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コラム:ポストQQEは漸進的に、長期金利誘導の中短期シフトも選択肢=井上哲也氏

[東京 27日] - 日銀は、昨年12月にイールドカーブ・コントロール(YCC)における10年国債利回りの誘導レンジを上下0.5%に拡大した後も、金融緩和の継続が必要との考えを維持している。

 1月27日、 日銀は昨年12月にイールドカーブ・コントロール(YCC)における10年国債利回りの誘導レンジを上下0.5%に拡大した後も、金融緩和の継続が必要との考えを維持している。日銀本店前で2017年9月撮影(2023年 ロイター/Toru Hanai)

今年1月の金融政策決定会合に際して改訂した物価見通しも、2023年度にはコアインフレ率が2%を下回り、物価目標を持続的に達成することは困難との見方を確認した。

<賃上げ増で高まる金融政策見直し機運>

もっとも、黒田東彦総裁は昨年12月下旬の講演で、企業の価格設定行動に変化がみられる点を指摘しただけでなく、労働市場でも、1)非正規労働については人手不足の下でも女性や高齢者による労働供給の増加が見込めないこと、2)正規労働についても若年層の転職が増加する中で企業は高水準の収益を活用して賃上げ姿勢を明確化していること──のために、持続的な賃上げ圧力が生ずる可能性を示唆した。

実際、1月の金融政策決定会合の「主な意見」も、政策委員の多くがこうした見方を支持したことを示している。

こうした点を踏まえると、日銀が現在の金融緩和を見直すことについて、本年春に正副総裁が任期満了を迎えることにかかわらず、蓋然(がいぜん)性の高いシナリオとして意識する必要が生じている。

日銀が実際に金融緩和を見直す場合、短期的に重要な課題は金融市場の不安定化の抑制とされている。昨年12月の日銀による予想外の政策変更を受けた金融市場の反応をみても、この点は一定の説得力を有する。

一方で、この政策変更を契機に、金融市場では「動かない日銀」という固定観念が放棄され、今後の政策運営に対して様々な可能性を模索する動きがみられる。

その意味では、金融緩和の見直しに向けた日銀と金融市場との対話はむしろ一歩前進したともいえるが、加えて、その後の政策運営の枠組みについても日銀と金融市場がイメージを共有することができれば、金融市場の不安定化のリスクを一層抑制することができる。

加えて、今後に金融緩和を見直す際には「量的・質的金融緩和(QQE)」の導入時のようなサプライズは不要と考えられる点も併せて指摘しておきたい。こうしたサプライズ的な演出は、物価や経済成長に対する根強い悲観論をいわば「ショック療法」によって修正することが目的であった一方、今回はマインドや期待の劇的な修正は必要ないからである。

<物価目標堅持に合理性>

そこで、金融緩和の見直し後の政策運営について、日銀が金融市場との間で共有すべきポイントを整理しておくと、第1に物価目標に関するスタンスが挙げられる。

日銀の最終的な政策目的が経済活動の健全な発展にあるとしても、そのために行使しうる手段は通貨の量や価格(金利)の調節であり、これらを通じて通貨価値を安定させることが直接の目的であることには変わりがない。

また、QQEの主眼であったインフレ期待の引き上げは、今回の展望リポートが指摘したようにすでに実現しつつある。以前の本稿でも指摘したが、理由はともかく高インフレが実際に継続すれば「適応的な期待形成」の下でもインフレ期待が上昇するわけである。それは、日銀が円安批判にかかわらずコロナ前の米国のような「高圧経済」を指向して金融緩和を維持した結果ともいえる。

将来に向けてインフレ期待が物価目標と整合的な形にアンカーされるかどうかには、なお不透明性が残る。だが、少なくとも、家計や企業、金融市場が物価は上昇しうるという事実を認識したことだけでも、日銀がインフレ期待を活用して政策運営を行う上で貴重な財産となる。これらの点からみて、日銀が物価目標を堅持することには合理性がある。

<より柔軟なスタンス採用も可能>

一方で、インフレ期待の「正常化」を達成した以上、日銀が「速やかな」物価目標の達成を目指す必要性も低下する。つまり、物価目標の達成に向けて政策を運営する上では、金融経済に対する様々な副作用とのバランスを考慮し、より柔軟なスタンスをとることができる。

実際、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)も、2023年中に物価目標を達成することは不可能との見通しを示しつつ、「速やかに」その達成を図るべく過度に強力な引き締めを指向しているわけではない。こうした柔軟な物価目標の運営はまさしく「世界標準」である。

<短期金利誘導への復帰、大きな副作用>

日銀が金融市場との間で共有すべき第2のポイントは、政策金利の位置づけである。

物価や経済が「正常化」した下では、YCCのような長期金利の直接的な制御が持続可能でないことは、昨年12月の政策変更後に生じた事態が示す通りである。

もっとも、最終的にはYCCを解除するとしても、短期金利のみを政策金利と位置づけ、その調節を通じて物価や経済に働きかける世界へと「一足飛びに戻る」ことも現実的でない。金融市場は新たなイールドカーブを模索する過程で不安定化することが避けられず、結果として物価や経済に無視しえない影響をもたらすリスクがある。

<3-5年を誘導目標に、移行措置の位置づけ>

そこで、いわば「移行措置」として、日銀は10年国債の利回りではなく、3─5年といった中期金利を短期金利とともに政策金利として位置づけることが考えられる。こうした考え方には、金融市場との関係だけでなく、経済のファンダメンタルズとの関係でもメリットがある。

なぜなら、日銀自身が2016年の「総括的検証」で示唆したように、日本の金融構造の下で企業や家計の経済行動により直接的な影響があるのは、長期ではなく中期の金利であるからだ。

それでも、政策金利が長期から中期に変わっただけでは、日銀による国債市場への過剰な介入というYCCの副作用は残るという批判もあろう。この副作用を抑制する上では、日銀が1月の金融政策決定会合で導入した中長期の共通担保資金供給オペを活用することが考えられる。

つまり、3─5年の共通担保オペを政策金利に即した固定利回り方式で実施することで、市場参加者による裁定を通じて、同様な満期の国債利回りを間接的に誘導することが可能になる。

もちろん、オペと国債市場の双方に参加しうる主体は金融機関に限られるので、裁定取引を促進する上では、少なくともこのオペの適格参加者は機関投資家等にまで拡大することも考えられる。

日銀だけでなく米欧の中央銀行でも資産買い入れが主たる政策手段であった期間が続いたが、長い目で見れば、資金供給オペの金利が政策金利であることの方がむしろ「正常」であり、かつ自ら供給する手段の金利を自ら決めるという意味で自然でもある。

その上で、日銀は補助的な位置づけとして3─5年といった年限の国債買入れを強化することも考えられるが、この点は長い目で見た保有国債の満期構成の短期化に向けても意味を持ちうる。

<保有国債の短期化>

日銀が今回の局面で金融緩和の見直しに踏み切ったとしても、海外経済の不透明性などを考えると保有資産の削減(QT)にまで本格的に進む可能性は大きくない。それでも、日銀は米欧の中央銀行とは異なり、量的緩和で買い入れた国債の自動的な再投資にコミットしているわけではない。

従って、保有国債の満期構成を相応に短期化しておけば、将来にQTが可能な局面が生じた場合にその円滑な実施に道を開くことになる。実際、日銀はコロナショックに見舞われるまでは、国債買い入れの満期構成を慎重かつ着実に短期化していたわけである。

従って、日銀による国債ポートフォリオの運営方針も金融市場との共有が望まれるポイントの1つとなる。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部シニア研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

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