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コラム:ドル安トレンド長期化を促す環境変化=佐々木融氏

[東京 18日] - 8月に入って小休止していたドル安トレンドが、再び始まったかもしれない。ドルの名目実効レートは5月半ば以降下落トレンドに入り、6月中・下旬と8月前半に小休止があったが、ここに来て再び下落トレンドを開始したようにみえる。

 8月18日、8月に入って小休止していたドル安トレンドが、再び始まったかもしれない。佐々木融氏のコラム。写真は2014年11月、米製版印刷局で印刷される米ドル紙幣(2020年 ロイター/Gary Cameron)

JPモルガン算出のドル名目実効レートは3月上旬以来の水準まで低下し、ドルは既に今年3月以降のコロナショックによる急騰分を帳消しにした。

ユーロ/ドルEUR=EBS相場は2018年5月以来、豪ドル/ドルAUD=EBS相場は2019年2月以来の高値、一方でドル/スイスフランCHF=EBS相場は2015年1月以来、ドル/スウェーデンクローナSEK=EBS相場は2018年6月以来の安値更新目前だ。再びドル売りが勢いを増し、ドル/円JPY=EBS相場の下押しにつながる可能性が高そうだ。

ドルは下落トレンドを始めた5月半ば以降で見ると、先進国通貨の中で最弱通貨となっている。2番目に弱い通貨が円となっているため、ドル/円相場の下落幅はさほど大きくないが、ノルウェークローネ、スウェーデンクローナ、豪ドルに対してドルは10%以上下落している。

ドルと円がともに弱くなるのは、いわゆるリスクオン相場の典型だ。世界経済は4─6月期に大幅なマイナス成長となったが、既に急速なリバウンドを始めている。日本の4─6月期の実質国内総生産(GDP)成長率は速報値で前期比・年率マイナス27.8%、米国は同マイナス32.9%と、もはや成長率の数字とは思えないような大幅なマイナス成長となった。

しかし、JPモルガンでは日本の7─9月期成長率をプラス14%、米国をプラス20%程度と予想。急速にリバウンドすると見ている。こうした中で、米国のナスダック総合指数.IXICは最高値を更新し、S&P500指数.SPXも最高値まであとほんのわずかだ。

株価が最高値を更新し続けるような力強い環境ではなくとも、世界経済が新型コロナウイルス感染拡大から徐々にでも確実に回復基調をたどるのであれば、ドル安基調は長期化するだろう。ポイントは基本的なファンダメンタルズである、金利と経常収支、バリュエーション、そして歳出の急拡大だ。

JPモルガンがカバーしている31の中央銀行(新興国含む)の政策金利の加重平均値は既に1.09%まで低下している。この加重平均値は来年早々にも1%を割り込むことが予想されている。世界金融危機(リーマン・ショック)後のボトムが1.81%だったことを考えると、世界は未曾有の低金利状態に入っている。

未曾有の低金利状態は、世界各国の金利差もなくなっていることを意味する。主要10カ国・地域(G10)の政策金利の最大値と最小値の差はこれまで250bp(ベーシスポイント)を下回ることはなかったが、現在は100bpまで縮小してしまっている。10年国債金利の最大値と最小値の差もこれまで概ね300bp程度がボトムとなりそれ以上縮小しなかったが、足元は130bp程度まで縮小してしまっている。

金利差が無い世界では、経常収支とバリュエーションの違いが為替相場に与える影響が大きくなる。通常の世界で経常収支がストレートに為替に影響しないのは、金利やその他が調整要因として働くからだ。単純に言えば、経常赤字国は高金利で資本を引きつけ、経常黒字国は低金利で資本輸出を促す。主要国の金利間で極端に差がなくなれば、経常赤字国で割高な通貨が売られ、経常黒字国で割安な通貨が買われやくなるのは自然の流れだ。前者の典型がドルとニュージーランド(NZ)ドルで、後者の典型が円や北欧通貨となる。

また、財政赤字の多寡自体はストレートに通貨に影響するとは考えられないが、今回の米国のように、米連邦準備理事会(FRB)が金利を低位に抑えることを約束しつつ、ここまで急激な財政赤字の拡大を行えば、ドルという通貨の価値が落ちると考えるのは自然であろう。今年度の米国の財政赤字対GDP比は20%にまで膨らむ。

現在の議論を見ていても、財政の崖を埋めるために財政支出の拡大は継続せざるを得ないようにも見える。政策の善しあし、やるべきかやるべきではないかは横におき、失業者に少なくとも7月末まで毎週1000枚も配られていた紙切れ(ドル紙幣)の価値が、高いと信じ続けるのには無理がある。

こうした政策を続ければ、紙幣の価値が下がると予想する人は多くなる。それは期待インフレ率の上昇を意味する。一方、名目金利はFRBによって低位に抑えられているため、米国の実質金利は急低下している。インフレ連動債や、個人消費の物価動向を示すPCEデフレーターなどを使い長期間にわたって算出した10年の実質金利は、1970年代半ば以来のマイナス幅となっている。

リスクオンの環境の下で、ドルと円の双方が弱くなるのは通常見られるパターンだ。そして、通常は円の方が弱いドルよりも弱くなるために、ドル/円相場は円安・ドル高となる。

しかし、今後はドルが弱い円よりも弱くなり、リスクオンの環境下でもドル/円相場は円高・ドル安となるだろう。こうした動きは世界金融危機からの回復の過程でも見られた動きだ。ドル/円相場が2009年4月の100円台から2011年7月の76円台まで下落したのもこのパターンだ。

この間、FRBは政策金利を0─0.25%に据え置き、S&P500指数は60%以上上昇、米国の財政赤字は対GDP比10%程度まで拡大した。ドル名目実効レートは15%程度下落し、ドルは主要通貨の中で最弱通貨となっている。

世界金融危機後の米10年国債金利はまだ、2%台を維持していた。2009年4月から2011年7月の間の日米10年国債金利差は、概ね150bp以上あった。それが今では米10年国債金利US10YT=RRも日米金利差も当時の半分以下だ。ドルの水準も当時は既に比較的割安、現在は割高だ。リーマン・ショック後の回復局面と比較しても、現在の環境の方がドルの長期下落トレンドに関し、継続する可能性が高いように思われる。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

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編集:田巻一彦

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