for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:スウェーデン中銀と状況似る新生日銀、同じ引き締めの道歩むのか=佐々木融氏

[東京 22日] - 日銀総裁のポストに10年間就いてきた黒田東彦総裁が間もなく退任する。日銀総裁は1期5年で2期まで務めることができるが、このまま行くと、黒田総裁は日銀の歴史の中で初めて2期の任期を完遂する総裁となる。

 実は新型コロナウイルス感染拡大前まで日本と同じマイナスの政策金利国だったスウェーデンでは、新生日銀の今後を示唆するかもしれない動きがみられ始めている。佐々木融氏のコラム。写真は都内の日銀本店で2016年9月撮影(2023年 ロイター/Toru Hanai)

新しい総裁候補には、1998年4月から2005年4月まで速水優氏、福井俊彦氏が総裁だった7年間にわたって日銀審議委員を務めた植田和男氏が指名された。

日銀総裁は、速水、福井の両氏、白川方明氏と日銀出身者が3代続いた後に、元財務官の黒田総裁が就任。その後任には再び日銀出身の雨宮正佳副総裁か副総裁経験者の中曽宏氏、山口広秀氏の名前が挙がっていたが、予想外の発表となった。

岸田文雄首相は次期総裁にふさわしい人物として「主要国中央銀行トップとの緊密な連携、内外の市場関係者に対する質の高い発信力と受信力」を備えた人と発言していた。予想外の人選ではあったが、後から考えれば、植田氏はそうした条件を十分に兼ね備えた人であると言えるだろう。

<新生日銀トリオはバランスとれた布陣>

そうした植田氏を支える副総裁には、企画局長、理事として黒田総裁の金融政策に深く関わってきた内田真一理事、財務省出身で国際規制関連当局の経験も長い国際派の氷見野良三・前金融庁長官が加わることで、今後相当な困難に直面すると考えられるこれからの「出口政策」を担う布陣が整ったということだろう。

植田氏は日銀審議委員として、速水総裁時代の1999年2月のゼロ金利政策導入や2001年3月の量的緩和政策導入を理論面から支え、また、2000年8月のゼロ金利政策解除にも反対したことから、ハト派のイメージがある。

だが、議事録などを読むと、後述する通り、必ずしもゼロ金利政策や量的緩和政策に積極的だったとも言えず、理論面からの選択肢や考え方を提示したり、バランスの取れた意見を示している。

植田氏は総裁人事報道が流れた後、現状の金融緩和政策は適当であり、当面は金融緩和を続ける必要があると記者団に語っている。24日の所信聴取や実際に就任する4月までの間も、こうしたスタンスを取り続ける可能性が高く、当面は円相場の波乱要因になる可能性は低いだろう。

<日本でも上がり出したCPI>

しかし、日本でもインフレ率は過去に見られないほど上昇しており、生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価指数(コアコアCPI)の前年比は既に3%台の上昇となっている。CPIの約半分を占める財の価格だけに絞ると、物価上昇率は7%台まで上昇している。また、賃金も緩やかな上昇基調が明確になり始め、昨年12月の現金給与総額は前年比プラス4.8%を記録した。

もちろん、こうした動きが今後は落ち着いて、伸びが鈍化する可能性は高いだろう。しかし、足元の各種経済指標をみると、コアCPI(除く生鮮食品)の前年比がゼロ%台で、賃金の伸びがマイナスだった新型コロナウイルス感染拡大前と同じ金融政策を、新生日銀が維持し続ける可能性は低いだろう。

<先に動き始めたスウェーデン中銀>

実は新型コロナウイルス感染拡大前まで日本と同じマイナスの政策金利国だったスウェーデンでは、新生日銀の今後を示唆するかもしれない動きがみられ始めている。

スウェーデンの中央銀行であるリクスバンクは現存する世界最古の中央銀行と呼ばれているが、昨年末で17年間も総裁を務めていたイングべス総裁が退任した。イングベス総裁下のリクスバンクは日銀と異なり、2019年末にはマイナス金利を脱し、昨年9月の会合では市場の予想を上回る100bpの利上げを実行した。

だが、先行きの金利見通しに関しては市場の見方ほど強気の見方を示さなかったほか、クローナ安に関しても総裁からは言及がなかったことから、100bp利上げ後もクローナ安は続いた。

スウェーデン・クローナは昨年、一昨年と主要10通貨の中で円と最弱通貨を争った。一昨年は円が最弱、クローナが2番目に弱く、昨年はクローナが最弱、円が2番目に弱かった。J.P.モルガンが算出する実質実効レートでみると、円もクローナもともに現状の水準は1970年以降の平均から30%以上低い水準となっている。

しかし、クローナの反応は新総裁就任後に変化し始めている。テデーン新総裁に加え、副総裁の1人も交代した新生リクスバンクの今年2月9日の最初の会合で、市場の予想通り50bpの利上げを行い、政策金利を3.0%に引き上げた。

さらに、先行きの金利の見通しを予想以上に上方修正し、予想外に4月からの国債売却方針を示し、弱いクローナにも懸念を示した。この結果、クローナは上昇を始め、会合以降の1週間強でみると、クローナは主要10通貨の中で独歩高となっており、年初来でみても豪ドルの次に強い通貨となっており、相変わらず2番目に弱い円との最弱通貨競争から抜け出しつつある。

<クローナに追随できない円、その構造的理由>

新生日銀もタカ派姿勢を強め、その結果として円も最弱通貨争いから脱出できるのだろうか。可能性はあるが、その現実味は相変わらず低いと考えている。理由は2つ考えられる。

まず、第1にリクスバンクの政策金利は既に3.0%まで引き上げられており、そこからクローナ上昇が始まっている。2.5%までの利上げの間は相変わらず弱い通貨だった。

一方、日銀は政策金利をゼロに戻すところくらいまでが現時点では最もタカ派的な見方だろう。そして、それにもかかわわらず昨年10月中旬以降の約3カ月間、円は既にかなり買い戻された。つまり、日銀はリクスバンクほど政策金利を引き上げることは全く予想されていないにもかかわらず、市場は既に期待を高め、円を買っている。

第2にスウェーデンも貿易収支が悪化し昨年は赤字に落ち込んだが、対国内総生産(GDP)比1%未満となっており、対GDP比3%程度まで急拡大している日本に比べると、はるかに規模が小さい。

いずれにしても、同じ人物が長い間中央銀行総裁というポジションに付き、同じマイナスの政策金利を経験し、かつては大きな貿易黒字を誇っていた、日本に似たスウェーデンの新生中央銀行と、今後のスウェーデン・クローナの動きは、円に対するインプリケーションを見る上でも要注目だろう。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up