for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:米の「強いドル政策」、その意味と放棄されるリスク=佐々木融氏

[東京 29日] - 各国の為替政策スタンスと実際の為替相場の見通しを考える上で、まず認識しておかなければならない事が2つある。1つ目は、どの国であっても緩やかに自国通貨が下落するか、自国通貨が相対的にある程度弱い水準に維持されることが好ましいということだ。

 1月29日、各国の為替政策スタンスと実際の為替相場の見通しを考える上で、まず認識しておかなければならない事が2つある。写真は米国旗と米議会。19日代表撮影(2021年 ロイター)

2つ目は変動相場制の下では政府がどのように考えようが、長期的な為替レートは基本的に経済のファンダメンタルズを反映して動くということだ。

米国の為替政策は、クリントン政権下で1995年から財務長官を務めたルービン氏が『強いドルは国益』、『強いドルを支持する』という立場を明確に示唆して以来、ほぼ一貫してこれを呪文のように唱え続けている。

一方の日本政府は、円相場が上昇してくると『円相場の動きを注視している』とか『投機的な円買い』だとして不快感を示す。なぜ、日米両国の為替政策は逆方向を示しているように聞こえるのか。

<経常赤字国・米国の本音>

その理由は、米国が世界最大の経常赤字国であり世界最大の対外純債務国である一方、日本は大きな経常黒字を抱える世界最大の対外純債権国だからだ。米国は赤字や債務をファイナンスするために世界中から米国への投資資金を引きつける必要がある。だから、米国政府・当局者があからさまに『ドル安が好ましい』などと言ってしまうと、海外からの投資資金が入らなくなる一方、米国に輸出している世界中の企業は焦ってドル売りに動くため、ドルは大きく下落してしまう。

つまり、米国政府が「強いドルは国益」という時の「強いドル」というのは、ドルが上昇する方が良いと言っているのではなく、そうしたスタンスをとっていないと、ドルの下落が加速してしまい、好ましい程度の緩やかな通貨安の範囲を超えてしまうからである。

基本的に米国は「強いドルが国益」と言いつつ、ドルの動きは市場に委ねるという姿勢を続け、その他の国と同様、願わくばドルが緩やかに下落し、相対的に割安な水準を維持していて欲しいと考えている。

一方、日本は本邦企業・投資家が経常黒字を海外への投資を通じて還流させるように促さなければならない。だから、日本政府が『円高でも構わない』などと言ってしまうと、日本の輸出企業は焦って円を買い戻す一方、本邦企業・投資家が経常黒字を海外へ還流させなくなってしまい、円が急騰してしまうリスクがある。だから表面上、日米当局が為替に関して発言する時は政策スタンスが逆のように見えてしまうのだ。

<イエレン財務長官が明言しなかったこと>

1月19日の就任を前にした公聴会でイエレン米財務長官は「あなたは強いドルを信じますか」と聞かれ、「私はマーケットで決定される為替相場を信じています。ドルもその他の通貨の価値も、市場で決定されるべきです」、「米国は弱い通貨によって競争上の優位性を得ようとはしません。我々は他の国がそうしようと試みることにも反対するべきです」と返答した。  

筆者の考え過ぎかもしれないが、イエレン米財務長官が「私は強いドルを信じます」と明言しなかったことが気になる。もし、今後もかたくなに「強いドルを信じる」と言わないようであると、米国へ輸出を行っている世界中の輸出業者は、ドル売りの手を早めるかもしれない。足元で米国の財の貿易赤字は過去最大規模に膨れ上がっており、ただでさえドル売り圧力はジワジワと強まっている。

また、米連邦準備理事会(FRB)が政策金利を当面ゼロに据え置くとみられる中、長期金利の水準も低く、世界の投資家が米国に投資を行いたいと考える意欲もそもそも強くない。ここにもし、米国株の先行きに対する懸念が高まったら、ドルはかなりの売り圧力を受けることになってしまう。

トランプ政権が「強いドル」政策を放棄していたなどと言われることがあるが、実際はそうとも言えない。保護主義的な側面が強かったことからそういうイメージが持たれるのかもしれないが、実際には長期的には「強いドル」政策を維持していた。

政権初期にドルが上昇したため、短期的なドル高に不満を述べることもあったが、ドルが下落すると逆に「最終的には私は強いドルを望む(トランプ大統領、2018年1月25日)」、「強いドルを信じている(ムニューシン財務長官、2019年7月24日)」などと発言している。要するに、トランプ政権はドルの短期的な動きに関して発言をすることが多かったが、基本的な姿勢はそれ以前の政権とさほど変わらなかったと言える。

トランプ政権下の4年間でドル名目実効レートは5.7%の下落となっているが、それは昨年のコロナ禍でFRBが政策金利をゼロに引き下げ、ドル安基調が始まったからで、新型コロナウイルス感染拡大が始まる前までのトランプ政権の3年間でみれば、ドルは上昇していた。

以前は米国政府が、ドルの下落を懸念するような環境だったこともあった。そのうちの1つはドル安により海外投資家が米国債を売り、長期金利が上昇してしまうことに対する懸念だ。2008─14年頃までは米国債の42─43%程度が海外投資家に保有されていたこともあり、ドルの下落が続くと、為替リスクをとって米国債に投資している海外の投資家が米国債の売却に動くことを米国政府が懸念しているとされた時もあった。また、ドル安によりインフレ率が上昇することを懸念しているとされた時もあった。

しかし、現状では、米国債の海外投資家の保有比率は30%まで減少しており、逆に金融当局による保有が一けた台から21%まで拡大している。これだけ財政支出を膨らませても長期金利上昇がそれほど加速しない今、ドル安により海外投資家が米国債を売却することを懸念する必要もなさそうだ。また、現在の物価上昇は米当局にとってむしろ好ましい状況にある。

このような環境下、バイデン大統領やイエレン財務長官が、「強いドルは国益」というスタンスから、「マーケットで決定される為替相場を信じる」というスタンスに変えてくるとなると、今後、長期的にドル安圧力が増してくる可能性が強まる。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

編集:田巻一彦

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up