July 23, 2018 / 8:27 AM / 4 months ago

コラム:中国には真似できない「米金融帝国」のカラクリ=竹中正治氏

[東京 23日] - 米中貿易戦争については、エスカレートすれば世界貿易が縮小し、世界的な景気後退につながるという悲観的なシナリオから、妥協と収束に向かうという楽観的なシナリオまで見解は分かれている。

 7月23日、龍谷大学経済学部の竹中正治教授は、米国の対外資産・負債構造は、内外の資本移動規制を撤廃すれば莫大な資本流出が起こることが避けられない中国には不可能なものだと指摘。写真左は中国人民元紙幣、右の4枚は米ドル紙幣。北京で2016年1月撮影(2018年 ロイター/Jason Lee)

しかし、関税引き上げ戦争の本質は、資産バブルを巡るゲームと同様に、先にやめた者が負ける一方、誰もが最後までブレーキを踏まずに走り続ければ破滅するというチキンレースであり、どこで止まるかは原理的に予測困難だ。

<米中貿易戦争に2つの異質な要素>

この米中貿易戦争には2つの全く異質な要素が混在している。1つは米国の貿易赤字とは黒字国による米国に対する搾取だと考えているトランプ米大統領の途方もない経済学的な無知である。

もう1つは、知的財産権を盗み、米国を含む先進国の合弁企業に中国への技術供与を強要し、サイバー空間でも産業スパイ活動をしながら、ハイテク産業分野で覇権を握ろうとしている中国の動きを阻止するという要素だ。これには米国の戦略上合理性があり、最近はトランプ政権以上に米連邦議会が、後者の点で対中国強硬姿勢に傾斜しているようだ。

困ったことは、この異なる2つの要素が混在したままトランプ政権では展開されていることだろう。知的財産権の取り扱いについて、環太平洋連携協定(TPP)など多国間の場を利用し、米国が同盟国と連携して中国に対峙すれば、より効果的な「中国包囲網」が可能だと思うのだが、トランプ大統領の貿易問題に関する狂った観念がそれを阻んでいる。

米中関税引き上げ合戦の勝敗は、中国の対米輸出は米国の対中輸出の約4倍であるという米中間の大きな貿易不均衡のゆえに米国有利との見方が優勢のようだ。ただし、完全雇用に近い米国経済の現況を前提にすれば、関税引き上げで貿易赤字が縮小することはあり得ない。その騒々しさにもかかわらず長期的にはいかなる経済的な成果も米国は得られないだろう。

むしろ注視すべきは長期にわたるハイテク分野での米中覇権争いの方だ。この点に関連しては少し前になるが、「米国経済の優位はこの先10年続く」(2015年1月14日付)のコラムでの「イノベーションにおける米国の優位」で述べた内容から私の見解は変わっていない。「この先20年」に延長しても同様だ。そのように考える論拠を1つだけ示しておこう。

今日、アマゾン・ドット・コムやグーグル、フェイスブックなどに代表されるプラットフォーム・ビジネスが人工知能(AI)やクラウド技術を伴って世界を席巻している。中国でも巨大な国内市場規模をベースに同様の企業の台頭が顕著だ。

ところが、中国は国家としてジョージ・オーウェルが小説「1984年」で描いたような監視社会、ビッグブラザー資本主義に向かっている。つまり、中国系プラットフォーム企業を利用することで情報が中国共産党に筒抜けになる体制だ。中国国内であればそれで仕方がないと思うのだろうが、中国外でそのような仕組みを受け入れることは、ユーザーにとっても、その国の政府にとってもあり得ないだろう。そこに限界が生じる。

前置きが長くなったが、今回は世界経済における米国の立ち位置を考える上で、2015年のコラムでは書かなかった米国の経常収支と対外資産・負債が持つ特異な優位性とその日本への含意についてご説明しよう。米国の経常収支と対外資産・負債には通常の国には見られない2つの特異な性質がある。

<対外純負債国なのに所得収支は大幅黒字>

米国の対外資産・負債は、1980年代以降の経常収支赤字の累積の結果、7.8兆ドルの負債超過(対GDP比率で39.3%)(純負債=対外資産27.6兆ドル、対外負債35.4兆ドル)であることはよく知られている(下の掲載図参照)。実際、この拡大する対外純負債の持続可能性の問題は、長年にわたり国際経済学の1つの大きなテーマにもなってきた。

