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コラム:米銀破綻と3つの課題、注目される超スピードのバンクラン=井上哲也氏

[東京 24日] - シリコンバレー銀行(SⅤB)の経営破綻については、原因や今後の推移に関して不透明な面も多い。それでも、現時点で明らかになっている事実は、今回の問題には伝統的な銀行破綻という側面がある一方、現代の金融システムの特徴を反映した新たな側面も有することを示唆している。

 シリコンバレー銀行(SⅤB)の経営破綻については、原因や今後の推移に関して不透明な面も多い。それでも、現時点で明らかになっている事実は、今回の問題には伝統的な銀行破綻という側面がある一方、現代の金融システムの特徴を反映した新たな側面も有することを示唆している。井上哲也氏のコラム。写真はカリフォルニア州サンタクララの同行本店。13日撮影(2023年 ロイター/Brittany Hosea-Small)

<与信の集中リスク>

第1のポイントは、与信の集中リスクだ。銀行が特定の産業や地域に対して過度な貸し出しを行えば、そうした産業や地域の経済状況が悪化した場合、不良債権の大幅な増加を招いて危機的な状況に陥りやすいことは当然であり、だからこそ、米国のみならず主要国の金融当局は、大口与信や事業会社による銀行の保有に対して規制を講じてきた。

実際、SⅤBの貸し出しはハイテク企業に集中していたとされるだけに、これらの産業の先行きに対する見方が悪化したことが、SⅤBに関する信認を大きく毀損(きそん)し、経営破綻の背景の1つとなったことは否定できない。

もっとも、SⅤBはハイテク産業への貸し出しを集中的に行うことで、関連業界の状況をよりよく把握できた可能性もある。実際、西海岸のハイテク企業にとってSⅤBは「メインバンク」であり、業界動向に対する知見を有するSⅤBとの取引は、各企業にとってステータスシンボルだったとの指摘もみられる。ハイテク企業への与信に特殊な知見やノウハウが必要であるとすれば、SⅤBは関連業界の成長に社会的な役割を果たしたことになる。

従って、問題の根幹はこうした役割を商業銀行が担うべきであったかどうかにある。これは投資銀行業務であり、預金を原資とする商業銀行は深入りすべきでないというのが一般的な理解であろう。

それでも、SⅤBがビジネスを展開した米国の西海岸には関連業界に特化したベンチャーキャピタルを含む各種のファンドがあるにもかかわらず、SⅤBが必要とされたのはなぜかという疑問が残る。

この点に関しては、ハイテク企業でも商業銀行しか提供しえない決済サービスへのアクセスは不可欠である点や、金融引き締めの下でハイテク企業が資金調達源を資本市場から商業銀行へシフトさせた可能性などが考えられる。

現時点で特定の仮説を裏付けする明確な証拠は存在しないが、この点を明らかにした上で、商業銀行は新興の産業や企業とどのような関係を持つべきか、再考することが求められる。

<急展開したバンクラン>

第2のポイントは、銀行取り付け(バンクラン)が急速に進行した点だ。銀行は流動性の高い資産だけを常時保有しているわけではない以上、預金の集中的な引き出しである銀行取り付けが発生すれば、経営破綻に至る。だからこそ、金融当局は銀行の流動性リスクに対して厳しい規制を課している。

それでも、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長やイエレン米財務長官が指摘したように、SⅤBのケースでは預金の流出が想定以上に急速に進行したとみられる。理由としては、インターネットバンキングやモバイルバンキングの普及によって預金者がいつでも容易に他の金融機関に資金を移動させることができる点に加えて、SⅤBの信認に関する疑念がSNSを通じて迅速かつ広範に拡散した点が指摘されている。

その意味で、新たな形態の銀行取り付けが顕在化したといえるほか、将来、中央銀行デジタル通貨(CBⅮC)が導入された場合の銀行取り付け(デジタル・バンクラン)、つまり危機の際に銀行預金からCBⅮCへ急速に資金がシフトするリスクにも示唆を有する面がある。

