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コラム:10年後は円安か円高か、コロナが変えた主要国の財政事情=上野泰也氏

[東京 28日] - 米国のドルと日本の円という2つの通貨は現在、「差別化」がしにくい状況になっており、ドル/円相場は100─110円程度のボックス圏推移が続く可能性が高い。これは、この場で何度も書いてきた話である。近い将来の100円を割り込むような超円高や、110円を大きく超えるような円安は、可能性が皆無とまでは言えないものの、持続性が伴う動きとして現実化する可能性は極めて低い。

 4月28日、米国のドルと日本の円という2つの通貨は現在、「差別化」がしにくい状況になっており、ドル/円相場は100─110円程度のボックス圏推移が続く可能性が高い。これは、この場で何度も書いてきた話である。2011年8月撮影(2021年 ロイター/Yuriko Nakao)

足元の局面では、3月31日に110.97円まで円安・ドル高が進行したが、それが精一杯だった。米国の長期・超長期ゾーンの金利上昇は、それより前に一巡していた。米連邦準備理事会(FRB)による中期的な利上げ前倒しのパスを織り込もうとした米5年国債の利回りが同じ日に一時0.98%まで上昇したものの、これは明らかに売られ過ぎだった。インフレ目標2%の緩やかな超過達成を目指し、政策運営上の失敗がもはや許されない立場に置かれているFRBは、この先少なくとも3年程度はゼロ金利を粘り強く続けるだろう。

では、今後10─20年といった非常に長いタームで考えた場合、円高と円安のどちらに向かってドル/円は動いていくのだろうか。

<1980年代を支配した円高観測>

筆者がマーケットの世界に足を踏み入れた1980年代後半を振り返ると、この質問に対しては「円高だ」と断言する人が圧倒的に多かった。平成バブルが崩壊して日本経済が銀行の不良債権問題という泥沼に足を踏み入れるよりも前であり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」的な妙な自信が、日本の社会に漂っていたように思う。

日本の巨額の貿易黒字や米国の巨額の貿易赤字へと市場の関心は集まりやすく、そこからの論理的な帰結としてドル/円は円高・ドル安トレンドだという見方が、市場では支配的だった。いずれ50円になるといった声も、チャート分析の専門家などから出ていた。平成バブルの崩壊後だが、95年4月にはドル/円が79.75円をつける場面があった。

その後、ドルは急速に切り返して98年には一時147.64円まで戻したが、150円には届かず反落。徐々に100─125円程度の大まかなレンジが形成されていった。ドル/円の円高トレンドはすでに終了したという見方が、同時並行的に広がっていった感がある。

日本企業の海外現地生産が拡大したこともあり、日本の貿易黒字は為替相場の主役の座から降りていった。日本の財務省が大規模な円売り・ドル買い介入を実施したことも、市場参加者の心理や相場観に微妙に影響した。

<バブル崩壊と人口減>

人口動態を従来から重視しているエコノミストとして筆者は、日本の人口動態が為替の先行きを考える際に相反する2つの考えにつながった面があることも指摘しておきたい。

平成バブル崩壊の前年である1989年の日本の合計特殊出生率は、十干十二支で丙午(ひのえうま)だった1966年さえも下回る1.57だった。このことが明らかになったのが、90年の「1.57ショック」である。少子化が急ピッチで進んでいく日本の将来像が厳しいことを、人々は突然知らされた。

ところが、ちょうどその頃に巨大な金融バブルが崩壊したため、政府も人々も不良債権問題に関心を集中し、人口問題はいったん忘却されてしまった。そうした巡り合わせの悪さがあったため、日本の人口対策は常に後手に回り、国内の消費需要全体の見通しは中長期的には縮小するということで固まった。

一方、大型経済対策で景気を支えることが優先されるかたわら、過剰供給が政策的に温存されたため、構造的な需給の緩みから日本の物価には現在に至るまで、下落圧力が加わり続けている。

デフレが常態化すると、物価上昇によって目減りしない、価値保存に適している通貨として、円は為替市場で選好されやすくなると考えられる。

その一方、消費市場としての日本の魅力や将来性は、人口減・少子高齢化の急ピッチな進行によって減少せざるを得ず、海外投資家が長い目で見た場合の投資対象として、円は選好されにくい。

そうした強弱双方の思考による綱引きが、ドル/円のレンジ相場化に結び付いてきた面もあるのではないかと、筆者はみている。

2000年代に入ると、「日本は弱くなった」「財政健全化は難しい」といった見方が広がり、中長期的には「悪い円安」が進むのではないかという見方が優勢になった。日本人が財政状況の面から日本の将来を強く警戒し、海外へ金融資産を移すキャピタルフライト(資本逃避)がいずれ加速するだろうというシナリオである。筆者も「コロナ前」までは、そうした予想を前面に出していた。

<コロナ後に米欧財政も急速に悪化>

けれども、新型コロナウイルス危機に際して欧米の政府が大規模な財政出動に動き、これに呼応して欧米の中央銀行が事実上の財政ファイナンスに乗り出したことにより、状況は変わってきた。日本だけが財政健全化のできない「ダメな生徒」ということではなくなり、程度の差はあるにせよ、米国も欧州もみんな日本のマネをして「ダメな生徒」になりつつある。

また、中央銀行による事実上の財政ファイナンス(国際引き受け)が内外で珍しい現象ではなくなり、政府債務が累増していても、人々が将来の大増税や預金封鎖を警戒するような雰囲気が出にくくなっている。

となると、円だけが悪い意味で売り込まれるような大幅な円安は、「コロナ前」のようには単純に想定しづらくなったと言える。

また、ポピュリスト政党が台頭するなどして既存の政治秩序が大きく動揺したり崩れたりしている欧米に比べると、日本の政治状況はかなり安定している。何らかの想定外の危機が生じたことによる「リスクオフ」状況の中で、逃避通貨として買われる円の存在は、まだ、しばらくは揺らぎそうにない。

このように考えてくると、冒頭の問いに対する現時点での答えは、長期的には引き続き「円安」方向と考えられるものの、その見方が正しい確率や、実際に円安・ドル高が進む幅は、「コロナ前」に想定されていたよりも小さな規模にとどまる可能性が高い、ということになる。むろん、日本の政治情勢も含めていろいろなことがこれからも起こり得るので、これはあくまでも暫定的な回答である。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

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