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コラム:ドラギ総裁が語った「2つの論点」=井上哲也氏
2017年9月1日 / 06:09 / 3ヶ月前

コラム:ドラギ総裁が語った「2つの論点」=井上哲也氏

[東京 1日] - 先週末に米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれた経済シンポジウムで注目されたのは、バランスシート調整の着手を控えた米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長による講演よりも、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が量的緩和について何を語るかだった。

だが、ドラギ総裁は、金融政策の具体的運営に言及しなかった。7月のECB理事会の議事要旨が示唆したように、為替や長期金利が過度に反応しないよう、コミュニケーションに細心の注意を払う方針が貫徹された訳である。

このためドラギ総裁講演に対する市場の関心は既に失われたようだが、講演自体はシンポジウムのテーマ「グローバル経済の成長促進」に即して欧州の経験を語る、興味深い内容だった。昼食時のコンパクトな講演だが、そこで取り上げた2つの論点を検討したい。

<国際機関による調整がもたらす安定>

講演前半でドラギ総裁は、実体経済の面から、主要国が貿易や投資、知識の移転といった点で相互に対外的な開放性(openness)を維持することの重要性を確認。特に主要国では労働力人口の成長が鈍化しているだけに、こうした対外活動を通じた生産性向上が求められる点について、さまざまな実証研究を引用しつつ強調した。

同時に、欧州でも反グローバリズムの高まりがみられ、経済の対外的開放が、公正な競争(fairness)や経済活動の安全性(safety)、経済面での平等(equity)といった面で各国の国民の間に不満や不安が生じていることを認めた。その上でドラギ総裁は、こうした問題を解決するには、各国独自の取り組みに加え、国際機関を通じた調整を行うことが有効であると主張した。

ドラギ総裁が例示したのは欧州連合(EU)における単一市場(single market)の取り組みであり、ルールを統一し、それを執行し、紛争を解決する枠組みを構築したことが、域内での公正な競争や財やサービスの安全性維持の点で成果を挙げたと主張した。一方、平等の実現に課題が残ることも認め、域内での税制の標準化を推進すべきとした。

だが欧州の主要国で反EUのモメンタムがやや低下している理由は、多国間での調整メカニズムの恩恵だけではなさそうだ。例えば、EU離脱を選択した英国では、さまざまな問題が顕在化したことで、経済的には離脱のスイッチングコストが再認識された面も窺われる。また、欧州企業、特に生産性の改善に貢献するテクノロジー企業にとって、個別国は市場規模が小さ過ぎ、規模やネットワークの利益を享受し得ない面もあろう。だとすれば、欧州主要国はEUを支持しつつ、他の経済圏に対して反グローバリズムのスタンスをとることもあり得る。

<金融規制の影響も国際的に波及>

実体経済に着目したドラギ総裁講演の前半は、欧州国際機関に対応を委ねる内容だったが、後半の金融規制に関する部分は、ドラギ総裁つまりECBの本業であり、直接的な責任を負う領域についてである。

ドラギ総裁は、クロスボーダー金融取引への適切な対応こそがグローバルな経済活動を維持する上で重要であると強調した。その理由として、①金融取引は最も移動性(mobility)が高いため、リスクが波及しやすい、②不適切な金融規制の下で金融取引の開放度を高めると極めて大きな問題を起こす、③金融緩和の下で金融規制を緩めると金融不均衡を生じやすい、といった点を挙げた。

その上で、グローバルな金融環境が、主要国の個別金融環境によって左右される実情について実証研究を引用しつつ指摘し、各国内の金融規制の運営がグローバルな波及効果を持つようになった点に注意を喚起した。これらの論点を踏まえ、ドラギ総裁は、金融安定委員会(FSB)やバーゼル銀行監督委員会(BCBS)などを通じた金融規制の国際的な調整が依然として重要であることを確認した。

このうち、上記の②で、ドラギ総裁が金融政策と金融規制の相互関係に言及したことは興味深い。

短期的には、この点は市場が聞きたかった量的緩和の見直し論にも関連している。ただ、より長い目で見れば、金融経済がショックを受けた場合に、金融規制も裁量的に運用すべきかどうかという難しい問題にも関わってくる。例えば、国民投票でEUからの離脱が決まった後に、英国政府が悩んでいるのがこの問題だ。

この点に関してドラギ総裁は、強力な金融規制を維持してきたからこそ、長期にわたる金融緩和にもかかわらず金融安定の面で深刻な副作用を回避できたとして、金融規制をいわばアンカーとして位置づけるECBのポリシーミックスがグローバルな景気と物価の安定に寄与したとの立場を明確にした。

ただし、より難しい問題は、実体経済に関する議論と同様、主要な経済圏同士で規制の整合性を維持することであろう。ドラギ総裁が示唆したように、金融政策だけでなく金融規制に関してもその影響が国際的に波及する傾向は一層強まっている。だからこそ国際機関による調整が一層重要との結論を導くことができる一方、各経済圏がそうした影響の遮断を図ることもあり得る。また、金融サービスのイノベーションについても、域内金融機関の競争力を高める観点から、各経済圏には独自規制を構築するインセンティブが生じやすい面もある。

<触れなかった本当の課題>

ドラギ総裁の講演は、実体経済と金融の双方の面から、多国間調整によってグローバル化の恩恵を最大化しうると主張した点で、米国で進行する一国主義に反対姿勢を示すという、シンポジウムの主催者である米カンザスシティー連銀がおそらく企図した趣旨に即した内容であった。ただ、取り上げられた論点は欧州各国がEUの下で結束することの意義を示した一方で、EUと米国をはじめとする他の経済圏との間で生じ得る経済的な緊張関係という、これから重要性を増す課題にとっては、必ずしも有効な議論ではなかったように感じられた。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部長。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:山口香子)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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