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コラム:日本経済に痛撃、資源高騰による貿易赤字拡大と円安のスパイラル=佐々木融氏

[東京 14日] - ゆっくりと進行すると考えられていた貿易赤字拡大と円安のスパイラルが、ロシアのウクライナ攻撃により一気に加速し始めているようだ。資源や食料の多くを輸入に頼る日本にとって、こうした事態はできれば避けたいところだったが、日本にとって厳しい現実が迫ってきている。

 3月14日、ゆっくりと進行すると考えられていた貿易赤字拡大と円安のスパイラルが、ロシアのウクライナ攻撃により一気に加速し始めているようだ。都内の港で2019年5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

日本の貿易構造は2011年の東日本大震災を契機に大きく変わってしまっている。大震災の2年後の2013年ごろから日本企業の対外直接投資が急増し、それがアベノミクス下での円安進行を支えていたが、こうした対外直接投資の急増は、サプライチェーンを大きく変えるための投資が背景にあったと考えられる。

この結果、例えば日本からの電子機器の輸出は減少する一方、アジアや欧州からの電子機器の輸入が増加した。他にも欧州からの化学製品や自動車などの輸入が増えた。

大震災以降の日本の貿易収支の原油価格に対する感応度は、それ依然と比べて2倍程度にまで高まっている。大震災以降の関係でみると、原油価格が120ドル程度で推移し続けると日本の貿易赤字は対名目国内総生産(GⅮP)比2%(約10兆円の赤字)、150ドルで対名目GDP比3%(約15兆円)まで拡大する計算となる。

<ブレント185ドル、1ドル125円の試算も>

しかし、状況はさらに悪化している可能性がある。現状、ロシア産原油の約7割は買い手が見つかっていない状態にあると見られている。J.P.モルガンのコモディティ調査部の試算によると、今年いっぱいロシアからの石油の供給混乱が続けば、ブレント価格は年末までに1バレルあたり185ドルまで上昇する可能性がある。

そうなると日本の貿易赤字は対名目GDP比4─4.5%程度まで拡大する可能性があり、最近の貿易収支とドル/円相場の相関から推計すると、ドル/円は125円程度まで上昇する計算となる。

日本の輸入の詳細を見ると、原油・粗油、石油製品、そして原油価格に連動する長期契約が多いとされる液化天然ガス(LNG)の輸入の合計額は輸入全体の16%を占める。これに加えて、日本の輸入全体の3%を占める石炭の先物価格も2月下旬以降、2倍以上に急騰している。このままロシア・ウクライナ情勢が混沌とした状況が続くとすると、我々の生活に対するエネルギー価格高騰の影響はこれから出てくることになる。

<小麦など農産物価格急騰の構図>

心配なのはエネルギーだけではない。当社コモディティ調査部は、原油はロシアからの供給が途絶えても何とか代替供給で賄える可能性があるとしているが、本当に懸念しなければならないのは農産物だと指摘している。農産物の多くは既に在庫が大幅に枯渇している。

中でも深刻なのは、ロシアとウクライナで世界の輸出量の3割を占める小麦だ。小麦の先物価格は急騰した水準から反落したが、それでもまだ年初来で40%も上昇している。しかし、ウクライナでは種まきもできない状況で、先行きの収穫が激減する可能性がある。

日本は国内で消費される小麦のうち約9割を輸入に頼っており、政府が一括して調達し、製粉会社等への売り渡し価格は半年ごとに見直されている。先週発表された4月から9月までの売り渡し価格はこれまでに比べて17.3%引き上げられ、2008年以来の高水準となった。これからもまだ、上昇する可能性は高いだろう。

また、ロシアとウクライナはトウモロコシも世界の輸出の約2割、ひまわり油輸出の約8割を占めている。トウモロコシの円建て価格は過去最高値を更新している。欧米で食用油として一般的なひまわり油の価格が上昇すれば、代替製品として日本で主流の菜種油の価格にも影響するだろう。

タイミングが悪いことに、インドネシアが最大の輸出国となっているパーム油もインドネシア政府による輸出規制で今年に入って5割も高騰している。

さらに追い打ちをかけるのが、肥料価格の高騰だ。天然ガス価格の高騰もあって既に価格が上昇していた肥料の原料は、ロシアとベラルーシが主要輸出国となっている。ロシアは各国からの経済制裁に対抗するため、こうした肥料の原料の輸出禁止を示唆している。

日本は肥料も多くを輸入に頼っているが、そのうち塩化カリウムは25%をロシアとベラルーシからの輸入が占めている。言うまでもなく、肥料価格の高騰は農産物全般の価格に影響してくる。

<生活必需品値上がりと円安>

エネルギーや食料品を初めとする様々な輸入品の価格は、今後一段と上昇する可能性が高い。ロシアによるウクライナ攻撃の影響が表れていないと考えられる、日本の2月国内企業物価指数は前年比プラス9.3%と1980年以来の伸びとなっている。

原油に加え様々な輸入品の価格が上昇すれば、日本の貿易赤字は拡大する。前述のように、日本の貿易構造は既に変化しており、以前に比べて赤字が大きくなりやすくなっている。貿易赤字が拡大すれば、円相場は円安に振れやすくなる。そうなると円建ての輸入品の価格はさらに上昇し、貿易赤字拡大にも寄与する。

つまり、エネルギー・食料品の輸入価格上昇を震源とした、貿易赤字と円安のスパイラルだ。製造業の多くが日本から海外に生産移管を進めた今、円安になっても輸出は増えず、貿易赤字と円安のスパイラルが発生しやすくなっている。

日本の通貨である円は実質的な価値を大幅に失っており、実質実効レートベースでは約50年ぶりの安値圏だ。単純に言えば、割安になっても円を使って購入できる日本の資産やビジネスに魅力がないため、円を買う人が現れないことが背景にある。

そんな円で給料を受け取っている日本人の平均年収は、20年前の世界3位の水準から20位に転落している。そうは言っても、これだけ日本が割安になれば、新型コロナウイルス感染が収束したら日本に資金は流れ込み、円安の流れが多少は修正されるかもしれないと多少の期待は持っていた。

しかし、事態は逆の方向に動きそうだ。割安な日本に資金が流れる前に、エネルギーや食料という生きていくのに必要な根本的な物を買うために、割安となってしまっている円を日本人がさらに支払う必要が出てきてしまっているようだ。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

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