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コラム:本当の円安危機、1000兆円の家計が外貨買いに走る時に到来か=佐々木融氏

[東京 21日] - 円安の流れが止まらない。ドル/円相場は20年ぶりの円安水準だが、実質実効レートでみると1971年以来、50年ぶりの円安水準だ。

 4月21日、円安の流れが止まらない。写真は日本円と日本の国旗。2018年6月撮影(2022年 ロイター/Thomas White)

<ニクソンショック以来の購買力低下>

また、過去20年間で米国の物価上昇率は日本に比べて50%程度高く上昇しているため、実はドル/円相場も実質的には1971年の米国によるドルと金の兌換(だかん)停止、いわゆる「ニクソンショック」以来の円安水準となっている。つまり、円の購買力は表面的に見える以上に極端に低下してしまっている。

日本は「円安は国益」と考えて経済政策を進めてきたが、日本経済は相変わらず活力を取り戻せていない。むしろ円安となった結果、日本の賃金水準は国際比較すると相対的に大きく後退してしまっている。2000年時点では日本の平均賃金は米国より高かったのに、今では日本の平均賃金は米国の半分だ。国益とは何を指していたのだろうか。

<生産拠点の海外シフトと円安>

これまでも本コラムで何度も紹介してきているが、円安は最近始まった問題ではない。既にアベノミクスが始まった2013年ごろから円安傾向は表れ始めている。そう言うと、アベノミクスが悪いように聞こえるが、そうではない。円が弱くなり始めた原因は「日本企業によるキャピタルフライト」、つまり対外直接投資の急増が背景にある。

日本企業が国外に出て行った背景には、2011年3月の東日本大震災を契機としたサプライチェーンの変更、その後の米国の保護主義的な動き、欧州の環境規制、日本国内の需要の弱さ─など、様々な理由があるだろう。いずれにせよ、結果として、日本の貿易構造は大きく変わってしまい、円相場の水準にかかわらず多額の貿易黒字を稼げない国に変わってしまった。

<世界で進むインフレと異次元の日本>

他国との金融政策の違いも当然影響している。世の中はこの数年でディスインフレの時代からインフレの時代に大きく変化している。こうした動きは実は以前から少しずつ進んでいたのだが、新型コロナウィルス感染拡大とロシアによるウクライナ侵攻で、動きが加速してしまった。

ディスインフレからインフレの時代に変化していく中で、日本以外の主要国の金利は急上昇している。ディスインフレの時代は、その他の国もインフレ率が低く、金利も低かったため日銀のマイナス金利政策、イールドカーブコントロール政策もあまり目立たなかったが、今ではかなり異常な政策に映る。

これだけ世界でインフレ率が上昇している中で、日本では相変わらずインフレ率が上昇しないのも異常だ。そもそも日本でインフレ率が上昇しないのは金利水準の問題ではなく、日本経済の構造的な問題なのだろう。

そうだとしたら、このような状況下でイールドカーブをフラット化させておいても、円安を助長するだけで、メリットは無いのではないか。

また、ディスインフレからインフレへの動きを加速させた事象が、新型コロナとロシアによるウクライナ侵攻の2つで終わりと誰が言えるのだろうか。いずれ日本でも他国でのインフレ率上昇が影響して、インフレ率は徐々に上昇するだろう。

日本は世界の中で孤立して生きているわけではない。そして、コモディティ価格上昇による輸入物価上昇も合わせて、円安進行が物価をある程度押し上げるだろう。しかし、それは日本経済にとって良いインフレ率上昇でないということは言うまでもない。

<円高時に改革できなかったツケ>

日本は本当にマーケットを操作するのが好きな国だ。円安になれば為替介入が話題になり、効果が出ていなくても長期金利を固定し続ける。だが、マーケットは実体経済を映す鏡でしかないのだから、鏡を人工的に動かして映る姿を変えてしまうと、本当に必要な対応が何なのかもわからず、結果的に事態を悪化させることになる。

今回の歴史的な円安も、1990年代から2011年まで続けた大量のドル買い/円売り介入も影響しているのではないだろうか。当時、人為的に円高進行を抑えた結果、当時見なければいけなかった日本経済の本当の姿を見ることができず、今に至ってしまったのではないか、との仮説も成り立つと考えるがどうだろう。

<家計のキャピタルフライトが始まる時>

こうした状況下、次に日本が警戒しなければならないのは、日本企業による対外直接投資というキャピタルフライトに続いて、家計までもがキャピタルフライトを始めるリスクだろう。

家計は保有する金融資産の半分にあたる1000兆円をいまだに円建て預金で保有している。「このうち1%でも外貨に動いたら大きな円安圧力になる」といったことは、これまでもずっと言われてきた。ところが、ここまで全くその動きは見られなかった。

しかし、今回は違うのではないかと危惧している。日本人がこれまでかたくなに円建て預金を大量に保有していたのは、結局、日本は裕福な国で、円を持っていれば何でも買えるという考え方が根底にあったからだと思う。

だが、今や多くの日本人が日本は相対的に貧しくなってきていることを実感している。J.P.モルガンは今後も原油価格や穀物価格が上昇する可能性が高いと予想しているが、実際にそうなれば、多くの日本人は円の購買力の低さを嘆き、生活の苦しさを実感することになるだろう。

以前にもそう思うことは、あったかもしれない。それでも、いざ外貨預金をしようと思っても、銀行が開いている業務時間中に銀行に行き、3円のコストを払ってドルを購入しなければならなかった。

今は深夜でもスマートフォーンを使って簡単に、かつかなりの低コストでドルや他の外貨を買うことができる。外国株投資もオンラインでいつでも可能だ。「ガソリンや食料価格の高騰をヘッジするため、あるいは海外旅行に行くため、外貨の保有を増やしておいた方が良い」という発想が広まった時、家計が行動を起こす時のハードルは、以前に比べるとかなり低くなっている。そうした行動を取るように「推奨」するユーチューバーは既に数多く存在する。

また、預金の大半の保有者は高齢者だから、そんなに簡単に外貨へのシフトはしないだろう、というのも以前は本当だっただろう。しかし、筆者の先輩世代である今の60歳代はバブル経済を謳歌(おうか)し、海外の免税店でブランド品を買い漁った世代である。購買力が低下して生活が苦しくても円預金だけを保有し続けるような世代とは思えない。80歳目前の筆者の母親は、アップルペイで買い物をしている。高齢者も昔の高齢者とは違うのだ。

マーケットを操作するのが好きな日本では、外貨準備が150兆円以上あるから円安を止めるのは簡単、と言う声も上がるかもしれない。しかし、家計の1000兆円の預金の前には、150兆円の外貨準備は小さく見える。

それだったら日本人の外貨購入に制限を設けたら良いのではないか、といった意見も出るかもしれない。だが、日本人がそうした可能性を感じ取ったその時こそ、家計のキャピタルフライトは加速するのである。そこまで行けば、それは典型的な新興国での通貨危機のパターンだ。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

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