May 12, 2020 / 4:53 AM / 15 days ago

コラム:中長期は円高・超長期は円安、歴史は繰り返すのか=佐々木融氏

[東京 12日] - 新型コロナウイルス感染の世界的な拡大と、日本の経済対策・金融政策の動きなどを受けて、筆者は円相場に対する、今後数年間の見方を変更した。

JPモルガン・チェースの佐々木融氏は、新型コロナウイルスを受けた日米の対応の違いから、最近までは円安方向のトレンドが維持されるとの見通しを変更した。写真は都内にある為替取引のトレーディングルーム。2017年1月撮影(2020年 ロイター/Toru Hanai)

それまで円高方向のトレンドを見ていた筆者は、アベノミクス開始後、最近までは円安方向のトレンドが維持されると見ていた。しかし、今回の動きを受けて、今後数年間は円高方向へのトレンドが続くとの見方に変更した。

そのように見る理由の1つは、新型コロナウイルス感染拡大に対する政策対応に日米間で大きな差があり、日本がデフレに戻る一方、米国のインフレ期待は比較的早めに回復する可能性があることだ。

今後数年間は実質金利差がマイナス方向に拡大することが予想され、円高方向への圧力が強まると考える方が自然だろう。

その他、世界で多くの中央銀行が量的緩和政策を実施し、世界全体の長期金利が低下することで、今後日本からの対外証券投資が細る可能性も高い。世界の主要国の10年国債金利加重平均値と日本の10年国債金利の差は、初めて100bp(ベーシスポイント)を下回った。

<危機時に強まる日本企業のリパトリ>

また、世界経済が発端となった日本の景気後退期には、国内企業が海外で得た利益の大部分を日本に送金する傾向もある。

過去の対外直接投資から発生する収益は通常、再投資される分と日本に送金される分に分けられる。どちらも経常黒字の一部だが、前者は円買いにはつながらない一方、後者は円買いにつながる。世界経済が安定している時には前者、後者とも概ね同額となる。

しかし、約10年前の世界金融危機(GFC、リーマンショック)の時には再投資分が激減し、日本に送金される分が急増した。世界的な経済危機に直面して、日本企業が手元流動性を十分に保有するため、こうした行動を取るとることは理解できる。今回も同様のことが起きれば、それだけで3─4兆円分の円買いにつながる。

原油価格下落を受けた貿易黒字増加も、円高圧力を強める可能性がある。北海ブレント先物価格は、現在も1バレル30ドル前後と前年の同時期に比べ半分程度の水準にとどまっている。原油価格が10%動くと日本の貿易黒字は対国内総生産(GDP)比で0.3%─0.5%分(1.5─2.5兆円分)程度変動する傾向がある。これも5兆円近くの円買いを新たに発生させる可能性がある。

従って、今後数年間のスパンでみれば、円相場のトレンドは円高方向となる可能性が高い。日本銀行が算出する円の実質実効レートは、現状の円相場の水準が、過去20─30年の平均水準から15─20%程度割安となっていることを示している。

しかし、これまでは日米インフレ率格差の縮小、国内投資家・企業による積極的な対外投資などを背景に円安水準は維持されると予想してきた。だが、足元の状況、先行きのマクロ経済環境の想定に基づくと、もはやこうした円安水準を維持するのは困難であると考える。

<1ドル=1円で始まった外為レート>

ここまでは、今後数年程度の長期的な円相場見通しだが、ここからは5年以上先の超長期的な円相場に関して考えてみたい。

本コラムでも何度か説明してきたが、ドル/円JPY=EBS相場は1ドル=360円から始まっているのではない。日本の通貨単位が『円』となった1871年、今から149年前のドル/円相場は1ドル=1円だった。その後、1929年から始まった世界大恐慌により、日本は各国同様大幅なデフレに陥った。そして、デフレから抜け出すために、当時の高橋是清蔵相と日銀は、1932年に国債の日銀による直接引き受けを開始し、財政支出を拡張した。この時、1ドル=4円台まで円安が進んだ。

積極的な財政拡張の効果もあって、日本はデフレから脱却できたため、高橋蔵相は日銀による国債引き受けを停止し、財政健全化を行おうとした。しかし、それに不満を持った軍部が高橋蔵相を暗殺。その後、日銀による国債引き受け・野放図な財政拡張は止まらず、やがて日本は戦争に突入した。さらに財政支出を拡張していったため、円の価値は暴落し、ハイパーインフレとなった。

日米開戦直前の1939年には1ドル=4.25円だった。その後、米国と戦争している間は当然、ドル/円相場が存在せず、終戦後には軍用交換相場として復活した。

そして、終戦から4年ほど経過した1949年、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)がそれまでの日米インフレ率格差等を用いて算出して、一般に利用するためのドル/円相場として発表したのが1ドルドル=360円だった。

<日銀の国債買入に出口はあるか>

今年の世界経済が大恐慌以来のマイナス成長となることが予想される中、大恐慌以降の円相場がどのようにして大幅に下落したかについて認識しておくことは重要だろう。

歴史は多少、形を変えながらも繰り返されることが多い。1940年に開催される予定だった東京オリンピックが中止となったことも、事情は全く異なるが現在と奇妙な共通点がある。

当時の経験から得られる教訓としては、新型コロナウイルス感染拡大による経済的なダメージから抜け出すため、中銀が財政をファイナンスし、歳出を拡大するということ自体が問題なのではなく、経済が正常化した時にそれを止められるのか、出口から出られるのかという点が重要という事だろう。

筆者はまだ、そこまでは予想していないが、今後日本経済の落ち込みが激しく、デフレが進めば進むほど、大幅な円高となればなるほど、金融政策を使い果たした日本は、財政政策に頼らざるを得なくなる。そして、財政赤字の膨張を日銀がファイナンスすることに、もはや世論は抵抗しないだろう。

ここで問題になるのは、その後状況が改善し、デフレ圧力が弱まり始めた時、それまでの拡張的な財政政策、日銀による財政ファイナンスを止められるかどうか(デフレ圧力が弱まる中、日銀が国債購入を止めれば長期金利は大幅に上昇することになる)が、長期的な円相場にとってカギとなる。

約80年前の経験同様、止められなければ歴史は繰り返し、そこから大幅な円の価値下落が始まるだろう。

長期的には円高トレンドを予想するが、歴史は繰り返される可能性が高いと考え、超長期的には大幅な円安が進むと予想する。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

佐々木融氏

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

(編集:田巻一彦)

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