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コラム:スガノミクスに動かぬドル円、秋の相場は「観る」が得策=植野大作氏

[東京 16日] - 初秋の外為市場でドル/円JPY=EBSの動意欠乏症が再発している。8月27日に米連邦準備理事会(FRB)が物価目標2%を平均で目指す方針を示して米長期金利が急上昇すると一時106円95銭付近まで浮上したが、翌28日に安倍晋三首相が辞意を表明すると一転反落、一時105円20銭前後まで軟化した。

9月16日、初秋の外為市場でドル/円の動意欠乏症が再発している。写真は衆院の首相指名選挙で投票に向かう菅義偉氏(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

安倍氏の後継者として、同政権をおよそ8年にわたり官房長官として支えてきた菅義偉氏が16日の臨時国会で次期首相に指名されたが、今のところ為替はほとんど動いていない。

同氏が9月2日に行った自民党総裁選への出馬会見で「アベノミクスの継承」を訴えると、思惑主導の円高は一服。その後は105円台前半で下げ渋る様子が観測された。市場は同氏が進める「スガノミクス」を「アベノミクス」の二番煎じとみているせいか、次期政権による政策展開への関心は盛り上がっていない。

この先もしばらくの間、ドル/円は狭いレンジで「円高になりそうでならない」展開が続きそうだ。夏場以降、どちらかと言えば円高気味の気配が強いので、7月末に約30時間だけみた104円台が再現されたら買ってみたいが、前回同様、滞在時間は短いだろう。

当面は1ドル=105円─110円をコア・レンジにして、上下どちらかにヒゲが伸びてもすぐに短く刈り込まれ、極端な円高も円安も進まない状況が続くとみている。以下、そのように考えている理由を2つ挙げておく。

<利上げから遠い日米、動かぬ金利差>

第1に、日米の政策金利は既にほぼ下限近くまで引き下げられている。この先、少なくとも数年間はどちらも利上げがなさそうなので、日米金利差はほとんど動かなくなるだろう。

まず米国サイドに目をやると、米FRBの物価目標が「平均2%」に改められたことで、「ほぼゼロ金利政策」の長期化観測が強まっている。米国のインフレ率の平均値が2%になるのは相当先になりそうであり、米国の債券市場では残存満期4年あたりまでの国債利回りが翌日物政策金利の誘導目標である0.0─0.25%の圏内に収まっている。

一方、日本では安倍氏による辞意表明の直後こそアベノミクスの打ち切り観測が台頭したが、第2次安倍内閣の発足当時からの官房長官だった菅氏が「次の首相」の座を射止めたため、そのような観測は急速に下火になった。

現在、日本のコアインフレ率は前年比プラス0.0%界隈で米国以上に低迷している。菅・新首相の持論である携帯料金の4割引き下げが実施された場合、日本の消費者物価は0.8%程度下がるため、実現したら日本は再びデフレに戻るかもしれない。経済の低体温症が米国より深刻な日本が先に利上げに踏み切る可能性は非常に低い。

日銀が物価目標をかつての1%に戻せば利上げの条件は低くなるが、第2次安倍内閣が発足した後の13年1月、政府と日銀は政策連携を結んで「物価目標2%」を目指す方針を共同声明に明記している。

日銀のホームページに今もアップされているこの声明文の作成には、当時官房長官だった菅氏も深く関わっており、内閣府と財務省の同意なしには、内容を変更したり、削除したり出来ない仕組みになっている。

そのような状況下、「日米の政策金利差は少なくとも今後数年間は動かなくなる」との見方が市場に浸透しつつある。両国の金利差だけでドル/円の方向性が100%決まる訳ではないが、注目テーマの栄枯盛衰がかなり激しい外為市場にあって、時宜に応じた影響の濃淡こそあれ、為替関係者の期待形成に一番響く中心的な要素は、やはり「金利差」だ。

ドル/円相場の行方を示す水先案内人となるべき米日金利差が、この先数年間にわたって休眠状態になった場合、為替の水準と無関係にどちらか片側の通貨だけを一方的に売り続けたり、買い続けたりする気概を持つプレーヤーは減るだろう。「金利差」をテーマにしたドル/円のトレンド形成は、しばらく封印されそうだ。

