[東京 19日] - 海外投資家による積極的な日本株投資を背景に、4月以降、日本の株価は他国を大きくアウトパフォームしている。海外投資家は4月に5兆円も日本株を買い越し、5月前半の2週間でさらに1.2兆円を追加で買い越している。
これまで月間で海外投資家が5兆円以上の日本株を買い越したのは、小泉純一郎元首相が郵政民営化の賛否を問うために行った解散とその後の衆院選で大勝した直後の2005年10月と、その後の2年間の4回、そしてアベノミクス下で黒田東彦日銀総裁が量的・質的緩和政策打ち出した2013年4月の計6回しかなかった。
<海外勢が日本株に注目した4つの要因>
今回、海外投資家が約10年ぶりに日本株への注目を高めたのは、1)今年3月に東京証券取引所が上場企業に資本コストや株価を意識した経営を求め、具体的には株価純資産倍率(PBR)が1倍を割れている企業に改善に向けた方針等を示すよう求めた、2)日本の賃金、インフレ率上昇が一過性ではなく、構造的な変化によって引き起こされているとの見方が強まっている、3)そうした中でも日銀が積極的には金利を上げないとの見通しを植田和男総裁が示している、4)ウォーレン・バフェット氏が日本株を有望視していることを明らかにした──などが背景にあると考えられる。
海外投資家が日本株への興味を強めた背景は、2005─07年や2013年当時とは異なるが、日本株の買い方としては共通点があると考えられる。それは、今回も為替リスクをヘッジして日本株に投資しているのではないかと考えられる点である。
4月以降、円は主要通貨の中で最弱通貨となっており、海外投資家が円を買って日本株に投資しているとは考えにくい。5兆円規模の買い越しが続いた2005年10月─07年10月も、2013年4月も円は主要通貨の中で最弱通貨だった。
日本と他国の金利差を考えると、為替リスクをヘッジすることによってキャリー収益も入るため、こうした投資は理に適っている。
<為替ヘッジの円売りと日本株買い>
海外投資家が為替リスクをヘッジして多額の日本株投資を行うと、日本株とドル/円相場の相関関係が強くなると考えられる。
実際、2005年以前は日経平均株価とドル/円相場の間に安定した相関関係はなかったが、海外投資家の日本株買いが急増した2005年以降は、両者の相関関係(株高=円安、株安=円高)が比較的高く、安定するようになった。
このように相関が強くなるメカニズムは、海外投資家が為替リスクをヘッジして日本株投資を行った場合、日本株が上昇するとヘッジを積み増すために円を売る必要が生じ、日本株が下落するとヘッジを一部巻き戻すために円を買い戻す必要があるためと考えられる。
従って、「株高=円安」、「株安=円高」の相関関係が強くなるためには、海外投資家による為替ヘッジ付きの日本株投資の残高が一定程度の規模に膨らむ必要がある。海外投資家は2005─06年と2013─14年の2年間でそれぞれ約20兆円の日本株を買い越した。
今回同様、海外投資家の日本株買いが進み、株高=円安の相関が強まった2005─06年と2013─14年は、過去20年間の中でも円のファンダメンタルズが悪化し、大きく円安が進んだ時期だった。
前者は日本と他の主要国との短期金利差の拡大、後者は日本の貿易赤字の拡大だった。しかし、今回は短期金利差拡大と貿易赤字拡大が同時発生しており、さらに短期金利差も貿易赤字も当時より大きい。つまり円のファンダメンタルズは2005─06年や2013─14年当時よりも今の方がかなり弱くなっている。
<既存ポートにヘッジ外しの可能性>
本来、株価上昇=円安の相関関係は、前述の通り、株価が上昇することによって、海外投資家が円売りヘッジを積み増すことによって発生すると考えられるが、相関関係が強くなり始めると「円安が日本企業の収益にプラスなるため、株価が上昇する」とのロジックから、円安への動きを見て日本株を買うという動きも見られ始めるようになる。
つまり、いったんこうした動きが強まると、歴史的なファンダメンタルズ悪化に直面している円の下落が株価上昇につながるメカニズムも作られ始める。
また、2019年─20年の日本と他国の金利差縮小から、海外投資家が既に保有している日本株ポートフォリオのヘッジを外していた可能性がある。キャリー収益も少なくなり「円が安全通貨として動くのであれば、円のリスクを抱えたまま日本株に投資をするのは理に適う」との考えが広まっていた可能性がある。
そうだとすると、海外投資家が既に保有している日本株ポートフォリオの円のリスクをヘッジするために円を売り始めるかもしれない。こうした見方が正しいとすると、足元でも円売り圧力が強まり始め、日経平均株価とドル/円相場が相互に作用しながら上昇を続けるという流れが、すぐに始まるかもしれない。
編集:田巻一彦
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
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