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コラム:来年は短期的に円高リスク、想定超す物価上昇と日銀の政策転換に注目=佐々木融氏

[東京 22日] - 今年8月以降、比較的相関が強かったドル/円相場と米連邦準備理事会(FRB)の利上げ織り込み度合いの関係が大きく崩れて、円高方向にシフトしている。9月と10月に行われた円買い介入でもさほど崩れなかった相関が、今月初めの米連邦公開市場委員会(FOMC)、10月米雇用統計からやや下方シフトし始め、10日の10月米消費者物価指数(CPI)が予想を下回ったことを受け、大きく下方シフトした。

 来年を見通すと、ドル高、円安双方の要因に変化が生じる可能性がある。佐々木融氏のコラム。写真は2017年6月撮影(2022年 ロイター/Thomas White)

過去2年間に及ぶドル/円相場の50円の上昇は、ドル高と円安の双方の要因に支えられてきた。主要10通貨の2021年初からドル/円がピークをつけた今年10月半ばまでのパフォーマンスを見ると、最強通貨となっているドルは2番目に強い加ドルに対しても11%程度上昇している。

一方、最弱通貨となっている円は2番目に弱いスウェーデン・クローナに対しても6%程度下落している。スウェーデン・クローナも円同様弱いため、円の弱さがわかりにくいが、3番目に弱いNZドルに対して円は15%も下落している。

<来年はドルの上値重くなる可能性>

来年を見通すと、ドル高、円安双方の要因に変化が生じる可能性がある。その結果、今後半年から1年程度の期間で見ると、ドル/円相場の上値が重くなってくる可能性がある。

まず、ドル高の要因についてみると、市場はFRBが来年前半に向けて、さらに100bpの利上げを織り込んでいるが、J.P.モルガンの米国エコノミストは、合計500bpの利上げが金融環境を引き締め、米国経済は来年後半にマイルドな景気後退に陥ると予想している。

また、FRBの利上げは来年3月で終了し、ターミナルレート(最終到達地点)は市場が織り込む5.0%になると予想している。こうした見通しが正しければ、ドル高基調は終了し、中長期的な反落基調に向かう可能性が高くなる。

イールドカーブの形状も、こうした見方を裏付け始めている。米国債3カ月/10年のイールドカーブが逆イールドになったまま2週間程度が経過し、戻らなくなっている。80年代後半以降、3カ月/10年のイールドカーブが逆転するタイミングでFRBの利上げは終了している。

過去の経験則上、FRBの利上げ局面ではターミナルレートがコアCPI前年比を上回っている。しかし、当社エコノミストは2023年4─6月期には米国のコアCPI前年比が5%を下回るところまで鈍化すると予想している。つまり、コアCPI前年比の方が低下して、ターミナルレートを下回る予想となる。

また、ドルが割高となっているのも事実だ。主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)でバリ島を訪れていたイエレン米財務長官は13日、「米ドルがここまで強い状況では、当然ながら多くの国が、米国の政策が自国通貨に及ぼす影響を懸念している」と発言した。ドルは実質実効レートでみて過去30年間の平均より20%程度割高で、1985年9月のプラザ合意前の水準まであと5─6%程度のところまで上昇している。

米国がドル高懸念を表明するところまでは、まだ遠いと考えられる。だが、前述の通り先行きインフレ率が実際に大きく鈍化してきた場合、既に貿易赤字拡大が顕著な中、ドル高を歓迎しなくなる可能性もある。

<日本のコアコア、3%上昇の可能性も>

一方、円安の方も変化の兆しが現れている。円の弱さは急増する貿易赤字と世界との短期金利差をといった構造的要因があるため、長期的な円安傾向が反転すると予想するのは難しい。しかし、ここから特に2023年前半の円相場を見通す際、短期的にせよ、それなりに円相場に影響を与える要素が見られ始めているのも事実だ。

最も重要なのは、日本のインフレ率の上昇だろう。日本の10月CPIは予想を上回る結果となり、特に生鮮食品・エネルギーを除いたコアコアCPI前年比は前月から0.7%ポイントも上昇して2.5%となった。これは、消費税増税の影響を除くと、1992年以来30年ぶりの2%台乗せということになる。

物価上昇は広範に及んでおり、米国と同じように食品・エネルギーを除いたベースでも前年比1.5%まで上昇している。当社は生鮮食品・エネルギーを除いたコアコアCPI前年比は2023年1─3期に前年比3%、食品・エネルギーを除いたベースでも前年比2.3%まで、一段とインフレ率は上昇すると予想している。

<日銀の政策修正と賃金上昇>

J.P.モルガンは2023年3月の金融政策決定会合で、日本銀行がイールドカーブコントロール(YCC)における長期金利の上限を0.25%から0.50%に引き上げると予想しているが、物価上昇率の面からみて、その現実味は増してきていると考えられる。

さらに、日本経済が新型コロナウイルス感染拡大による停滞を脱し、徐々に再稼働を進める中、賃金も堅調な伸びを示すようになっている。2022年7─9月期の現金給与総額は前年比1.7%上昇し、コロナ前の3年間の平均水準である同0.6%を大きく上回っている。

給与総額の伸びは、既にコロナ禍でも、労働市場のタイト化による所定内給与の堅調な伸びに支えられてきている。今後、経済再稼働が一段と進めば、労働市場のタイト化進行も影響して、給与総額の伸びは3%程度まで高まる可能性もある。こうした状況も日銀の金融政策変更の可能性をさらに高めるものとなろう。

特にインバウンドの増加は、インフレと賃金の両方を押し上げる可能性がある。今や日本の賃金水準は経済協力開発機構(OECD)の中でも20番め程度の高さで、米国の平均賃金は日本の2.5倍にもなる。

こうした購買力の非常に高い人々が大挙して日本を訪れれば、観光やサービス関連セクターの雇用は一段と逼迫して賃金は上昇。物価をさらに押し上げることになるだろう。毎年、この時期の翌年予想には無いサプライズが発生するが、来年の日本経済にとってあり得そうなビッグサプライズは、予想以上の物価上昇ではないかと筆者は予想する。

来年の日銀の金融政策は想定以上の動きとなり、それが円相場を一時的にせよ押し上げる可能性がある。ただ、繰り返しになるが、円の構造的な弱さはかなり深刻であり、大幅な円高方向への修正は見込めないだろう。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

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