July 28, 2020 / 4:20 AM / 10 days ago

コラム:日銀次の一手、マイナス金利深掘りに現実味=井上哲也氏

[東京 28日] - 日本経済は当初の懸念に比べれば、良好な回復パスをたどっているようだ。国内の経済活動が予想より早く再開されたことや、海外経済の立ち上がりも同様の理由で早かったことが背景とみられる。

 7月28日、日銀が追加緩和を行う場合の手段として、市場関係者が念頭に置いているのは企業金融支援策の強化であろうが、筆者はマイナス金利の深掘りも有用な選択肢となりうると考えると、野村総合研究所の井上哲也氏は指摘。写真は日銀本店。5月22日、東京で撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

もっとも今後に関しては、依然として下方リスクが大きい。日本だけでなく海外主要国も含めて、新型コロナウイルスの感染者がむしろ増加しているケースも少なくなく、家計や企業のマインドが慎重になることに伴い、支出や投資の抑制が長期化する懸念がある。加えて、大規模な財政出動を継続することが、金融市場と政治の両面から次第に困難となる恐れもある。

そうなると、日本経済には国内外から「第2波」の下押し圧力がかかることになるが、日本も財政支出の持続性への懸念と無縁ではない以上、金融政策の面からどのような対応を取り得るか考えておくことも引続き重要である。

<深掘りの副作用に変化>

日銀が追加緩和を行う場合の手段として市場関係者が念頭に置いているのは、企業金融支援策の強化であろう。金融市場が安定を取り戻した下で、日銀は企業に対する資金の流れの維持を優先課題に掲げている。こうした対策は、企業による雇用の削減や設備投資の中断を防ぎ、経済活動の再開を円滑化する上で所期の効果を挙げており、引続き重要であることに異論はないであろう。 

しかし、筆者はマイナス金利の深掘りも、有用な選択肢となりうると考える。こうした意見は異端である。筆者が参加している「ロイター調査」でも、政策金利の引き下げを予想する意見はほとんどみられず、担当者から回答内容に再確認を受けたほどだ。

筆者がマイナス金利の深掘りにこれまで否定的であったことと整合的でないという指摘もあろう。マイナス金利の深掘りは貸出金利の一層の低下を通じて、金融機関の利ざやを縮小させる恐れがある。これだけが原因でないとしても、金融機関の収益の低迷は信用リスクの引受余力の低下を通じて、長い目で見て金融仲介機能を毀損しうる。筆者もこうした議論に賛同していた。

しかし、今や政府の経済対策として、無利子・無担保の融資が大規模に導入されたことに注目する必要がある。

その融資枠も民間金融機関の経由分だけで約53兆円に設定されており、国内銀行による中小企業向け貸出の総残高(本年3月時点)の15%近くに達する。足元で企業向け貸出はバブル期以来の伸びを示しているが、それでも前年比で5─6%程度に過ぎないだけに、いかに大きな規模であるかがわかる。

無利子・無担保融資は、新規貸出であれ既存貸出の更改であれ、借り手の実質的な金利負担はゼロである。そこで日銀がマイナス金利の深掘りに踏み切っても、企業が金融機関にさらなる金利の引き下げを求めることは、少なくとも資金需要が強い間は考えにくい。つまり利ざやの縮小を招く恐れは、当面は後退すると考えられる。

経済対策が終了したら、企業による利下げ要求が再び強まるとの懸念もあろう。確かに財政資金による大規模な利子補給の持続性には疑問もあるが、日銀は3月に導入した資金供給オペの金利をゼロに設定しただけでなく、4月からは各金融機関の利用額に応じて日銀当座預金に0.1%の付利を行っている。つまり、金融機関からみれば、実質的にマイナス金利での資金調達が可能となっている。

従って、無利子・無担保融資がなくなっても、日銀は資金供給オペを工夫することで金融機関の資金調達金利を引き下げ、貸出金利の低下による利ざやの縮小を押し止めることができる。もちろん、景気低迷の長期化に伴う不良債権の増加リスクに対して、金融機関には自己資本の充実が求められるだけに、利ざやも縮小の阻止に止まらず増加が望ましい。

しかし、自己資本の問題にはより抜本的な対応が必要であり、だからこそ金融庁はセーフティネットの充実策を迅速に成立させたと理解できる。

なお、マイナス金利の深掘りには、家計のマインドを損なう副作用もあるという指摘もあろう。実際、日銀がマイナス金利を導入した2016年の2月にはそうした兆候もみられたが、預金金利もマイナスになるとの懸念に基づく面が多かった。この間の実績によって、家計の小口預金がマイナスになることは考えにくいとの理解が広まっていると思われる。

<深掘りの波及効果、円高抑止にも>

現時点での副作用が以前より小さいとしても、マイナス金利の深掘りには有効な効果があるのかという疑念もあろう。

マイナス金利の深掘りを行えば、イールドカーブ全体の位置を引き下げることができる。なぜなら、政策金利の実質的な下限に対する市場の見方が修正され、将来にわたる政策金利の予想パスが全体として下方修正されるからである。もちろん、イールドカーブ・コントロールを採用する日銀は、政策金利の引き下げと同時に長期国債の誘導目標利回りを引き下げることもできる。

短期から長期までの広範な金利が低下することは、企業や家計による資金調達のコストを抑制して経済活動の下支えにつながる。新型コロナウイルス問題から経済が完全に回復するのに相応の時間を要する恐れがある点を考えれば、適切なフォワードガイダンスによる補強も有用であろう。

短期の政策金利を一層引き下げることは、イールドカーブの過度なフラット化を回避する上でも意味を持ちうる。日銀は今やこの問題を重視しているとみられる一方、残存年限別の国債買い入れに工夫を加えることで、この問題を回避する経験を蓄積した。マイナス金利の深掘りと同時に、国債買い入れの面から補完的な対応を取ることで、イールドカーブの相応な傾きの維持を図ることができる訳である。

最後に、イールドカーブ全体の位置を低位に維持することは、円相場のアンカーにもなりうる点を指摘しておきたい。マイナス金利の導入時の経験もあって、為替相場との関係には懐疑的な見方も強いが、その後の様々なリスクイベントによっても急激な円高が生じなかったことの要因の1つは、内外金利差の存在であるように見える。

米欧の金融緩和も長期化が展望される中で、日銀が様々な工夫によってマイナス金利の深掘りの副作用を抑えつつ強化しうる余地を見せておくだけでも、金融市場に対する有用なメッセージとなり得る。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

(編集:田巻一彦)

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