for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:官製相場で冷え込む日本経済、期待と違う円・国債・株の現実=佐々木融氏

[東京 17日] - 世界でインフレ率が大きく上昇していることに加え、日本でも国内企業物価指数(CGPI)が前年比8─9%も上昇していることから、日本の債券市場ではいずれ日銀が金融政策の微調整に動くのではないかとの思惑が強まっている。

 世界でインフレ率が大きく上昇していることに加え、日本でも国内企業物価指数(CGPI)が前年比8─9%も上昇していることから、日本の債券市場ではいずれ日銀が金融政策の微調整に動くのではないかとの思惑が強まっている。佐々木融氏のコラム。写真は都内で1月19日撮影(2022年 ロイター/Issei Kato)

その結果、日本国債10年金利は上昇基調をたどり0.2%を上回った。こうした動きを受け、日銀は2月14日に10年物国債を0.25%で無制限に買い入れる指し値オペを実行すると通知した。日銀は2021年3月の政策決定会合で、イールドカーブコントロール(YCC)政策における10年金利の変動幅を上下0.25%程度であることを明確にしているため、このこと自体は驚きではない。

<YCCで物価は上がったのか>

しかし、そもそも10年物国債金利を上下0.25%の範囲で固定することのメリットは何なのだろうか──。

日銀が2016年9月にYCC政策を導入してから5年半が経過したが、日本の消費者物価指数(CPI)はいっこうに上昇していない。前述のようにCGPIは前年比8─9%も上昇しているのに、CPIは上昇しない。上昇しない理由は金利水準にはないのではないか、との疑いは持たないのであろうか。

日銀はYCC政策について「適切な水準に長短金利をコントロールしていく枠組みである」としているが、本当に今の長短金利の水準が適切と言えるのだろうか。

例えば、過去6年間で見て、日本の成長率は実質でみても名目でみても主要国の中で際立って低い。CPIの伸び率も圧倒的に低く、ユーロ圏の4分の1、米国の7分の1程度の上昇率でしかない。全て日銀の金融政策のせいにするわけではないが、過去6年間の長短金利は適切な水準であり、これを続けることが正しいと、どうして言えるのだろうか。

<米財務省が円売り介入を懸念した本当の理由>

日本は本当に官製相場が好きな国だ。そして、国全体としてもそれが正しいと信じ込む傾向が強い。市場が急変動すると往々にして短期的かつ投機的取引のせいにする。しかし、市場は実体経済を映す鏡でしかなく、実体経済がゆがみ始めているから市場は大きく変動する。投機的な取引は、その後、実際にそのゆがみを反映した実需の動きがついてこなければ失敗に終わり、取引を手仕舞うだけだ。

そうした実体を映し出す鏡の向きを変えても、何も解決しない。実体を見えなくするだけだ。市場の急変動を投機的取引のせいにするのは、経済政策を担っているはずの当局者の責任転嫁でしかないように思える。

かつて日本がドル買い・円売り介入を大量に行っていた時、米国財務省は日本の円売り介入を好ましく思っていないと聞いたことがある。それは日本が為替相場を操作するからではなく、日本が介入の結果買ったドルで多額の米国債を購入するため、米国債市場がゆがめられてしまうからだという。つまり、米国財務省は実体経済を映し出す米国債市場という鏡を曇らせて欲しくなかったのだ。

日銀のYCC政策は、鏡を曇らせるどころか、鏡を布で覆ってしまい、実体経済を見えなくしている。その結果、日本経済はどんどん冷え込んでいってしまっているのだが、それも見えなくなっている。

<株と円で起きたこと>

債券市場だけでなく、日本は株式市場も官製相場だ。日銀は2010年12月からETF(上場投資信託)購入を通じて株式を買ってきた。現在、日銀が保有する株式の時価総額は東証一部の時価総額の7%弱に達している。

しかし、2010年12月からの約11年間、日本のTOPIXは特に世界の株価指数をアウトパフォームしているわけではなく、MSCI指数を若干アンダーパフォームしている。アベノミクスの下で株式の買い入れ額を2倍にした2013年4月以降でみても状況は同じだ。

円相場も昔は官製相場だった。そして、最近になってからその悪影響が見え始めた。

日本は1999年から2011年までに合計約70兆円ものドル買い・円売り介入を行った。この間の日本の財の貿易黒字は約130兆円だったので、貿易黒字の半分以上を吸収したことになる。

日本の強みである製造業による輸出を支えるため、大量の円売りを為替市場で行ったのだ。しかし、ドル/円相場は115円台から75円まで円高が進行した。つまり、円売り介入の効果はほとんど見られなかった。

<日本企業の海外移転、促した力は何か>

だが、2011年3月の東日本大震災を挟んで、急激に拡大した貿易赤字と、その後、アベノミクス下で急増した日本企業による対外直接投資により急速に円安が進んだ。貿易赤字の急拡大は2014年まで続き、その半分は原油価格の上昇、残りの半分はアジアからの輸入増加で説明できる。

日本企業による対外直接投資の急増は、急速な円安が進む中で2013年から始まっており、円高による採算悪化が原因とは思われない。つまり、日本政府は製造業・輸出企業をサポートするために大量の円売り介入を行ったが、目立った効果はみられず円高となった。しかし、それとは別の理由で日本企業は対外直接投資を急増させ、それが円安進行の一因となった、と考えられる。

このあたりの因果関係は様々に考えられるとは思うが、結果として現在起きていることは、円が実質的に歴史的安値となり、日本人の購買力が著しく低下しているということだ。

製造業・輸出企業のために大量の円売り介入を行ったが、こうした企業は円安が進む中でも日本から出て行ってしまったため、もはや円安になっても貿易黒字は増えなくなった。その結果として、円が実質的に相当割安になっても、円高方向に調整することはなくなってしまった。

つまり、政府による円売り介入という官製相場によって、時間差はあったとはいえ、円安になったと言うことはできるかもしれないが、その結末は望んでいたものとは全く異なり、日本人を相対的に貧しくする結果となってしまったと言えるのではないか。

相場の格言には、おごりをいさめるものが幾つかある。いっとき成功しても驕慢な気持ちを持つと失敗する。筆者も長く市場と関わる中で、それは身に染みて実感している。常に変化している実体経済を映し出す市場には、常に謙虚な姿勢で向き合い、細かい変化も見落とさないようにしなければならないと反省させられ続けている。

日本の当局も謙虚な姿勢で、市場と対峙する必要があるのではないだろうか。市場の動きをコントロールすることは実体経済をコントロールすることにはならない。なぜなら、市場が実体経済を映し出しているからだ。鏡を自ら覆い隠してしまったら、自分の姿が見えなくなる。そのことに気づく必要があるのではないだろうか。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up