[東京 19日] - 7月半ば以降に反落基調にあった米ドルが、過去1週間程度、反発基調となっている。米ドルが全体として、つまり実効レートベースでこのまま上昇トレンドに戻るのか、それともやはり7月半ばがピークで再び下落基調に戻るのかは、今後のドル/円相場にとって重要だ。そして、その米ドルの動きにとっては、米連邦準備理事会(FRB)の利上げを市場がどこまで織り込むかが重要なポイントとなる。
75bpの利上げが行われた前回の米連邦公開市場委員会(FOMC)以降の3週間で明らかになった重要情報としては、雇用市場は引続き逼迫している一方、インフレ率の騰勢は落ち着きが見られ始めたということだろう。
7月非農業部門雇用者数は事前の予想の2倍の増加となったが、それよりも注目すべきは失業率が50年以上ぶりの低水準でさらに低下し、平均時給が前年比プラス5.2%と、前月が上方修正される中でも予想を大きく上回ったという点であろう。米国の雇用市場は非常に逼迫した状態が続いている。
一方、7月コア消費者物価指数(CPI)の前年比はプラス5.9%と予想を下回った。コアCPIの前年比は3月にプラス6.5%とピークを付けた後、鈍化傾向となっており、2カ月連続で6%を下回った。コア生産者物価指数(PPI)の前年比もやはりピークだった3月のプラス9.7%から徐々に鈍化しており、7月は同7.6%と8%を割り込んできた。
<タイトな米雇用市場、FF金利押し上げ>
今後、来年まで見通したFOMCによる利上げのペース・FF金利が最終的に行きつく水準を考える上で、タイトな雇用市場とインフレ率の騰勢鈍化のどちらを重要視すべきだろうか。
おそらく今の状況では前者、つまりタイトな雇用市場なのだろう。失業率が歴史的低水準の中で、賃金が5%を超えて上がり、コアインフレ率も5%台後半という状況では、FRBは引き続きインフレ抑制を最も重要なテーマとして考えるであろう。実際、マーケットも徐々にそう考え始めている節がある。
マーケットは現状で、FRBが来年3月頃までにあと125bp程度の利上げを行うことを織り込んでいる。ただ、来年末に向けては、そこから50bp程度の利下げを行うことも織り込んでいた。この利下げ織り込みが足元でやや縮小し始めている。
仮にマーケットが、FRBは来年も緩やかながら利上げを続け、FF金利のターゲットが4%台まで引き上がる可能性を織り込みに向かい始めたら、米ドルの上昇余地は比較的大きくなると考えられる。コアインフレ率も賃金上昇率も5%台なのだから、政策金利のターゲットが4%台まで上昇する可能性は十分にある。
<世界の主要国で利上げ>
逼迫した労働市場を背景に、中央銀行が積極的な利上げを続けると予想されるのは、米国だけではなく、世界的な現象であるとも言える。J.P.モルガンが算出する世界の失業率は4.5%と約40年ぶりの低水準となっている。
そうした中で、9月は主要中銀の利上げが続くと予想されている。そして、それは短期金利差拡大による円キャリー・トレードを誘発し、円が一段と下落する可能性があることを示唆している。
まず、6日に豪準備銀行(RBA)、7日にカナダ銀行(BOC)、8日に欧州中銀(ECB)と、3日連続で主要中銀の3つが50bpの利上げを行うことが予想されている。その後、15日にイングランド銀行(BOE)も50bp、20日はスウェーデン中銀(リクスバンク)、21日にはFRBがそれぞれ75bpの利上げを行うと予想されている。
翌22日の日銀は相変わらず政策変更が予想されないため、日本との世界の政策金利の加重平均値との差は一段と拡大し、現在の275bpの差が、9月末には一気に315bp程度まで拡大すると予想されている。
<円キャリー取引に活発化の兆し>
為替市場で低金利通貨を売って高金利通貨を買う取引をキャリー・トレードと言うが、このキャリー・トレードにとって重要なのは長期金利差ではなく短期金利差だ。2005年から2007年頃まで活発化した円キャリー・トレードは、日本と世界の政策金利差が300bp前後に拡大したところから始まった。
9月にはその時以来久しぶりに政策金利差が300bp台に乗せることから、円キャリー・トレードが再び活発化する可能性もある。日本の個人投資家も当時のように証拠金取引を通じた円売りを膨らませてくる可能性がある。
日本の個人投資家が証拠金取引を通じて円売り・高金利通貨買いを活発化させたり、世界でも円キャリー取引が広がった2005年から2007年は、日本の貿易収支は10兆円以上の黒字だった。つまり、日本の国際収支からは多額の円買いが発生し、円キャリー・トレードには向い風だった。もっとも、今年は10兆円以上の貿易赤字が予想されている。つまり円キャリー・トレードには追い風だ。
これらをまとめて考えると、FRBの利上げによるFF金利ターゲットの最終到達点が4%台以上になるとマーケットが考え始め、その他主要国も積極的利上げを続けていくようだと、引き続きドル高・円安の流れが続くことになり、ドル/円相場は秋に向けて一段と上昇する可能性が高くなってくる。
編集:田巻一彦
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
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