August 27, 2019 / 8:25 AM / 23 days ago

コラム:米中摩擦の緩和に向けて、日本にできること=井上哲也氏

[東京 27日] - 米中貿易摩擦の先行きが一段と不透明になっている。一時途絶えていた両国の接触が6月に再開して交渉の前進が期待されたが、米国が8月に入って関税第4弾の導入方針を表明し、再び報復合戦の様相を呈している。

8月27日、米中摩擦はもはやグローバルな問題であり、当事国間交渉だけでは対応が難しい。事態改善は世界経済の回復に寄与するという意味で、第三国による介入が望まれる段階にあるように見えると井上哲也氏。写真は6月、大阪で開かれたG20サミットに出席するトランプ米大統領(左)、安倍首相(中央)、中国の習近平・国家主席(2019年 ロイター/Kevin Lamarque)

この間の米中両国だけでなく欧州やアジアの国々への影響は、貿易摩擦の不透明性の高まりが企業のセンチメントを慎重化させるといった間接的なものにとどまらない。グローバルなサプライチェーンを通じた輸出入の縮小を基点として、工業生産から設備投資へと、経済活動への下押し圧力が明確に顕在化する段階に入っている。

米中摩擦はもはやグローバルな問題であり、当事国間交渉だけでは対応が難しい。事態改善は世界経済の回復に寄与するという意味で、第三国による介入が望まれる段階にあるように見える。

そこで本稿では、野村総合研究所が中国のシンクタンクである「中国金融40人論壇」と共同で定期的に開催している「日中金融円卓会合(円卓)」の今年度会合における議論を踏まえながら、経済政策に焦点を絞り、日本のような第三国が現状を緩和する上で貢献しうる方策を考えたい。

<第三者による貿易額検証の仕組み>

6月に開かれた今年度の「円卓」で、中国側から貿易摩擦を取り上げたのは、中国人民銀行の貨幣政策委員などの要職を歴任し、現在は社会科学院の学術委員として経済政策の形成に影響力を持つ余永定氏である。

余氏が基調講演で強調したのは、米国の要求には中国の主権や尊厳に関わる内容が含まれており、到底受け入れられない、という点だった。この点を、ホワイトハウスが7月末の米中交渉の場などで強調している「enforceable(実行可能な)」合意という表現と付き合わせると、米中の対立点が浮かび上がる。

つまり米国は、中国に対米貿易黒字の削減を合意内容に沿って確実に実現させるよう、法制面での対応を要求しているのだろう。「口約束」では信用できないということであろうし、中国による米国産農産物の輸入が足元で減少しているとしてトランプ大統領が不満を示していることからも、貿易不均衡に対する中国の姿勢に不信感を強めていることがうかがわれる。

これに対して中国は、共産党政権の経済閣僚が国際交渉の場で法制面の対応をコミットすることは不可能という形式論だけでなく、米国の要求に屈して国内法を制定することは内政干渉であって、主権の侵害に当たるという立場から、強く拒絶していることが推察される。

もちろん、貿易摩擦への対応として貿易額を人為的に調整することは、当事国双方の経済に様々なゆがみを生むだけに望ましくないことは、後述するように今回の「円卓」でも日本側講師が指摘した通りだ。

しかし、上記のような対立が支障となって全体の調整が進まないようであれば、また、次善の策を時限措置として採用する間に米中両国が対外不均衡の背後にある構造問題を多少なりとも改善できるようであれば、頭から否定すべき選択肢とも言えないのではないか。

そこで考えられるのは、中国が米国からの輸入額や米国に対する輸出額に一定期間数値目標を設定する場合に、その実施状況を中国国内の法律ではなく、第三者の検証によって確保する枠組みだ。

こうした役割は、問題のグローバルな広がりや中立的な判断の必要性からみて本来は国際通貨基金(IMF)のような国際機関か20カ国・地域(G20)のような国際会議が担うべきだが、多国間アプローチに拒否反応を示す米国の意向や、先に見た中国の主権や尊厳へのこだわりを考えると現実的ではない。

そこで、世界経済に影響力を有し、かつ米中両国と良好な関係を維持し得る日本のような第三国が、米中によるフォローアップ会議に同席し、貿易不均衡の改善状況を客観的かつ中立的な形で検証してはどうか。

なお、知的所有権や産業政策の問題に関しては、貿易摩擦の問題と切り離し、時間をかけて多国間のアプローチによって調整することが望ましい。これらは、日本や欧州のような第三国・地域にとっても将来にわたって重要性が高く、貿易摩擦のような短期的な妥協策も見出しにくいだけに、米中だけで妥協の道を模索されるよりもグローバルなルール作りが望まれるからだ。

そんな悠長なことでは世界経済の不透明性がいつまでも払拭(ふっしょく)できない、という懸念もあろう。だが、問題解決に向けた枠組みができれば、企業経営者や市場関係者が嫌う先行きの不確実性は大きく低下するはずだ。

<時には中国援護を>

第三国による貿易不均衡の検証は、どちらかと言えば米国を利する面がある。では、中国が日本のような第三国から得られる「利」はあるだろうか。

今回の「円卓」に日本側講師として参加した元経済産業審議官の柳瀬唯夫氏が日米摩擦の教訓として指摘した点は、海外からの圧力に屈せず、国内経済にとって適切な政策を遂行することの重要性だった。

1980年代中盤に、貿易不均衡の是正に向けて米国が要求した「内需拡大」に対して、日本政府や日本銀行が必要以上に長期にわたって強力な景気刺激策を運営したことが、結果的にバブルとその崩壊を通じた長期停滞を招いた、との理解に基づく議論である。

こうした指摘に照らして現在の米中摩擦で気になるのは、グローバルな景気減速が明確になる中で、中国政府による景気刺激策に国際社会が強い期待を寄せている点だ。特に、近年中国経済への依存度を高める一方、景気減速が最も顕著になっている欧州では、欧州委員会や欧州中央銀行も含めてこうした論調が目立つ。

世界経済に占める中国経済のウエイトに加え、世界金融危機後に中国経済がグローバルな回復に果たした貢献を考えれば、こうした期待も理解できる。しかし、中国経済が、とにかく経済成長率を高めれば良い、という局面にあるかどうかはよく考える必要がある。

中国経済にとっては、長い目で見て、過剰債務の圧縮を通じた金融システムの頑健性向上や、労働年齢人口の減少が進む中での生産性の向上、あるいはバリューチェーン上での産業の付加価値の高度化といった構造改革を進めることも、重要な課題だ。だからこそ、現在行われている景気刺激策は、かつてのような大規模インフラ投資よりも、税負担や諸手数料の削減、中小企業向け貸出活性化のような焦点を絞った内容に重点が置かれているのだ。

これらの政策によっても、経済成長率が少なくとも短期的には目覚ましく改善する訳でないことは、本年のこれまでの実績が示す通りだ。しかし、中国経済が今後危機に陥るリスクを軽減し、持続的に拡大する可能性を高める点では、世界経済にとっても意味のある政策運営とも言える。

そうした視点を無視し、とにかく世界経済を下支えするために中国に対して即効性の高い対応を要求することは不適切であるだけでなく、世界経済のリスクをむしろ高めることになりかねない。

国際社会がそうした議論に陥らないよう、中国政府の正しい反論を的確に援護するとともに、中国経済の構造改革が円滑に進捗するよう自らの経験を適切に共有することも、日本のような第三国にとって重要な役割といえる。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

井上哲也氏

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。 

(編集:山口香子)

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