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コラム:財政規律の弛緩、中長期的な国債格下げ・円安招くのか=内田稔氏

[28日 ロイター] - 自民党総裁選や衆院選を控え、株式市場ではその後に提起される政策への期待が高まっている。ただ、政治イベントの前後で日本銀行の異次元緩和は現状維持が見込まれており、ここでいう政策とは、拡張的な財政政策を指す。

 9月28日、 自民党総裁選や衆院選を控え、株式市場ではその後に提起される政策への期待が高まっている。都内で8月撮影(2021年 ロイター/Marko Djurica)

<自民総裁選、目立つ財政拡張的主張>

その点について、自民党総裁選における各候補者の政策をみると、岸田文雄前政調会長は分配を重視して「新自由主義」の転換を掲げ、数十兆円規模の経済対策を打ち出す構えだ。

河野太郎行政改革・規制改革担当相も雇用重視の企業に対する法人税の減税を掲げる。最も意欲的なのが、高市早苗前総務相だ。「大胆な危機管理投資」と銘打ち、2%の物価安定目標の達成までプライマリーバランス(以下、PB)の黒字化目標を凍結すると主張している。野田聖子氏も、子ども国債の発行を提唱するなど、目先の財政出動の機動性を否定していない。

<過去の経済対際、景気浮揚・円安効果は限定的>

こうした財政出動が円相場に影響を与えるとすれば、その波及経路はインフレ期待とそれに伴う予想実質金利の変化とみられる(予想実質金利=名目金利-インフレ期待)。政策の経済的効果によって、インフレ期待を高めることができれば、予想実質金利の低下が円安を招くだろう。

その反面、いくら財政出動が講じられても、インフレ期待に目立った変化がなければ、円安への動きはあまりみられないだろう。

実際、過去5年間の景気対策を振り返ると、2016年8月の「未来への投資を実現する経済対策(事業規模28.1兆円、財政支出13.5兆円、国・地方の支出7.5兆円)」や2019年12月の「安心と成長の未来を開く総合経済対策(事業規模26兆円、財政支出13.2兆円、国・地方の支出9.4兆円)」のいずれの場合も、その前後におけるインフレ期待や円相場への影響は限定的であった。

唯一、2020年12月に閣議決定された「国民の命と暮らしを守る安心と希望のための総合経済対策(事業規模73.6兆円、財政支出40兆円、国・地方の支出32.3兆円)」の後に、日本のインフレ期待がじわりと上昇し、今年に入ってから円安傾向がみられた。

ただ、これは世界的な経済活動の正常化に伴い、インフレ期待が上昇した時期であり、日本の政策効果によるものかどうかの判別が難しい。

<根強い将来不安>

そもそも、日本の財政出動にポジティブな経済的効果があるなら、世界的にみて例をみない水準まで公的債務残高が積み上がる過程で、「デフレ」や「失われた20年」を体験することがなかったか、あるいは短期間で脱していたであろう。

従って、日本では財政出動のプラス効果を減殺する要因があるはずで、その1つに国民の根強い将来不安が挙げられる。

もともと、教科書的に言えば、財政出動の中心的部分には乗数効果がある。これは、政府支出額の増加分に政府支出乗数「1/(1-c)」を掛けた分だけ、国民所得が増加するものだ(「c」は増えた所得のうち、どの程度が消費に回るかを表す限界消費性向を指し、0<c<1)。

例えば、限界消費性向が0.8(増えた所得の8割が消費に回る社会)なら、国民所得は政府支出額の増加分の5倍も増える一方、0.2なら1.25倍しか増えない。日本の限界消費性向はかつて1960年代には0.7程度とされていたが、その後、ほぼ一貫して低下。2016年の日銀の展望リポートによれば、世帯年収によっては0.1を割り込んでいる。対照的に米国の限界消費性向は0.6とも0.7ともされ、少なくとも短期的には財政拡張による強い景気浮揚効果を期待できる。

