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コラム:米大統領選後に円高なら、菅首相は介入に動くのか=上野泰也氏

[東京 28日] - 財務省が発表している外国為替平衡操作の実施状況によると、2011年11月4日に行われた3062億円の円売り・ドル買いを最後に、日本の通貨当局は為替介入を実施していない。来年11月までこの状態が続けば、「10年間介入なし」の記録が打ち立てられる。急激な円高に歯止めをかけるために多額の為替介入を実施していた頃からは、様変わりである。

10月28日、財務省が発表している外国為替平衡操作の実施状況によると、2011年11月4日に行われた3062億円の円売り・ドル買いを最後に、日本の通貨当局は為替介入を実施していない。写真は26日、国会で所信表明演説する菅首相を映したモニター(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

各金融機関の現場担当も、世代交代で入れ替わりが進んでいるはず。介入を経験したことのある人が為替デスクの前線には誰もいない会社も、おそらくあるだろう。債券の世界で、日本銀行による利上げを経験したことのある前線のディーラーがほとんどいなくなった話と似通っている。日銀の利上げは2007年2月が最後で、それからすでに13年以上が経過している。

これまでのところ年間の値幅が10円95銭にとどまっている、今年のドル/円相場。最も円高になったのは、欧米市場で101.18円を記録した3月9日である。新型コロナウイルス感染拡大という新たな脅威に直面した市場で、ボラティリティーが上昇する中でパニック的にポジションを落とす動きが広がり、円高・ドル安に大きく動いた場面だったが、長続きはしなかった。

ダウ工業株30種平均.DJIはこの日、前週末比2000ドルを超す下落幅になり、「リスクオフ」の状況であることをビビッドに示した。そこでマネーの逃避先として買い進まれたのは、米国債だった。この日、10年米国債US10YT=RRは0.31%、30年債US30YT=RRは0.70%まで、利回りがそれぞれ低下した。ポジション解消の動きが錯綜する不安定な状況の中でも、米国債ひいてはドルへの信認は、結局のところ揺らがなかったと言えるだろう。

基軸通貨としてのドル、および市場規模と信認が双方伴っている米国債が、価値保全の目的で今後も選好されやすいことは、筆者が従来から主張してきた点である。ドル実効レートが一方的に下落を続けるような可能性は、今後も小さいだろう。

また、日本と米国の中央銀行の金融政策や市場金利水準に大きな差がなくなったことにより、ドル/円JPY=EBS相場はボックス圏が基本シナリオになったという筆者の見方にも変わりはない。1ドル=105円を大きく下回ればドルの押し目買いが湧いて出てくる。一方、110円に近付けばドルを売り戻そうとする圧力が着実に増す構図である。

金融市場にとって年内最後の大きなイベントとして、米大統領選挙がある。世論調査では民主党のバイデン候補がリードを保っているものの、記録的な多さになっている郵便投票の開票で不正が横行しかねないとトランプ大統領は主張しており、11月3日に一般投票が行われた後の展開については不透明感が強い。

トランプ陣営が激戦州の開票結果に異議を唱えて法廷闘争に踏み切り、連邦最高裁までもつれ込むケースなどに加えて、両陣営の支持者が街頭で衝突する中で火器が用いられる最悪のシナリオが現実化した場合、大統領命令により国防長官が米軍に対し治安出動を指示する事態なども想定される。

そうした極端なケースでは、ドルは一時的にせよ強い売りを浴びるだろう。対円でもそうした動きが出てくれば、100円ラインに迫る場面も考えられる。そうなれば、日本の当局が9年ぶりに介入に動くのでは、という観測が市場で強まると予想される。

<介入めぐる2つのポイント>

では、事態はどう展開するのだろうか。筆者なりに重要と考える2点を指摘すると、次のようになる。

1つ目は、米当局に介入の意思を伝え、理解が得られるかどうかだ。G20(主要20カ国・地域)による為替相場についての申し合わせに沿って、イレギュラーな相場変動を沈静化させるために為替介入を行う場合であっても、相手国の経済に影響を与えかねないので、カウンターパートの当局に事前に打診して、介入実施について「了解」を得ておく必要があることが知られている。米国では、今回の選挙の結果にかかわらず、少なくとも来年1月20日までトランプ政権が続くので、ムニューシン長官率いる米財務省の了解を得る必要がある。

周知の通り、トランプ大統領は中国による為替操作を特に強く批判してきており、それ以外の国による為替介入にも良い顔をしないだろう。だが、選挙という「一大イベント」が終わってしまうと、介入を含む経済政策の面で、大統領自身が神経質にマネージする必要は薄れる。そこに、日本側が付け入るスキがあるのかもしれない。

2つ目は、菅義偉菅首相の円高に対する強い「抵抗感」だ。官房長官時代の菅氏の発言内容を細かく調べてみると、金融政策や為替相場の関係では、2つのことが浮かび上がってくる。

1つは、黒田東彦総裁率いる日銀の金融政策運営への強い信頼感。もう1つは、為替市場で円高が進行することへの強い警戒心であり、状況次第では為替介入実施も辞さないスタンスである。

時事通信出身の著名ジャーナリストが書いた本によると、為替相場における円高・ドル安進行への対応が事実上「官邸マター」になり、為替介入の実施準備が行われた場面が、2016年4月にあったという。

菅首相は当面、携帯電話通信料の引き下げや不妊治療への公的支援強化といった個別のマターで実績積み上げを図りつつ、年明けからは新型コロナウイルス感染拡大状況をにらみながら、衆院解散のタイミングを模索する構えのように見受けられる。

彼にとってはそうした政治的に微妙な時間帯に、日本経済へ短期的にネガティブに作用する円高急進行という事態が起きるならば、首相自身がそれを止める必要を強く感じるであろうことは想像に難くない。

このように考えると、米大統領選の結果を巡って情勢が混乱し、ドル/円相場が100円に近づくようなことが、もしあるなら、ドルの押し目買いが妥当だという見方になる。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

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編集:田巻一彦

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