February 25, 2019 / 8:21 AM / 25 days ago

コラム:ECBの「貸出支援策」に拭えぬ違和感=井上哲也氏

[東京 25日] - 欧州中央銀行(ECB)が21日公表した1月の政策理事会議事要旨では、長期の資金供給のための手段に関する検討を急ぐ、との議論が明示された。

2月25日、欧州中央銀行(ECB)が21日公表した1月の政策理事会議事要旨では、長期の資金供給のための手段に関する検討を急ぐ、との議論が明示された。フランクフルトの旧ECB本部前で2017年11月、水たまりに映ったユーロの記号(2019年 ロイター/Kai Pfaffenbach)

これを受けて市場では、貸出を増やした民間銀行に対してECBが低利かつ長期に資金を貸し付ける手段である「貸出条件付き長期資金供給オペ(TLTRO)」の復活について、早ければ3月7日に行われる次回政策理事会で具体的な決定が下されるとの思惑が広がっている。

昨年秋以来、政策理事会メンバーの多くがその可能性に言及してきただけに、こうした動き自体はサプライズではない。市場も、ユーロ圏経済が減速する下で当然と受け止めているのだろう。

実際、国際通貨基金(IMF)が1月改定した世界経済見通しでは、今年のユーロ圏の経済成長率見通しは前回10月の1.9%から1.6%と、0.3ポイントの大幅な下方修正となった。ECB自身も、3カ月ごとの景気見通し改定のたびに下方修正を繰り返しており、それでもなお下方リスクが高いことを認めている。

<なぜ今TLTROなのか>

それでも、ECBがTLTROの再導入を進めることにはさまざまな疑問もある。

まずはタイミングの問題である。前回のTLTROは2016年6月─17年3月にかけて四半期ごとに計4回実施され、利用期間は原則4年だった。従って、満期が到来するのは2020年6月以降であり、今から1年以上も先の話だ。

それにもかかわらずECBが早々に資金供給策を検討している理由の1つが、今回の議事要旨で「域内のある大国」という遠回しな表現ながら名指しされていたイタリアであることは言うまでもない。

イタリアでは、大手はともかく中小銀行による不良債権の処理に時間を要しており、散発的な経営破綻が生ずるなど、金融システムに脆弱(ぜいじゃく)性が残っている。

その裏返しとして、イタリアの民間銀行はECBからの資金調達に依存している面が引き続き大きい。ECBによるTLTROを含む長期の資金供給オペの残高は、本年1月末時点で約7200億ユーロ(約90兆円)であるが、そのうちイタリア民間銀行による利用残高は2400億ユーロ弱と、全体の3割強を占めている。

これらが本当に問題になるのは、前回のTLTROが本格的な償還を迎える2020年6月以降である。そして、その事実が市場で広く周知されている以上、イタリア民間銀行が代替的な資金調達手段を見いだせないのではないかという不安が早期に生じるリスクがある。今回の議事要旨では、この問題を資金調達の「崖(cliff)」と呼んで懸念を示していた。

加えて、ECBが昨年末で量的緩和を停止したことの影響も考慮する必要があろう。ECBがイタリア国債の新規買入れを続けている間は、イタリア民間銀行は国債を売って資金を調達することができたが、こうした方策も現在は利用できなくなった。ECBによる昨年のイタリア国債買入れ額は約400億ユーロだった。全てがイタリアの民間銀行による売却ではないとしても、この問題は追加的な圧力となっている。

これらの点を考えれば、ECBが新たな資金供給策の検討を急ぐことにはもっともな面がある。

<政策効果との「ずれ」に違和感>

しかし、より本質的な問題は、ECBによるTLTRO再導入が、銀行貸出の活性化という所期の効果を発揮し得るのかという点である。

ユーロ圏全体としてみた場合、銀行貸出は緩やかに増加している。ただし、堅調さを維持しているのは住宅貸付を中心とする個人向け融資であり、事業法人向け融資は総じて軟調である。しかも、域内の多くの主要都市で住宅価格の上昇が問題視されているだけに、政策的には事業法人向けに焦点を絞って活性化する必要がある。

新たなTLTROでも、対象となる貸出の範囲を限定するといった工夫は当然に必要となる。とはいえ、より大きな問題は事業法人の資金需要にある。

実際、域内の中央銀行が実施しているサーベイ結果によれば、ユーロ圏経済が減速するにつれ、主要国では事業法人による銀行貸出需要が減速しており、設備投資のモメンタムが低下していることと整合的である。需要が低い中で銀行貸出の活性化策を講じても、「紐を押す」だけで、効果が発揮されない懸念がある。

さらに、ユーロ圏の主要国において、事業法人の負債残高が極めて高い水準にあり、金融危機前とあまり変わらないことは、金融システムの安定にとって無視し得ないリスクである。そうした状況下で、銀行貸出の活性化を図る政策を単純に推し進めることが良いのかどうかは議論の余地がある。その意味でも、新たなTLTROには、活性化が必要な中小企業などに焦点を絞って効果が行き渡るようにすることが望まれる。

一方、前述のサーベイ結果は、主要国の中で銀行貸出が供給面から制約を受けているのがイタリアであることも示している。その意味で、貸出供給の制約を緩和するというTLTROの本来の意図が最も発揮されやすいのは、皮肉にもイタリアである。

ただ、TLTROが解決し得るのはあくまで流動性の問題であり、例えば、風評被害によって銀行が必要な資金を調達できないリスクは緩和できる。しかし、もしイタリアの銀行が不良資産処理のため自己資本面で不安を抱え、それが貸出におけるリスクテイクを阻害しているとすれば、TLTROだけで対応しきれないことは明らかだ。

イタリアの銀行システムには、不良資産の処理を進めて脆弱性を低下させると同時に、自己資本を強化して適切なリスクテイクを伴う貸出を可能にすることが求められている。TLTROは、こうした対策と一体で実施されて初めて、所期の効果を発揮できる。

この意味でも、新たなTLTROは金融システム安定化政策の一環として位置づけられるべきであり、景気減速に対する金融政策の枠組みとして検討されることには、違和感が残る。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。  

(編集:山口香子)

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