対外純負債の国の所得収支(対外的な配当と利息などの受け取りから支払いを引いた差額)は、通常は対外負債から生じる支払いが対外資産から生じる受け取りより大きくなるので赤字(支払い超過)である。

ところが、米国の所得収支は1980代以降も一貫して黒字(受け取り超過)であり、近年では年間2000億ドル(約22兆円)を超える金額まで黒字が拡大している(2017年2217億ドル)。トランプ政権が問題視する米国の対中国貿易赤字が3752億ドル(2017年通年)であるから、米国が対外純負債であるにもかかわらず獲得している年間2000億ドル余の所得収支黒字の規模がいかに巨額であるか分かるだろう。

では、なぜ7.8兆ドルの対外純負債であるにもかかわらず、そのような巨額の所得収支黒字を米国が得ているのか。この主因は、米国の対外直接投資が海外の対米直接投資よりも高いインカム・リターン(配当や利息などの利回り)を上げているからだ。

米国の対外直接投資の残高は8.9兆ドル、外国の対米直接投資の残高も8.9兆ドル(2017年末)でほぼ拮抗している。ところが、米国の対外直接投資から生じる配当・利息などのインカム・リターンは海外の対米直接投資のそれよりも平均約3%も高く、それが米国の所得収支黒字の主因となっている。なぜ米国の直接投資のインカム・リターンが相対的に高いのかについては、諸説あり定説は固まっていない。

<対外的な巨額キャピタルゲイン>

一国の経常収支(フロー)は毎年累積してその国の対外純資産(あるいは純負債)(ストック)の変化をもたらす。他の条件が変わらなければ、一定期間の経常収支黒字の累積は対外純資産増加に一致し、経常収支赤字の累積は対外純負債の増加に一致する。

先の掲載図が示すように、1980年を起点に米国の経常収支(ほとんど毎年赤字)の累計は2017年末時点で11兆ドルになる。ところが、計測された対外純負債の増加は8.1兆ドルにとどまり、2.9兆ドルもの差額が生じている。

たとえるならば支払利息の支払いも含めて毎年100万円借金を増やして10年経過したのに、借金の残高は1000万円ではなく、700万円にとどまっているということだ。2.9兆ドルもの格差(米国の富)はどこから生じたのだろうか。前述の所得収支の黒字は経常収支に含まれているので、これには別の要因が働いている。

その謎を解く鍵は「他の条件が変わらなければ」という点にある。他の条件とは対外資産と負債の価格(並びにそれをドル価に換算する際のドル相場)の変化である。大きな資産価格の変化を生じるのは直接投資の出資金、並びに対外証券投資の株式投資部分である。これを双方合計で「エクイティ投資残高」と呼ぼう。一方、債券投資も利回りの変化で価格変動が生じるが、償還まで保有すれば定められた利息と額面金額が得られるだけだ。

米国の場合は、対外資産に占めるエクイティ投資残高の比率が、対外負債に占めるそれを大きく上回っている。一方、米国の対外資産に占める債券(デット)投資の比率は低く、逆に対外負債に占める債券の比率は高い。

その結果、対外的なエクイティ投資残高から生じるキャピタルゲイン(資産価格の値上がり益)が、対外負債に生じるキャピタルゲイン(海外投資家が得る評価益、米国にとっては対外負債の増加)を上回っており、それが1980年以降2017年末で2.9兆ドルに達しているのだ。

この米国の純キャピタルゲインは2010年末時点ではさらに大きく、5.3兆ドルにも及んでいたが、その後やや縮小して2017年末では2.9兆ドルとなっている。ただし、この縮小の主因は、2010年以降の米国の株価の上昇(海外投資家の対米資産価値の増加=米国の対外負債の増加)が海外株価の上昇を上回る状態が続いたことを主因としており、そのこと自体が米国経済の相対的な強さの結果であるとも言える。

米国のこのような対外資産・負債構造が、国境を越えた自由な資金移動を前提に成り立っていることにも注目しておこう。米中覇権競争との関連で言えば、このような対外資産・負債構造は、内外の資本移動規制を撤廃すれば莫大な資本流出が起こることが避けられない中国には不可能なものである。