その上で、今回の銀行取り付けには預金の集中リスクという別な問題が関係している可能性もある。上記のようにSⅤBがハイテク企業に対する「メインバンク」の役割を果たしていたとすれば、預金の保有者もハイテク企業やその経営者に集中していたことが推察される。

この点は、SⅤBの信認に関する疑念が急速に拡散する上で、企業経営者の人的ネットワークが一定の役割を果たすことにつながったことも考えられる。

また、SⅤBの資金調達がハイテク企業の預金に集中していた点は、結果的に預金保険の対象とならない大口預金(25万ドル以上)への相対的な依存度の高さにもつなり、SⅤBへの信認が毀損したことに伴う資金流出をより大規模かつ迅速に展開させたことも考えられる。

このように資金調達が特定の源泉に集中している場合、仮にSⅤB自体に大きな問題がなかったとしても、関連業界の状況が悪化した際には預金の顕著ないし急速な減少という事態に陥るリスクがある。

これらの点を踏まえると、リスクの集中を考える上では、前節で見た与信だけでなく、資金調達源としての預金も同様に焦点を置くべきことがわかる。

<公的支援利用の「不名誉」>

第3のポイントは公的支援の利用に関する「不名誉」の問題である。FRBは、SⅤBの破綻が金融システム全体のストレスに波及する事態を回避するため、銀行に対する特別な資金供給ファシリティ(BTFP)を新たに導入した。

もっとも、BTFPは、固定金利で1年にわたる資金調達が可能であるほか、全ての担保を額面で評価する点で有利な条件設定になっているにもかかわらず、FRBの公表データによれば、3月23日現在で銀行によるBTFPの利用残高は536億ドルであった一方、常設の資金供給手段である窓口貸付(ディスカウント・ウインドウ)からの資金調達は1102億ドルと大幅に増加している。

その背景には判然としない面もあるが、銀行がBTFPの利用実績に関する情報公開を懸念していることが挙げられる。FRBが公開したBTFPに関する「よくある質問」(FAQ)には、BTFPの提供終了(現時点では2024年3月11日を予定)の1年後に、本ファシリティの利用実績について、銀行名や調達金額、利払いや担保など詳細な情報を対外公表する予定であることが明記されている。

こうした情報公開は、FRBが米連邦準備法13条の3)に基づいて実施する危機対策に関して、銀行の過度な救済を懸念する米議会の要請を背景に実施されている。上記のFAQにも2020年春のコロナ危機の際に導入した危機対策でも同様な措置が取られた点が明記されている。つまり、今回に限った特別な措置ではなく、しかも上記のように実際の情報公開はかなり先の話である。

それでも、銀行にとっては、危機時にFRBからの資金調達に依存せざるを得なかった事実が明らかになるという「不名誉」(stigma)の問題は、政治家や金融市場による経営陣への批判のリスクも含めて無視しえない可能性がある。

この点は、預金流出等によってFRBのファシリティから多額の資金供給が必要な銀行ほど深刻となりやすいだけに、BTFPが所期の役割を果たす上で支障となりうる。

もちろん、BTFPの実際の利用が限定的であっても、銀行に「最後のより所」が存在する点をアピールするだけで心理的な効果があるとも主張できるし、FRBが国債等の優良担保については、窓口貸付でも同様に額面で評価するとした点でに意味があったと考えることもできる。

それでも、金融システムが不安定化するリスクは今回に限らず将来にも生じうるし、そのたびにFRBは既存の政策手段だけでなく危機対策を講ずる必要が生じうる。それが米連銀法13条の3)に基づくファシリティの提供である限り、今回のような詳細な情報公開が事後的であれ不可欠となれば、危機対策の有効性に無視しえない影響が生じる恐れも残る。FRBによる危機対策の乱用の抑制にとって、どの程度の情報公開が必要かという点は、再考に値すると思われる。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部シニア研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

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