December 26, 2019 / 11:13 PM / a month ago

コラム:円相場こう着の背後に日本経済の忘れ物、くすぶる円高圧力=内田稔氏

[27日 ロイター] - 最小値幅を記録する見込みの2019年のドル/円JPY=相場は、ドル高と円高とが拮抗(きっこう)した結果であって、円高圧力が和らいだことを意味するわけではない。これは過去2年間の円の名目実効相場の上昇を見れば明らかであり、多くのクロス円では円高が進行した。

12月27日、最小値幅を記録する見込みの2019年のドル/円相場は、ドル高と円高とが拮抗(きっこう)した結果であって、円高圧力が和らいだことを意味するわけではない。都内の台が目取引所で2017年1月撮影(2019年 ロイター/Toru Hanai)

本来、注目すべきはドル/円の小動きより、金融システムや市場機能に負荷をかける異次元緩和を断行していながら、円安が進まないばかりか、円がドルと同程度の強さを維持している背景だ。無論、日銀の異次元緩和がなければ、今よりも円高で推移しているとみられ、異次元緩和による一定の円高抑止力は働いているはずだ。 とはいえ、2015年2月、主要な政策金利(レポ金利)をマイナス圏へと引き下げ、ピーク時にはマイナス0.5%まで深掘りしていたスウェーデンの中央銀行(リクスバンク)は、副作用への懸念を強め、18年12月に利上げに着手。今月、ついにゼロ%まで引き上げた。

欧州中央銀行のラガルド総裁も、マイナス金利政策の副作用を率直に認めており、就任早々の講演などでは、金融緩和の限界も念頭に財政拡張の必要性を訴えている。日本と欧州とでは、経済や物価の情勢、金融機関を取り巻く環境が異なってはいるが、マイナス金利を含む異次元緩和の副作用が、時間の経過とともに蓄積される点は変わらない。未来永劫(えいごう)、金融緩和によって円高圧力をせき止めることができるわけではない。

<インフレ期待は低いまま>

深刻なのは、こうした異次元緩和にもかかわらず、日本では肝心の物価の伸びやインフレ期待ないし予想物価上昇率が、低いままとなっていることだ。その点、日銀は19年10月、「物価安定の目標」に向けたモメンタムの評価を実施し、「マクロ的な需給ギャップ」と「中長期的な予想物価上昇率」を点検。「引き続き、注意が必要」との条件付きではあるが、モメンタムが損なわれるおそれが一段と高まる状況ではないと結論付けた。

このうち「マクロ的な需給ギャップ」については、景気の拡大基調が続くもとで、総じて現状程度のプラスを維持。「中長期的な予想物価上昇率」も、マクロ的な需給ギャップがプラスを維持する中で、上昇傾向をたどるとの考えを示した。

さらに雇用や所得環境の改善が続けば、家計の値上げ許容度が徐々に高まり、企業の価格設定スタンスが、次第に積極化するとの見通しも示した。ところが、10月の消費税率引き上げ前後の小売売上高をみると、9月に前年比プラス9.2%と14年3月の同11.0%と大差のない駆け込み需要が、また、増税した10月は前年比マイナス7.0%と、こちらは14年4月の同4.3%を上回る反動減がそれぞれ観測された。

無論、10月の落ち込みに関しては、自然災害も影響しているとみられるが、税率の引き上げ幅は前回の3%を下回っている。増税対策に万全を期したことも踏まえれば、価格上昇に対する家計の拒絶反応の強さが改めて確認された格好だ。 

<根強い将来への不安>

こうした中、日本政府は今月5日、事業規模26兆円、国や地方の財政支出13.2兆円からなる経済対策を閣議決定した。その過程で、政府から日銀に対する追加緩和を求める声は、表面的にはみられなかった。金融緩和余地が限られるといった政府と日銀との共通認識の下で、自ずと財政拡張に傾斜したのかもしれない。

もっとも、国際通貨基金(IMF)のデータでみる限り、18年末時点において公的債務残高(グロス)が対GDP(国内総生産)比で200%を超えているのは、日本(237%)とスーダン(212%)を除いてほかにない。 

つまり、日本は財政拡張においても、既に異次元の政策を講じていながら、それでもデフレ脱却には不十分であるとして、13年に異次元緩和に踏み切った経緯がある。その金融緩和に関して、追加余地が乏しいことを理由に、再び財政拡張に注力するのは、短絡的な政策発動の無限のループと映る。

教科書的に言えば、本来、政府支出額に政府支出乗数の1/(1-c)(ただし、cは0<c<1をとる限界消費性向)を掛けた分だけ、国民所得が増加し、経済活動が活性化するはずだ。ところが、日本では限界消費性向が極めて低いことから、政府支出乗数が小さい上、増加した所得の多くが貯蓄に回る構図になっているとみられる。 

この背景にあるのは、多くの日本人が抱える根強い将来への不安だろう。今年6月には、金融庁の有識者会議がまとめた高齢社会の資産形成に関する報告書に端を発し、いわゆる年金2000万円問題が浮上。老後を見据えた長期的な分散投資の議論を促す狙いに反し、老後資金に関する国民の不安を高める結果となった。

ただでさえ、大多数の日本人は、長寿確率の上昇と高齢期の長期化が見込まれる中、いまだに多くの企業が採用する50代での役職定年をはじめ、加齢を理由とする収入減や就業機会への年齢制限に強い不安を感じている。

政府は今月まとめた社会保障改革案の中で「生涯現役で活躍できる社会」を掲げ、希望すれば70歳まで就業できるよう、企業に努力義務を課すとした。しかし、高齢者の体力や運動能力はここ10年余りで5歳も若返っており、60歳以上の約8割は70歳以降も働くことを希望している。国民の不安を和らげるためには、性別と同様、年齢にも左右されない就業機会の確保こそ求められよう。

そのためには、企業も職務内容やスキルに応じたメリハリある従業員の処遇や賃金カーブをゼロベースで再構築する必要がある。労働市場の高い流動性も必須だ。もちろん、最近になって定年延長の動きも見られはするが、急速な高齢化に比べるとそのスピードは遅い。

<大規模緩和が問題を封印>

理想を言えば、アベノミクスや異次元緩和の恩恵による円高の是正と過去最高益を更新し続けた企業業績などを原資に稼いだ時間を活用して、こうした根本的な諸問題に着手。異次元の財政拡張や金融緩和の手綱を緩めても、持続的に成長できる経済へバトンタッチする環境を整えておくべきだったと思われる。

ただ、日銀による大規模な国債とETF(上場投資信託)の買い入れによって、金利上昇と株安が封印された分、円高圧力も和らいではいるものの、同時に多くの問題が先送りされた感は否めない。肝心のインフレ期待が低迷したまま、徐々に政策の発動余地は失われつつあると言え、根底での円高圧力は消えていないと考えられる。

2020年を展望すると、様々な材料に応じ、円安に振れる場面も見られようが、中期的にはインフレ期待と円の名目実効相場との間に、有意な負の相関関係が認められる。そのインフレ期待はプラスを維持しつつも、マイナス圏入り目前の超低空飛行を続けている。持続的な円安進行の可能性は低く、総じて円高圧力が加わりやすい展開を予想する。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

内田稔氏

*内田稔氏は、三菱UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。一貫して外国為替業務に携わり、2012年より現職。J-money誌の東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では2013年から19年まで個人ランキング1位。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

編集:田巻一彦

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