<日本の対外資産・負債の残念な特徴>

翻って日本の対外資産・負債と経常収支の累計はどうなのだろうか。財務省が公表している2017年末時点の日本の対外資産は1012兆円、対外負債は684兆円、純資産額は328兆円で依然として日本は世界最大の対外純資産国である。もちろん、これは1970年代後半以降、日本の経常収支が恒常的な黒字であり、それが累積した結果だ。

では、日本の対外投資ポジションから生じているのはキャピタルゲインか、それともキャピタルロスか。財務省のサイトで開示されている1996年以降2017年までの経常収支黒字の累積額は316兆円である。一方、同期間の対外純資産の増加額は225兆円だ。すなわち、計測された対外純資産増加額は経常収支黒字の累積額を91兆円も下回っており、残念ながらこれは資産負債総額で日本全体にキャピタルロスが生じている(対外資産のキャピタルゲインが対外負債のキャピタルゲインを下回っている)ことを意味している。

その主因は、米国の対外資産負債の構成と日本のそれがちょうど反対の関係になっているからだと考えられる。日本の対外直接投資も金額と対外資産に占める比率の双方で拡大し、2017年末には残高で175兆円、比率で17.3%(1996年は30.6兆円、10.1%)と伸びてきた。しかし、対外資産において政府の外貨準備(主に米国債など)を含め債券投資の比率が高く、逆に対外負債では株式投資の比率が高い構成になっているからだ。

こうした日本の対外投資ポジションの「残念な特徴」は、日本の投資家の行動特性から生じているとも言える。すなわち、日本の投資家は機関投資家も個人投資家も債券などから生じる受取利息の高さに誘引される「直利志向」が強く、株式投資が生み出す長期のキャピタルゲインを加えた総合リターンの意識が低過ぎるのだ。

例えば1980年代前半に生損保など機関投資家は米国債利回りの高さに誘引されてドル債投資を急拡大させた。しかし、金利差は長期的には為替相場の変動で相殺されるという国際金融論の「金利平価原理」が示す通り、その後のドル相場の下落で生じた為替損失で金利差益は吹き飛んでしまった。

近年では2004年頃から2007年まで続いたグローバルソブリンと呼ばれる投資信託による外債投資ブームも、個人投資家の直利志向(並びに「毎月配分型」という見せ掛けの商品設計)にアピールして膨らんだが、2007年後半以降の円高で投資家に莫大な損失を残した。

非合理的な直利志向にとらわれずに、例えば過去10年間(2007年12月から2017年12月)米国株価指数S&P500に連動するファンドに投資していれば、その価格上昇率は円ベースで年率6.1%、過去20年なら年率4.5%である。これに平均2%程度の配当利回りが加わり、総合年率リターンは6%後半から8%になる。1980年までさかのぼるなら、円ベース価格上昇率は6.6%でこれに配当平均利回り2.6%が加わる。ちなみに、年率7%とは10年複利で資産価格が約2倍、20年なら3.9倍になる高リターンである。

さらに米国の景気後退局面では株価指数は間違いなく下落し、回復期には期待に違わず上がってくれるので、不況期に少し買い増しさえすれば、長期の年率リターンが10%を超えることも容易だ。にもかかわらず多くの日本の投資家が、長期的には為替相場の変動で円金利利回りと同じ低リターンに収束する高金利外債投資という無駄な投資を繰り返してきたのだ。 

2008年のリーマン・ショック時の米国株価暴落は絶好の米国株投資チャンスだった。私が著書「ラーメン屋vs.マクドナルド」で「日本の個人投資家層も万羽のミニハゲタカとなってよろめく巨象、米国の金融資本市場をついばもう」と書いたのは2008年9月だ。

ところが、残念なことに世間に出回る「米国金融資本主義凋落論」などに幻惑されて、米国株式投資に動いた日本の個人投資家はわずかだったはずだ。次の米国景気後退局面では、日本から万羽のミニハゲタカが米国資本市場の空に舞うことを願っている。

竹中正治氏(写真は筆者提供)

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職。経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)。その他の著書に「ラーメン屋vs.マクドナルド―エコノミストが読み解く日米の深層」(新潮社、2008年9月)

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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