多くの日本国民は、老後の生活への不安を募らせている。政治に期待する政策として、常に「社会保障の充実」が上位に顔を出すのは当然だろう。また、長寿確率が上昇し、その高齢期の長期化も見込まれる中、加齢に伴う収入減や就業機会への年齢制限なども不安の種だ。

こうした不安を抜本的に取り除かない限り、財政の大盤振る舞いを講じても、債務残高だけが積み上がり、支出額に見合う経済へのプラスの効果は期待しづらい。その点、河野氏が、消費税を財源とする年金の最低保障部分の創設を提唱したことで、今後の議論の行方が注目される。

<国債格下げなら、外銀が国債と円を売却へ>

一方、今後とも慢性的に財政規律が緩んでいくのであれば、それは中・長期的にみた円安リスクを高める可能性がある。最も警戒すべき波及経路は、日本の格下げだろう。現在、長期外貨建て債務に関して、日本は、米国のムーディーズとS&PからシングルAの上位格付け、英フィッチからシングルAフラットの格付けを得ている。

だが、経済協力開発機構(OECD)加盟国の公的債務残高(グロス)と格付けの関係から算出すると、日本の格付けは債務残高だけに照らせば、BBB(トリプルB)でも不思議ではない。

このため、次の3点がシングルAを維持している源泉と考えられる。まず、経常収支が黒字である点だ。これは、公的債務を民間の余剰資金だけで賄えることを意味する。

次に、日本は財政健全化の余地があるとみられている。OECD諸国の平均に比べ、日本の消費税も社会保障に対する国民負担率(租税負担率と社会保障負担率の合計)も低いからだ。また、何度も先送りされてきたが、政府がPB黒字化目標を堅持してきたことも大きいはずだ。

それだけに財政健全化に対する中長期的な意志に疑念を持たれると、将来的な格下げの危険度が増す。実際、2014年11月に政府が消費税10%への引き上げ延期を表明すると、その一年以内に先の格付機関の全てが、日本の格付けを1段階ずつ引き下げた。

高市氏の提唱するPB黒字化目標の凍結が現実になれば、なおさらだろう。ちなみに、AからBBBまで格下げされると、日本国債を保有する海外勢のうち、少なくとも国際統一基準行は、日本国債を手放すだろう。

これは、バーゼル委員会が求める最低所要自己資本比率規制において、自己資本比率を算出する際の海外ソブリン向けエクスポージャーに適用されるリスク掛け目が20%から50%に跳ね上がるためだ。

日本国債に占める海外勢の比率は今年3月末の時点で13.2%と欧米に比べると低いが、それでも実額では約160兆円と巨額だ。こうした日本国債の売却で得た資金を海外勢が円のまま保有するとも考えにくい。為替ヘッジ付きを除けば、相応の円売りが生じる計算で、それに乗じた円売りも加わる公算が大きい。

<財政健全化コミットが必要な理由>

前政権が2016年6月に消費税引き上げの再延期を決めた場面では、世界的な景気の減速感も踏まえ、日本に財政健全化を求めてきた国際通貨危機金(IMF)でさえ、一定の理解を示した。

先の格付け機関も、この時は何らアクションを起こしていない。このことは、コロナ禍の下で緊縮財政といった愚策を講じる必要が全くないどころか、今はまさに拡張的な財政出動によって景気を下支えする必要性が高いことを意味する。

ただ、大事なことはその効果を減殺している要因を突き止め、それに対処すること、そして通貨価値やその信認、すなわち、国民の財産を守るために、少なくとも中長期的な財政規律にコミットすることの2点ではないか。

編集:田巻一彦

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

*内田稔氏は、三菱UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。2012年より現職。J-money誌の東京外国為替市場調査で2013年より8年連続個人ランキング1位、国際公認投資アナリスト、日本証券アナリスト協会認定アナリスト、日本テクニカルアナリスト協会認定アナリスト、経済学修士(京都産業大学)、証券アナリストジャーナル編集委員。

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