May 29, 2019 / 1:04 AM / 3 months ago

コラム:欧州は人事の季節、ECB次期総裁とドイツの思惑=井上哲也氏

[東京 29日] - 10月末の欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁任期満了まで、約5カ月となった。欧州の人々がきちんと夏休みを取ること、また、以下に論じる様々な条件を考えれば、いよいよ人事を巡る駆け引きが本格化することは間違いない。

5月29日、野村総研金融イノベーション研究部の井上哲也主席研究員は、ECB総裁の任期満了を10月末に控え、いよいよ人事を巡る駆け引きが本格化すると指摘。その中で、ドイツにとってポスト獲得は重要な意味を持つと分析する。写真はフランクフルトのECB本部前のユーロのサイン。4月撮影(2019年 ロイター/Kai Pfaffenbach)

次期ECB総裁は、ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)で内定し、欧州議会とECBの同意を得て正式決定という選任プロセスをたどる。現段階で、次期総裁に最も近いのは誰だろうか。

<3つの主要ポスト人事が絡み合う>

この人事を展望する上で、いくつか確認しておくべき条件がある。

まず、再任が禁止されていることだ。新たな人材の起用が必要となる。

第2に、10月には欧州連合(EU)の政策執行を担う欧州委員会の委員長が、そして11月にはEUの政治指針を定める欧州理事会の常任議長(EU大統領)がそれぞれ任期満了を迎えるが、これらのポストとECB総裁という3主要人事は、EU域内の異なる国の出身者で分担される慣例があることだ。EUの外交安全保障上級代表など他の要職も含めて、域内の大国と小国、女性と男性といった点でのダイバーシティ(多様性)が考慮されるとの予想もある。

第3は、欧州委員会委員長の選任は、現職のユンケル氏が選ばれた2014年から、欧州議会の意向を重視するプロセスが導入されていることだ。ドイツ語で「Spitzenkandidaten(シュピッツェンカンディダーテン=筆頭候補者)」と呼ばれるこのプロセスは、欧州議会で多数の支持を集めた候補を、欧州理事会(EU首脳会議)が承認する形で、欧州委員会委員長とするものだ。実際、欧州議会の選挙戦に際して、主要政党は委員長候補を具体的に指名し、これらの候補者による公開討論会も実施された。

こうした条件から明らかなように、ECB総裁人事は欧州委員会委員長やEU大統領の人事と並行して調整され、各国首脳の意向が強く反映されることとなる。これら一連の人事は、欧州議会選挙を終えた今週(5月28日)に開催された欧州首脳の非公式会合で既にスタートしている。

<ドイツにとっての「ポスト獲得」の意味>

今回の欧州議会選挙について、欧州メディアからは、反EU勢力が当初の予想ほどには議席を獲得できなかったとの評価が聞かれる。

それでも、中道右派の欧州人民党(EPP)と中道左派の欧州社会・進歩同盟(S&D)の大連立による過半数支配は終焉(しゅうえん)を迎え、議席が多様な勢力に分散したことは事実である。つまり、どのような政策を決定するにせよ、多数派工作に時間と労力を要する事態が予想される。

その意味で、EPPが欧州委員会の委員長候補として指名したマンフレート・ウエーバー氏(ドイツ出身)が、欧州議会内で多数の支持を確保できるかには不透明な部分がある。しかも、前述した慣例に沿って分担する3つのポストのうち、経済政策の面で相対的に重要性が高いのは、欧州委員会委員長とECB総裁の2つである。ドイツにとっては、欧州委員会委員長ポストにこだわり過ぎると、結果的にどちらのポストも獲得できないリスクが生ずる。

確かに、ドイツは現体制でも主要3ポストをいずれも持っていない。しかし、これまではドイツとフランスが協調してEUの政策の方向性を実質的に決めることができたのに対し、今や両国ともに政権の政治基盤が不安定化しており、「院政」のような形でEUにおける発言力を維持することは簡単ではない。その意味でも、ドイツにとってポスト獲得の意味は、これまでとは異なる重要さを持つように見える。

実際、春に筆者が欧州を訪問した際には、ドイツのメルケル首相が欧州委員会委員長ポストの獲得を指向し、ウエーバー氏の支持に注力しているとの見方が多く聞かれた。その後は、ブンデスバンク(独連銀)のワイトマン総裁をECB総裁に推す方に注力しているのではないかといった見方が、現地のメディアやエコノミストから聞かれるようになっている。

<本命はワイトマン独連銀総裁か>

ワイトマン氏については、量的緩和に否定的な見解を示したり、南欧諸国の金融システム問題に各国の自助努力を強く求めたりしたことから、ECBの政策理事会メンバーから批判されることも少なくなかった。その意味で、金融市場やメディアの間ではECB総裁としての適格性を疑問視する意見も根強い。

しかし、少なくとも今回の人事に関しては、ドイツ出身のワイトマン氏が総裁に就任することに相応の合理性がある。

第1に、ユーロ圏の主要国間のバランスの観点である。歴代のECB総裁は、オランダ、フランス、イタリアの出身であり、昨年就任した現副総裁はスペインの出身だ。主要国ではドイツだけがECB総裁を出していない。ECBがブンデスバンクの中央銀行としてのエートスを継承するはずであったことを考えると、むしろ不自然さが浮かび上がる。

次に、ワイトマン氏が「タカ派」であることへの懸念はやや行き過ぎの可能性がある。実際、現在のような緩和的な政策運営は、ECB政策理事会で全会一致で決定されることが多くなっている。さらに言えば、今回の景気減速の震源地はむしろドイツであり、ECBの緩和政策は域内の他国を利するだけ、という従来の批判がドイツ国内から出るリスクは小さい。

また、市場との対話は他の執行部メンバーとの協調によって対応し得る。この点で、市場の評価が高いクーレ専務理事の任期が本年末まで残っていることの意味は小さくない。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長とクラリダ副議長が示している連携と同じように、新総裁の就任直後の不安定な時期にも2人が協調して政策メッセージを伝えることは可能だ。さらに言えば、ドラギ総裁がこれまで成し遂げてきた市場との対話は、個人の資質による面が強く、継承が難しいだけでなく、最近の市場の反応をみると必ずしも持続性があるとも言えなそうだ。

上に見たように、ECB総裁の人事は域内国の政治に大きな影響を受ける性格のものであり、最終的にどうなるかは極めて不透明である。また政策本位で考えた場合、フランス中央銀行のビルロワ・ドガロー総裁のように有力と目される候補も存在する。

それでも、ワイトマン氏という展望も、少なくとも以前よりは高まったように感じられる。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

井上哲也氏 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員(写真は筆者提供)

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。 

(編集:山口香子)

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