を抑制することでインフレに下方圧力を加えることができるからである。金融政策が引き締めの状態にあることの代表的なメルクマールは政策金利が中立水準より高いことだ。6月FOMCの時点で、FOMCメンバーは中立水準を2.5%と理解しているので、政策金利がこれを上回ってしまえば、その後は横ばいでもインフレを減速させる効果を発揮しうる。

第2に利上げが経済や物価に影響を及ぼすには一定の時間を要するからである。米国経済は、住宅や消費などの金利感応度が高いという特性を有するが、それでも利上げの影響が経済全体に均てんするには半年から1年程度の時間を要するとみられる。つまり、実際にインフレが2%目標に落ち着いたのを確認した後に金融引き締めを解除したのでは、経済や物価を過剰に抑制することになる。

実際、6月FOMC時点の見通しでは、2023年末に政策金利が上限に達した後、FRBが政策目標とする消費支出(PCE)インフレ率が2024年末にかけて2%目標に収れんする姿が示されている。

しかし、足元のインフレ指標には利上げの停止を前倒しする可能性のある動きもみられる。

6月の消費者物価指数(CPI)は前年比プラス9.1%に達し、市場予想に反して減速の兆しはみられなかったが、CPI総合とコアとのかい離傾向はより明確になったからである。つまり、両者の差であるエネルギーと食品の寄与が相対的に拡大していることは、米国のインフレ圧力も日欧のように供給要因のウエイトが高まりつつある点を示唆している。

こうした傾向が明確になれば、欧州中銀(ECB)や日銀と同じようにFRBも、高インフレが実質購買力の毀損(きそん)を通じて経済活動を抑制するリスクにより注意を向ける必要が生ずる。ウクライナ情勢と欧州のエネルギー確保のために、国際商品価格の反落シナリオが不透明となる中で、CPI総合の高止まりがFRBの利上げ姿勢をむしろ慎重化させる可能性がある。

<海外動向>

世界経済で米国とともにウエイトの大きい欧州と中国では、景気の減速感がより明確になっている。

欧州では、コロナからの景気回復のけん引車として期待された消費が、輸入インフレの高騰に伴う実質購買力の減退やウクライナ情勢に伴うセンチメントの顕著な悪化によって停滞感を示している。

企業も、供給制約の残存や今後のエネルギー確保の不透明性などを背景に設備投資に慎重さがみられ、ユーロ安による輸出への恩恵も生かすことができない。

中国でも、たび重なるコロナ感染の抑制策によって、サプライチェーンの機能が低下しているほか、家計のセンチメントが明確に慎重化している。自動車の購入促進策や不動産購入の規制緩和などの効果は顕在化しているが、今後もゼロコロナ政策が維持されるとみられる点に加えて、不動産を中心とする金融システムの不安が残存する下で、力強い回復の可能性は低下している。

こうして、世界経済の減速がより明確化した場合も、FRBがインフレ抑制の代償として国内景気を減速させることで、世界の景気回復のけん引車が不在の状況を作って良いかという問題が生ずる。

この点について、米国経済はエネルギーや食品の供給を含めて欧州や中国よりも自律性が高いだけに、FRBの政策運営も世界経済の動向に左右される面が相対的に小さい点は事実である。実際、今年秋の中間選挙の結果如何では政権に国内経済の優先姿勢が一層強まる可能性もあり、FRBもそうした状況と無関係ではありえない。

しかし、FRBが仮に世界の実体経済の動向から距離を置くことができたとしても、国際金融システムの不安定化には一定の配慮をせざるを得ない。

その第1の要素は財政への影響である。米国債の金利上昇は、米ドルの国際通貨としての影響度を反映して世界の国債利回りに上昇圧力をもたらす。

一方で、米国のように利回りが上昇しても国内外の投資家による国債購入の増加で安定が維持される構造は一般的でなく、経済や財政にぜい弱性を有する国々では国債利回りの急上昇や財政資金調達の困難化といった問題を生じうる。コロナ対策等を通じて、新興国のみならず先進国の財政状況も総じて悪化しているだけに、一部の国における財政危機のトリガーを引く恐れは残る。

第2の要素はドル建て負債への影響である。FRBの迅速な利上げ姿勢や米国経済の相対的な下方リスクの少なさなどを反映して、今や米ドルの為替レートは円やユーロといった主要通貨との関係を含めて「全面高」の状況にある。これに伴って、米国以外の国々での米ドル建て負債の実質負担は増加している。この点も全ての国に該当する問題ではないが、新興国の主要企業などには債務負担に耐え切れなくなくなるリスクもある。

国際金融システムが不安定化した場合、その解決に時間を要するだけでなく、実体経済との悪循環を通じて、景気に対してもより深刻で広範な影響を与えることは、世界金融危機や欧州債務危機などの例が示す通りである。経済の自立性が高いといっても、米国もそうした深刻な影響を免れることは難しい。

このように海外動向、中でも国際金融システムの不安定化の兆しが、FRBの利上げ姿勢を慎重化させる可能性がある。しかも、こうしたリスクはいったん顕在化したら収束が困難であるだけに、FRBにはフォワードルッキングな視点に基づく慎重な配慮を期待したい。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部シニア研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

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