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コラム:来年の日本、テールリスクは日銀の引き締め=佐々木融氏

[東京 26日] - 少し前まで一過性と見なされていた世界各国でのインフレ率の大幅な上昇が、実は構造的な要因を背景とした現象で、長期的に続く可能性もあるのではないかとの懸念が広がっている。

 11月26日、少し前まで一過性と見なされていた世界各国でのインフレ率の大幅な上昇が、実は構造的な要因を背景とした現象で、長期的に続く可能性もあるのではないかとの懸念が広がっている。佐々木融氏のコラム。写真は東京都で1月8日撮影(2021年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

米国の10月消費者物価指数(CPI)前年比はプラス6.2%と市場予想(同5.9%)を上回り、1990年11月以来、31年ぶりの上昇幅となった。コアCPIも同プラス4.6%と1991年8月以来の上昇幅だ。

ドイツの10月CPI前年比も1993年以来の同4.5%まで上昇している。この結果、J.P.モルガンが算出する日本を除く先進国の10月CPI前年比はプラス5.1%と1991年以来、30年ぶりの上昇率となっている。

<世界のインフレ、構造要因の可能性>  

筆者もインフレ率の上昇は、構造的な要因が大きいのではないかと考えている。世界の人口動態を考えると、これからは労働力が不足していく可能性が高い。特に先進国では高齢化によってそうした動きが既に見られていたが、新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに、高齢者の労働市場からの退出が加速してしまった可能性がある。

こうした中で、世界は新型コロナウイルス感染拡大以前からやや閉鎖的となり始めており、労働力の移動が以前のようには見られなくなり始めていた。また、皮肉なことに、環境規制の強化・拡大が逆にエネルギーの需給をひっ迫させ、価格を上昇させている可能性も高い。

つまり、実は既に「ディスインフレの時代」は終わり、「インフレの時代」に移行し始めていたところ、たまたま新型コロナウイルスの感染拡大となり、こうした動きが一気に加速してしまっているのかもしれない。

<大幅上昇する日本のCGPI>

一方、日本のCPIは相変わらず低水準で、10月も前年比プラス0.1%だった。G10(主要10カ国)諸国でCPIの伸びが比較的低めなのは、スイスとスウェーデンだ。だが、それぞれ同1.2%、同2.8%となっており、日本だけ目立って低くなっている。しかし、日本だけこのまま低インフレが続くとも言い切れない状況も見られ始めている。

日本の10月国内企業物価指数(CGPI)は1981年1月以来、約41年ぶりに前年比プラス8.0%まで急上昇しているのだ。この結果、CPIとの差は、1980年央以来の7.9%ポイントまで拡大している。

これは、第2次オイルショック時並みの差となっている。この7.9%ポイントの差は企業が吸収していると考えられるが、いつまで続けられるのだろうか──。

日本の消費者物価がなかなか上昇しないのは、日本の消費者が価格上昇に敏感だからと言われる。しかし、なぜ日本の消費者が価格上昇に敏感かと言えば、それは給料が上昇していないからだ。

日本では過去30年間の平均年収がほとんど変わっていない。だから物価も変わっていない。米国では平均年収が約2.5倍に増えたので物価も約2倍になった。ドイツでも平均年収が約2倍に増えたので、物価も7割程度上昇している。日本で物価が上昇しない理由は意外に単純なのかもしれない。

<日本企業の価格転嫁、日銀に波及の可能性>

従って、今回もCGPIが大きく上昇したからといって、企業は簡単に価格上昇分を消費者向けの価格に転嫁できないかもしれないが、このまま吸収し続ければ企業収益が悪化していくことになる。価格に転嫁して売り上げを減らすか、コスト上昇を吸収して利益を減らすか、日本の企業は難しい状況に置かれている。

しかし、そうした状況は多かれ少なかれみんな一緒なので、価格転嫁の動きが広がって、売り上げが減らないと気がついた時、今度はCPIが上昇を始め、コストアップを吸収するのは家計になるかもしれない。

さらに上述したような「ディスインフレ時代」から「インフレ時代」への構造的変化は日本にも当てはまり、かつエネルギー価格上昇は日本全体としてコストアップとなっている。

また、こうした状況が簡単には改善しない可能性があることも懸念されるポイントだ。日本のCGPIは原油価格(ブレント)が140ドル台まで急騰した2008年7月と8月にも7.5%まで上昇したことがあった。しかし、この時はその直後の米国の金融危機もあって、原油価格も急落し、景気が急速に後退したため、2008年12月には前年比1%以下の価格上昇となり、翌年はマイナスの伸びとなった。つまりCGPIの高い伸びは長続きしなかった。 

だが、今回は簡単にCGPIが低下しないかもしれない。当社は原油価格(ブレント)が来年後半には91ドル程度まで上昇する可能性があると予想している。日本の輸入物価指数は既に前年比30%も上昇している。

当社は今月中旬に世界の投資家に対してサーベイを行った。その中で77%の投資家が黒田東彦総裁退任(2023年4月)後から1年間の日銀の政策金利引き上げを予想していない。

また、69%がイールドカーブコントロール政策(YCC)も変更なしと予想している。つまり、日銀が政策変更をすることを全く織り込んでいない。このサーベイの設問はJ.P.モルガンのロンドンの同僚が作成したが、そもそも黒田総裁在任期間中の今後1年半の間に日銀の金融政策が変更する可能性さえ排除した設問になっている。こうした点をみても、世界で日銀の引き締め方向への政策変更が全く考えられていないことが分かる。

日本も含めた世界の投資家は、日本の金利が半永久的に上昇しないことを前提にポジションを構築している可能性が高い。もし、日本企業がコストアップに耐えられず、消費者物価がある程度でも上昇を始めたら、日銀の金融緩和解除に向けた思惑が市場では高まるだろう。市場に動揺を与え大きく動かすのは、これだけで十分かもしれない。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

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