November 12, 2019 / 2:32 AM / a month ago

コラム:躊躇なく「しらを切った」のか、日銀の対話戦略=上野泰也氏

[東京 12日] - 今年(2019暦年)のドル/円JPY=EBSの値幅は、記録的な狭さになりそうである。本稿執筆時点で、年間のドル安値は104.46円(8月26日)、ドル高値は112.40円(4月24日)。差は7円94銭にとどまっており、このまま年末までレンジを抜けない場合には(そうなる可能性が高いと筆者はみている)、変動相場制への移行後で最小になる。

11月12日、現状は、日銀が追加緩和にあせって動く理由は見当たらず、それでも動くと合理的な説明がつけられない状況だと上野泰也氏は指摘。写真は7月、日銀本店で記者会見する黒田東彦総裁(2019年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

イベントがなかったかというと、決してそうではない。米中貿易戦争が激化して世界経済が揺さぶられ続けているほか、先進国の中央銀行の間では、5月のニュージーランドを皮切りに「緩和競争」が展開され、米国やユーロ圏も利下げに動いた。  

弱みを見せると市場につけこまれて円高が進みかねないため、日銀は強く否定するものの、先進国の中央銀行の中で日銀は、経済に対して「毒」にならず、「薬」としての効能を高い確度で期待できそうな追加緩和カードが、最も乏しい状態だと言える。  

ところが、米国が3度にわたり予防的・保険的な利下げに動くなど、海外のあちこちで政策金利が低下する中でも、円高・ドル安が105円ラインを越えて進んだ幅・時間の長さは、意外なことに限られたものだった。その最大の理由は、本欄で前回コメントした通り、グローバルな低金利時代到来の中で行われている「イールドハント」の下で、金利が相対的に高いドルが選好されやすいことである。米国が3回利下げしても、10年米国債利回りUS10YT=RRはなお1%台後半であり、この国の30年国債US30YT=RRからは2%台の高いリターンが得られる。  

もう1つ見逃せないのが、大幅な円高回避を狙う日銀が今回の局面で展開した、巧妙なコミュニケーション戦略である。

白川方明前総裁の時代に、市場(特に外為市場)との対話の拙さが災いして、円高が急進行するきっかけを提供してしまった失敗を熟知している、プロパーの日銀幹部が主導したのだろう。  

端的に言えば、リフレ派路線で大勝負に打って出た異次元緩和初期にタマを使い過ぎてしまい、弾薬庫がすでにほぼ空っぽであるにもかかわらず、日銀は強気を装い、タマがまだ十分あるふりをしながら「ひと芝居」打ったわけである。

具体的には、次の3つのステップをたどった。1)7月の金融政策決定会合終了後の対外公表文で「特に、海外経済の動向を中心に経済・物価の下振れリスクが大きいもとで、先行き、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れ(おそれ)が高まる場合には、躊躇(ちゅうちょ)なく、追加的な金融緩和措置を講じる」という文章を追加して、市場のテンションを高め始めた。2)追加緩和の具体的内容で政策金利の動向に注目しがちな外為為替市場を念頭に、日本経済新聞に9月上旬に掲載されたインタビューの中で黒田東彦総裁は、マイナス金利深掘りという選択肢に従来よりも強めのトーンで言及した。3)9月の金融政策決定会合終了後の対外公表文に「日本銀行は、『物価安定の目標』に向けたモメンタムが損なわれる惧れ(おそれ)について、より注意が必要な情勢になりつつあると判断している」「こうした情勢にあることを念頭に置きながら、日本銀行としては、経済・物価見通しを作成する次回の金融政策決定会合において、経済・物価動向を改めて点検していく考えである」と書き加えた──。

その間、米国の今回の利下げ局面は、リセッション対応の本格的なものではなく予防的・保険的な性格であるため年内に一巡すること、すでに述べたように前述の通り金利の絶対水準が高いドルは対円でも底堅く推移しやすく100円ラインは意外に遠いこと、世界経済減速を背景に日本でも製造業の景況は目立って悪化しているものの非製造業は底堅いこと──などが、次々と明らかになっていった。

要するに、日銀が追加緩和にあせって動く理由は見当たらず、それでも動くと合理的な説明がつけられない状況である。このため、金融市場ではマイナス金利深掘り観測が徐々に沈静化し、10月の日銀会合では現状維持が決まりそうだという方向でマスコミ各社の観測報道は足並みをそろえていった。  

とは言え、ここで最後に日銀が手を抜いてしまうと「九仞の功を一簣に虧く(きゅうじんのこうをいっきにかく)」ようなことになりかねない、そんな怖さが市場にはある。  

そこで日銀は、政策金利の新たなフォワードガイダンスを導入。ECB(欧州中央銀行にならい、日銀の政策金利には据え置きに加えて引き下げの可能性も将来はあると明示することによって、円高へのけん制に念には念を入れた。  

黒田総裁は11月5日に名古屋で行った挨拶(講演)で「この先、海外経済が一段と減速するとはみていません」、「わが国経済が大きく下振れることはないと考えています」などと言及。

この政策金利の新たなフォワードガイダンスには、1)「物価安定の目標」に向けたモメンタムと明確に関連付けたこと、2)緩和方向を意識して政策運営を行うというスタンスを反映させた──という2つのポイントがあると説明した。

筆者に言わせると、このガイダンスは具体性や客観性をほとんど伴っておらず、日銀執行部が実態として解釈権を有しているため、実に使い勝手のよい構成になっている。  

マイナス金利深掘り観測に対し、筆者は一貫して否定的な見方を貫いたのだが、10月末に深掘りが本当にあるとみていた市場関係者の一部からは、日銀は「躊躇なく追加緩和する」のでなく「躊躇なくしらを切る」といった、怨嗟(えんさ)めいた声も出ていたようである。

だが、相手の「手の内」や「心の内」を見透かす必要性は、日銀の後を追う形でユーロ圏、さらには米国でも金融政策が徐々に手詰まりの様相を強めていく中で、この先一段と増していくように思う。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

上野泰也氏

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

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編集:田巻一彦

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