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コラム:元には戻れない米金融政策正常化=井上哲也氏
September 27, 2017 / 2:17 AM / 3 months ago

コラム:元には戻れない米金融政策正常化=井上哲也氏

[東京 27日] - 米連邦準備理事会(FRB)は9月の連邦公開市場委員会(FOMC)で、バランスシート圧縮を10月から開始することを決めた。FRBが金融危機後に展開したいわゆる「非伝統的金融政策」の解除に関して、量的緩和の停止、利上げの開始に続いてバランスシート圧縮という最終段階に到達したことは、重要な節目として感慨深いものがある。

もちろん、金融政策の「正常化」がこれで終了したわけではない。さまざまな課題が残る中で、経済や市場にとって最も重要なのは、FRBが「正常化」のプロセスをどこまで進めるのかということである。

確かに、FOMCは政策金利の推移に関する予想を「ドットチャート」の形で示すほか、経済成長率やインフレ率の見通しを公表しているので、利上げについては、これらの情報を総合すればどこまで進むか推測することができる。

実際、今回公表された資料をみると、2020年にはインフレ率が2%近傍にある一方、成長率が減速する下で利上げペースは鈍化すると予想されている。したがって、2019―20年末における政策金利の見通しである2.7―2.9%付近が「正常化」の行き先であると推測できる。

また、FOMCは、バランスシート圧縮に関しても、国債と住宅ローン担保証券(MBS)の各々について、削減の詳細な進め方を6月FOMCの際に公表している。しかし、それをどこまで続けるかについて具体的な考え方は示しておらず、現時点で市場の理解に委ねられている。

<バランスシートの行き先を決める2条件>

バランスシートの行き先を考える上で比較的容易に思いつく条件は、米国の景気や物価が今後減速すれば、FOMCはバランスシート圧縮にブレーキをかけたり、停止したりするだろうという点である。

こうした考え方自体は正しいとしても、注意すべき点も残る。イエレンFRB議長は、金融政策の今後の運営は主として政策金利の上げ下げによって行う点を、9月FOMC後の記者会見を含むさまざまな機会に強調している。つまり、米国の景気や物価が減速した場合、まずは利上げをやめたり利下げに転じたりする一方、バランスシート圧縮はよほどのことがない限り変えないということだ。

実際、9月初めに筆者が米国で面談した市場関係者の多くも、FOMCが国債やMBSの削減方法をこれだけ精緻に組み立てた以上、停止したり巻き戻したりするのは極めて難しいとの見方を示していた。FOMCとしては、おそらく景気や物価が循環的に変動しても、利上げや利下げで乗り切りつつ、バランスシート圧縮を粛々と進めたいという考えなのだろう。

ただ、米国経済が将来にわたって思惑通りに推移するかどうかは、現時点では何とも言えない。例えば、次の景気後退がFOMCの予想よりも早く来れば、その時点の政策金利がより低いだけ利下げ余地は少なくなり、バランスシートの規模拡大に再び依存せざるを得なくなるリスクは残っている。

<「最終ゴール=金融危機前」ではない>

では、仮に米国経済が大きく変動しなかった場合には、FRBのバランスシートはどんどん縮小して、金融危機前の姿に戻るのだろうか。その答えもノーだ。ポイントは、国債やMBSが載っている資産側ではなく、銀行券(ドル紙幣)や当座預金が載っている負債の側にある。

つまり、FRBが資産を減らそうとしても、それとバランスする必要のある負債が減らなくなれば、バランスシート規模の圧縮をそれ以上進めることはできない。このため、FRBのバランスシートの先行きを展望する上では、負債に対する需要がどう変化するかが重要になってくる。

このうち銀行券に関しては、理論的には、市場金利が上昇すれば(無利子である)銀行券を持つことの機会費用は大きくなる。そのため、FOMCが利上げを進めていけば需要は減少すると考えることもできる。ただ、銀行券はさまざまな取引の決済に使用されるだけに、その需要は経済規模に左右される面が強く、米国経済の成長とともに増えていくとも考えられる。

実際、銀行券残高の伸び率について経済成長率や金利との長期的な関係をみると、双方ともに局面によっては相関がみられる一方、近年は経済成長率との関係が相対的に強い。しかも、特にドルの場合は海外でさまざまな目的で使用されている面も無視し得ないだけに、銀行券の需要はよほどのことがない限り拡大し続けると考えることができる。

こうした考え方に沿って、銀行券の需要が年率4%(FOMCが「長期」の実質成長率と考えている1.8%にインフレ目標の2%を加えた「長期」の名目成長率とおおむね等しい率)で増加し続けると仮定すると、FOMCによる緻密な方針通りに国債やMBSの圧縮を続けたとしても、約5年後にはバランスシートの規模は底を打ち、その後増加に転ずるとの推計が得られる(注1)。

その時点のFRBのバランスシートの規模は約2.7―2.8兆ドルとみられるが、米国の市場関係者も2.5―3.0兆ドルの水準を念頭に置いているようだ。

なお、FRBの負債にとって、もう1つの重要な要素である当座預金の今後の需要に関しても、金融規制の影響も含めてさまざまな議論が行われているが、定量的な影響を推計することは難しいようだ。いずれにせよ、銀行券の需要だけを考慮しても、FRBのバランスシート圧縮には自ら限界が存在するわけである。

FRBのバランスシート規模は足元で約4.5兆ドルであるだけに、上記の試算のように2.7―2.8兆ドルに縮小すること自体は顕著な変化だ。もっとも、金融危機直前の規模は0.8―0.9兆ドルであり、この試算によれば、FRBのバランスシート規模も元には戻らないことになる。

政策金利についても、テイラールールなどが示唆するように、金融危機前には4%程度(実質金利2%にインフレ目標2%を加えたもの)が中立的とされていたのに対し、9月FOMCは2.8%との理解を示しており、この点でも元には戻らない。

FRBによる金融政策の「正常化」は最終段階にたどり着いたが、その具体的な行き先は金融危機前とは似ても似つかぬものであることも正しく理解する必要があろう。

*注1:本節は野村総合研究所金融ITイノベーション研究部上級研究員の竹端克利氏による推計に基づいている。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部長。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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