<様変わりした日本の貿易体質>

第2に、近年の日本で起きている国際収支の構造変化が、極端なドル高も円高も起きにくい状態を助長している。2017年1月の米トランプ政権発足後、「米中対立の激化」、「戦後最悪のコロナ不況」など、歴史的な経済・政治環境の激変に接しても、ドル/円はなぜか昔のように荒ぶる様子を見せず、滞空時間の約99%を104円台─114円台までの狭い値幅で過ごしてきた。

為替の変動を最終的に決めているのは需給なので、「3年8カ月もの長期にわたってドル/円が狭い値幅のレンジ取引につかまっている」という事実そのものが、この間のドル/円絡みの基礎的需給がドル高一辺倒にも円高一直線にも傾いていなかったことの何よりの証左だ。その前には無かった為替需給構造の変化が起きていたに違いない。

そこで改めて近年の日本の国際収支を眺めてみると、平成の御世に起きた日本の産業構造の変化や国際競争力の低下により、今の日本は1ドル=110円前後の為替でも昔のような貿易黒字を稼げない体質の国に変わっている。

現在、新型コロナウイルスが引き起こした不況の影響で日本の貿易・サービス収支は小幅な赤字や黒字を往ったり来たりしており、対外援助や仕送りなどの移転収支も小幅な赤字だ。総じてみれば、実需決済に絡む片道切符の為替フローは、極端な円不足にも円余剰にもなっていないと推測される。

結果的に、近年の日本では、「海外からの利息や配当で稼いだ黒字を、対外直接投資や証券投資で海外に還流する」という国際収支のループ構造が定着しつつある。本邦からの対外投資はドル高が進み過ぎると割高感から流出の勢いが鈍って極端なドル高にブレーキをかける一方、ドル安が進み過ぎると値頃感から流出額が増して極端なドル安にも歯止めをかける需給調節の役割を果たす。

この点に関して、業界関係者に話を聞くと、日本の大手機関投資家による対外債券投資は、1ドル=105円を割り込んでくると為替の水準に反比例して流出量が増す一方、同110円を超えると勢いが止まったり、先物でのドル売り予約が増えたりしやすい傾向があるようだ。

近年の外国為替市場で円絡みの為替取引に圧倒的な流動性を供給している日本の店頭外国為替保証金取引(FX)の業界でも、今年3月に起きた第1次コロナパニックの局面で、1ドル=105円前後の水準から下のレベルで非常に強いドル買い興味が示された一方、同110円前後まで切り返してきた場面では一転して売り興味の方が強まる傾向が観測されていた。

<相場こう着でドル/円パッシングも>

ドル/円市場を舞台に上下どちらかへの強いトレンドが発生するためには、為替の水準と関係なくどちらか一方の通貨だけをずっと買い続けたり、売り続けたりするフローの担い手が必要だが、現在の局面では、ある程度までドル安が進むと下値を買って円高にブレーキをかける勢力はいるものの、ドルの水準を顧みることなく上値を追いかけて買い続けるプレーヤーも見当たらない。

日米金利差がほとんど動かなくなり、為替需給も拮抗しているとみられる中、ドル/円相場に派手な値動きや骨太のトレンド形成を期待するのはしばらく無理筋だ。11月3日の米大統領選挙を目前に控え、「政治ネタ」に敏感なプレーヤーが多いドル/円市場では、様子見ムードが強まりやすいだろう。

「動かぬドル/円」と無理に付き合っていても、甲論乙駁(こうろんおつばく)の情報が飛び交う市場環境の中では、本当にいろいろなことを考えさせられて疲れる割に、短期の為替回転売買から得られる期待収益は薄い。

組織のルールや実需の縛りがない市場参加者の間では、比較的派手な値動きが期待できそうな欧州通貨や資源国通貨に売買の主戦場を移す「ドル/円パッシング」も起きている。この秋、ドル円相場に関しては、「観るも相場」に徹するのも一計ではないかと考えている。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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編集:北松克朗

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