May 14, 2020 / 9:19 AM / 13 days ago

コラム:「コロナ戦時下」ドル円の行方、日本は避難先にならず=植野大作氏

[14日 ロイター] - 新緑の季節の心地よさとは対照的に、世界経済は新型コロナウイルスがもたらした未曽有の暗雲に包まれている。

5月14日、新緑の季節の心地よさとは対照的に、世界経済は新型コロナウイルスがもたらした未曽有の暗雲に包まれている。都内で撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

米国で発表された直近の経済指標は、かつて見たことがない悪化の連続となった。4月だけで2050万人もの雇用が失われ、失業率は1カ月で10%超も跳ね上がった。その他の経済指標も軒並み過去最大級の落ち込みを示しており、「戦後最悪の恐慌」の到来が確実視されている。

この先、景気の谷がどこまで深くなり、いつ頃、どんなふうに回復するのか、著しい不透明感が漂っている。今月に入って米政策金利の先物市場ではマイナス金利の導入を予見する動きも散見され、米2年国債利回りは一時史上最低の0.10%台まで下がる場面もあった。

それにもかかわらず、ドル円は狭い値幅で落ち着いている。5月6日には一時105円99銭と約7週間ぶりの水準まで下落したが、106円00銭を割り込むとすぐに切り返し、現在は107円前後で取引されている。

普通に考えれば、もっとドル安/円高が進んでも良さそうだ。それなのに、妙に底堅いのは一体なぜか。「一時的に下げ渋っているだけで、そのうちすごい円高がやってくる」との見方もあるが、筆者はそんな風には思っていない。

この先もしばらくの間、ドル円は近年見慣れたレンジ内で推移、極端な円高も円安も進まない状態が続くだろう。以下、そのように考えている理由を6つ挙げておく。

<「コロナ慣れ」の冷静思考>

第1に、ドル円市場関係者の間に「コロナ慣れ」の感情が芽吹きつつある。米国本土における新型コロナの感染爆発で市場が大混乱に陥った3月上旬、一時19%台まで急伸した3カ月物の予想変動率は現在7%台まで低下、過去5年の「平年並み」である8%台を下回り始めた。

改めて感心しているが、人の心はうまくできている。どんなにひどい災厄に見舞われて当初パニックを起こしても、取り乱した心理状態では正しく危機に対応できないため、しばらく経つと「常在戦場」の肝が据わる。人々はどんなに過酷な環境下でも冷静な思考ができるようになる。

近年急速に進んだ情報技術革新の恩恵を受け、国内外のメディアが絶え間なく報じるコロナ絡みの「正しい悪報」が、驚くべき速さで市場の隅々にまで浸透した。こうした情報のおかげで、未知の肺炎ウイルスとの戦いに臨むに際して、最も忌むべき疑心暗鬼の増幅が抑制されていると言える。

第2に、戦後最悪の「コロナ不況」に巻き込まれている状況は、日米両国とも違いはない。米国だけ極端に景気が落ち込んでいる訳ではなく、日本も戦後最悪の不況に突入するのが確実なので、外国為替市場における通貨売り圧力の矛先は、ドル売りか円買いのどちらか一辺倒に傾くという展開は起きにくい。

問題は今後どうなるかだが、日米で現在起きている不況には、「新型コロナ」という非常に明確で共通の原因がある。先行きの景気回復がV字、U字、レ字、L字のいずれになるにしろ、日米は似たり寄ったりの経路をたどりそうだ。「日米景況格差」はドル円に明確な方向感を付与するテーマにはならないだろう。

第3に、日米両国の政策金利は当分動きそうにない。4月の会合で日銀は、「国債購入のめど撤廃」、「社債やCP(コマーシャル・ペーパー)の購入上限の引き上げ」などの緩和強化を決めたが、現行マイナス0.1%に設定している短期政策金利の引き下げは見送った。国内金融機関の経営圧迫などの副作用が強い「マイナス金利の深掘り」は今後も封印される可能性が高い。

一方、米国では先物市場でマイナス金利を織り込む動きが散見されているが、おそらく実現しないだろう。パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長はマイナス金利の採用に乗り気ではなく、リーマン・ショック後の金融危機の局面でも米国はマイナス金利政策には踏み込まなかった。

