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コラム:ECB「量的緩和縮小」観測は時期尚早=井上哲也氏
2016年10月12日 / 07:01 / 1年前

コラム:ECB「量的緩和縮小」観測は時期尚早=井上哲也氏

[東京 12日] - 欧州中央銀行(ECB)の政策理事会メンバーが資産買い入れの縮小(テーパリング)を示唆したとの報道を受けて、ユーロ圏の長期金利は総じて反発した。

来年3月をめどとして運営されている資産買い入れのその後の扱いについて、前回(9月)の政策理事会で結論が得られなかったことに加え、同じく資産買い入れの「限界」が懸念されていた日銀が「量」から「金利」へと政策手段の重心をシフトしたために、市場関係者の間ではECBの金融緩和に関する見方が不安定化した面があるようだ。

しかし、ユーロ圏の現状に照らすと、ECBに金融緩和を後退させる余裕は見いだし難い。確かに、ユーロ圏経済は所得の回復や輸入物価の下落に支えられた個人消費をけん引車として、金融危機後のペントアップデマンド(繰越需要)による設備投資の寄与もあり、内需を中心に堅調な推移が見込まれる。ECBスタッフの最新見通し(9月)でも、2016年と17年の実質国内総生産(GDP)成長率(前年比)はそれぞれ1.7%、1.6%と潜在成長率を上回ると予想されている。

もっとも、9月の政策理事会に関する声明文や議事要旨に示されたように、ECBは新興国景気回復の遅延や英国の欧州連合(EU)離脱の影響が本格化することなどによる外需の下押しリスクを引き続き懸念している。

しかも、上述したECBスタッフの見通しでは、原油価格下落の効果剥落を考慮しても、2016年と17年の消費者物価指数(HICP)上昇率(前年比)はそれぞれ0.2%、1.2%と低位に推移すると予想されている。市場ベースだけでなくサーベイベースのインフレ期待も停滞しており、低インフレの長期化がインフレ期待の低位固定に至るという日本と同じ問題に陥るリスクは小さくない。

<マイナス金利深掘りの余地は小さい>

加えて、ECBが金融緩和を続けつつも、日銀のように資産買い入れから金利操作へ政策手段の重心を明示的にシフトすることも現時点では考えにくい。

第1に、ユーロ圏の金融経済には、民間部門のバランスシート調整と一部の国の不良債権問題という、現在の日本とは異なる課題が存在する。これらの問題を解決する際には、非金融法人と銀行を含む金融システムの双方にストレスがかかるとともに、健全な企業に対する与信が行われにくくなるリスクがある。

こうした弊害を抑制する上で、クレジットスプレッドやタームプレミアム(期間に伴う上乗せ金利)を抑制する効果を持つ資産買い入れが有効であることは、米連邦準備理事会(FRB)が実施した量的緩和第1弾(QE1)の経験からも明らかである。

第2に、ECB自身がマイナス金利政策の強化に関する限界を示唆し始めている。つまり、8月下旬にクーレ理事は、マイナス金利の実質的な限界点が、銀行券の引き出しが合理的となる水準でなく、金融仲介への影響が生ずるより高い水準にあると指摘し、マイナス金利政策の強化の余地が小さいことを示唆した。

また、ドラギ総裁やプラート理事は、先月下旬から今月初旬の一連の講演で、マイナス金利政策に対する銀行業界の批判に反論し、低収益の原因は過剰な数の銀行による過当競争や低成長環境下でのビジネスモデルの転換の遅れにあると指摘しつつも、マイナス金利政策による銀行収益への影響にも理解を示した。上記のようにユーロ圏では金融仲介の維持が特に重要である以上、ECBはこうした副作用への配慮に一定のウエートを置く必要がある。

<資産買い入れは持続性強化の余地あり>

このように、少なくとも当面、ECBは資産買い入れを金融緩和の重要な柱として維持せざるを得ない。すでにECBは資産買い入れのテーパリングという思惑を打ち消す努力を始めており、9月の政策理事会の議事要旨は、域内の中央銀行が実施している資産買い入れのレビューについて、あくまでもその円滑な実施を確保することが目的であると明記している。

また、目標とする資産買い入れ額を達成するためにいつでも条件(パラメーター)を調整し得る点を強調している。実際、ECBの資産買い入れに係る「限界」には、自ら設定したルール(買い入れ利回りの下限やECBによる保有シェアなど)による面もあるだけに、技術的には持続可能性を強化する余地が残されている。

もちろん、長い目で見れば、ECBによる資産買い入れにも「限界」は存在し、そうした限界は域内の資産市場が一様ではないというユーロ圏の構造問題に関わる面が大きいだけに、日本や米国に比べて相対的に早い段階で問題が表面化することは考えられる。その意味でECBも資産買い入れの長期戦略をも平行して考えているのだろうし、冒頭に挙げた報道もこうした議論がリークされたと理解すべきかもしれない。

大きな視点からは、資産買い入れをいかに長持ちさせるかよりも、所期の政策効果をいかに確保するかがより重要であることは言うまでもない。ユーロ圏の実体経済にとっては財政支出の活用による金融緩和への反応の強化、金融システムにとっては銀行部門の持続可能性の強化による金融仲介の維持の各々に向けた経済政策の補完が求められる。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部長。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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