July 6, 2018 / 5:47 AM / 4 months ago

コラム:トランプ貿易戦争、日本が備えるべき「最悪の事態」=村嶋帰一氏

村嶋帰一 シティグループ証券 チーフエコノミスト

 7月6日、シティグループ証券・チーフエコノミストの村嶋帰一氏は、米中通商摩擦は一線を越えつつあり、日本は米国の自動車関税の行方を含めて「最悪の事態」に備えた「頭の体操」をしておく必要があると指摘。写真は、米ミネソタ州ダルースでの支持者集会で演説するトランプ米大統領。6月撮影(2018年 ロイター/Jonathan Ernst)

[東京 6日] - 米東部時間6日午前0時1分(日本時間同日午後1時1分)、米国が340億ドル(約3兆7600億円)相当の中国製品に対する制裁関税を発動した。これを受け、中国側も対抗措置をとる方針を表明。米中通商摩擦は一線を越えつつある。

当初、トランプ米大統領の貿易に関する過激なレトリックは交渉ゲームの一環にすぎず、心配に及ばないとの見方も多かった。だが、こうした見方は修正を余儀なくされている。少なくとも、「最悪の事態」に備えて、「頭の体操」をしておくことが必要になったと言える。

<米中間選挙前に自動車関税発動の可能性も>

日本にとって最悪の事態は、米国が自動車に対して高率関税を導入することだろう。米商務省は5月23日、通商拡大法232条に基づき、安全保障上の理由から自動車輸入に関税を賦課することの是非について調査を開始した。

この動きについても、当初、2国間の通商交渉を有利に進めるための「ブラフ(はったり)」にすぎないという見方が一般的だった。

また、自動車と同様に通商拡大法232条が根拠となった鉄鋼・アルミニウムのケースでは、昨年4月の調査開始から今年1月の調査終了まで約9カ月を要したことから、自動車に関する調査の終了は11月の米中間選挙後になるとの見方が有力だった。

ただ、ロス米商務長官は6月、商務省が8月上旬までに自動車に関する調査を完了する予定であると述べた。その場合、中間選挙前に、自動車に対する関税が発動される可能性が否定できなくなる。

鉄鋼・アルミニウムのケースを振り返ると、商務省による調査が終了したのが今年1月、結果が公表されたのが2月16日、そして、関税賦課が始まったのが3月23日だった(一部の国は適用除外)。

すなわち、調査終了から関税発動までは2カ月程度であり、8月上旬までに自動車に関する調査が終わるとすれば、中間選挙までに関税賦課が始まる現実的な可能性があることになる。あるいは、その可能性をちらつかせることで、各国との2国間通商交渉を促進したい意向なのだろう。

<日本経済と自動車メーカー収益への影響は>

トランプ政権が日本車を含む輸入自動車に対して一律25%の関税を課した場合、日本の国内総生産(GDP)は0.3―0.4%ポイント押し下げられる可能性がある。

日系自動車メーカーによる生産拠点の海外移転がかなり進んだ1990年代末以降のデータに基づくと、日本の対米自動車輸出数量の価格弾性値は約0.8と推計される。すなわち、輸出価格が1%上昇した場合、輸出数量は約0.8%減少する。

関税を25%と仮定し、自動車価格に関税がすべて転嫁されるとすると、輸出数量は2017年実績の175万台から約20%(35万台)減少し、輸出金額は2017年の4.6兆円から約0.9兆円減少することになる。これは、日本の名目GDPの0.17%に相当する。

この場合、自動車産業だけでなく他産業も含め、企業マインドの悪化と設備投資の先送りを招く可能性が高い。こうした間接的な効果が、輸出減による直接的効果と同規模と仮定すると、GDPへの影響はマイナス0.3―0.4%ポイントとなる。

一方、日系自動車メーカーが関税を転嫁せず、自社で完全に負担する場合、自動車メーカーの収益は計2.7兆円程度押し下げられ、営業利益はおおむね半減すると試算される(当社の自動車アナリストによる)。このため、実際には価格転嫁を行うメーカーが多いだろう。

<90年代の再現か、米国への生産シフト再加速も>

上の試算(35万台)以上に、対米自動車輸出が減少する可能性もある。日系メーカーが、トランプ政権による自動車関税の導入を米通商政策の構造的変化と解釈し、近い将来に撤回されることがないと判断すれば、米国への生産シフトが起きる可能性が出てくる。