米国の政策金利は現在の0─0.25%で事実上の下限に到達しているとみられ、今後日米の政策金利は数年以上にわたり動かなくなるのではないか。「政策金利に対する期待の変化」がドル円を大きく動かすネタにならない時期が長引きそうだ。

<日本の国際収支、おおむね拮抗>

第4に、日米両国の政府の借金と中央銀行の保有資産はいずれも拡張に向かっている。「新型コロナ対応で政府が矢継ぎ早に経済対策を発動、膨張する政府債務を中央銀行が前例の無い資産買い入れで支える」という政策対応の方向性もそっくりだ。

すでに公表されている財政出動の「真水」部分の大きさを比べると、今回だけなら米国の方が大きいが、政府債務残高の実質国内総生産(GDP)比では日本の方がはるかに大きい。米国の放漫財政を嫌ってドル売りに動く投資家がいたとしても、同じ理由で日本の円を避難先に選ぶことはないだろう。

一方、中央銀行の保有資産の増え方を比べると、最近に限れば日銀よりもFRBの方が圧倒的に早くて金額も大きい。ただ、FRBによるドル供給の膨張は、「有事のドル需要」が異常に強いことの反映でもあり、即ドル売りには結びついていない。

FRBが大量散布しているドル現金が将来余ってくれば、ドル建て債務の返済に回るか、為替リスクを取らずに買える米国の株式や不動産、あるいは原油その他の国際商品の購入に向かう可能性が高い。「日本リスク」を負う円建て資産の購入に向かう可能性は低いだろう。

第5に、ドル円を取り巻く為替需給が円高・円安どちらか一方向に傾きにくい状況が続いている。現在、日本の貿易・サービス収支は概ね均衡している。今後、原油の下落で輸入は大きく減りそうだが、海外景気の悪化と訪日外国人の激減でモノやサービスの輸出も激減するはずだ。

国際収支のその他の項目に目を転じると、近年の日本は海外からの利息や配当の受け取りでしか安定的な黒字を稼げない構造の国になっている。一方、本格的な人口減少時代を迎えた日本からの海外直接投資はそれと同じくらい流出しており、出稼ぎ外国人の母国送金や日本政府による海外開発援助なども合わせると、黒字と赤字はおおむね拮抗しているとみられる。

コロナ不況の影響を受け、日本から海外への直接投資は一時的に目減りするかもしれないが、ドル安/円高がある程度進めば安く買える海外企業が増えるほか、国内超低金利の運用難で海外資産への投資配分を引き上げた国内年金等の受動的な買いがドル円の下値を支える「円高ストッパー」の役割を果たすだろう。

<背後に個人FX投資家のパワー>

第6に、近年のドル円市場では、「外為太郎・花子」の個人投資家パワーが増している。ドル円が1カ月で10円以上動いた今年の3月、日本の店頭外国為替保証金取引(FX)の売買金額高は、ドル円「通貨ペア」だけで721.4兆円という空前の規模に達していた。

日本の個人にFXが解禁されて20年以上の歳月が流れ、即時売買執行力や情報活用力を飛躍的に向上させた経験豊富な短期為替売買愛好者の市場参入が進んだ。これにより、かつてはドル円の短期変動に非常に強い影響力を及ぼしていた海外投機筋の売買興味は、昔ほどのうまみがなくなったドル円からは次第に離れている。

米日金利差の縮小に伴って、ドル円「通貨ペア」の買いスワップの魅力が低下したこともあり、高めのレバレッジを駆使した高速回転売買を好む経験豊富なFX愛好者ほど、「下がれば買う、上がれば売る」という是々非々のカウンター売買を当ててくる傾向が強まっている。「動かぬドル円」の演出に一役買っているとみられる。

上記の要因を総合的に加味した上、これまで本コラムで主張してきた「ドル円=概ね横ばい」の大局観を維持しておきたい。「コロナ不況」の出口が見えてくるまでの間、110円前後の上値は重そうだが、105円前後からは買い下がりで臨みたいと考えている。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

植野大作氏

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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編集:北松克朗

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