日系メーカーの米国での自動車生産台数と対米自動車輸出台数は、1990年代末から世界金融危機までおおむねパラレルに動いていた。一方、自動車を中心に日米貿易摩擦が激化した1990年代初めから半ばにかけては、両者が逆方向に動いた。

1993年に始まった日米包括経済協議では自動車・同部品が優先分野とされ、1)外国車の対日アクセス促進、2)外国製部品の販売機会の拡大、3)日本の規制緩和、などで両者が合意した。また、包括協議の枠外で、日系メーカーが北米製部品の購入と北米における完成車生産の拡大に同意した。

この結果、日系メーカーは米国向け自動車輸出のかなりの部分を米国での現地生産に切り替えた。1995年と1996年には、対米自動車輸出は約50万台減少(1994年比で28%減)、米国での現地生産は29万台増加した。今回も同じことが起きると仮定すると、輸出の減少がGDPを最大0.25%程度押し下げ、設備投資への間接的な影響も含めると、全体の景気下押し効果は0.5%程度に達する可能性もある。

もちろん、一部の日系メーカーは供給制約に直面しているとみられ、米国への生産移転は短期間では実現しない可能性が高い。このため、日本経済への悪影響も時間をかけて顕在化するとみられる。

この点に関して重要なのは、トランプ政権があと6年半続く可能性が高まっていることである。トランプ大統領が再選されないことが高い確率で予想できれば、日系メーカーは今後2年半、生産を移転せずに自動車関税の影響に耐え忍ぶかもしれない。ただ、米国では、トランプ大統領の再選の可能性が高まっているとの見方が多いようである。

トランプ政権(そしてその通商政策)があと6年半続くという見方が日系メーカーの間で強まってくれば、生産の米国シフトが加速する可能性が高まろう。

<試算を上回る累積的インパクトが生じる恐れ>

中国の知的財産権侵害を理由とする米国の対中関税、そして、それに応じた中国の報復措置についても、双方で500億ドル(約5兆5000億円)にとどまることから、米中景気への影響は限定的という見方が多かった。

当社は、中国が米国からの輸入品500億ドル相当に25%の関税を導入した場合、米国の対中輸出は約120億ドル(約1兆3000億円)減少すると試算している。これは米国のGDPの0.06%にすぎない。同様に、米国の対中関税導入による中国景気への影響も0.1%未満と試算される。すなわち、関税が双方で500億ドル相当にとどまれば、米中景気への影響は取るに足りないものになる。

しかし、トランプ大統領は6月18日、対中関税の対象を2000億ドル(約22兆1000億円)拡大する方針を示唆した(税率は10%)。中国の米国からの輸入は1300億ドル(約14兆4000億円、2017年)にとどまるため、中国は全く同じ措置で対抗することはできないが、一定の前提の下、同様の経済効果を持つ措置を講ずると仮定すると、米国景気への負のインパクトは0.16%となる(当初の500億ドルを含めたもの)。

また、その場合には、企業の設備投資も先送りされる可能性が高く、そうした間接的な効果を、貿易を通じたマイナス効果と同規模と仮定すると、全体としてのインパクトは0.3%程度になり得る。

米国経済が2%台半ばから3%程度の成長軌道にあることを踏まえれば、仮に0.3%の下押し効果が発生したとしても、米国経済の大勢には影響がないかもしれない。ただ、サプライチェーンがグローバルに高度化・複雑化する中、輸出依存度の高い国・地域、特に新興国に対して、より深刻な影響が及ぶ可能性がある。

ちなみに、当社の欧州担当エコノミストは、米中摩擦が欧州企業のセンチメントや設備投資に明確な影響を及ぼす可能性を指摘し始めている。

上述の自動車関税に関する試算、そして米中の制裁関税に関する試算は、特定の経路に着目した部分均衡的なものにすぎない。今後、貿易摩擦がさらに激化、長期化すれば、こうした分析ではとらえられない累積的なインパクトが顕在化し始める可能性が高いだろう。

*文中の円換算額は1ドル=110.70円で計算。

村嶋帰一 シティグループ証券 チーフエコノミスト(写真は筆者提供)

*村嶋帰一氏は、シティグループ証券調査本部投資戦略部マネジングディレクターで、同社チーフエコノミスト。1988年東京大学教養学部卒。同年野村総合研究所入社。2002年日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社(現シティグループ証券)入社。2004年より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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