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コラム:勝負に出たパウエル議長、ハト派色強く市場に寛容=上野泰也氏

[東京 31日] - 米ワイオミング州ジャクソンホールを舞台とする中央銀行関係者・学者らを対象にした毎年恒例のシンポジウムは、直前になって対面形式からオンライン形式での開催へと変更された。米国内でデルタ型変異株の感染が拡大しており、公衆衛生上の配慮が必要になったからである。

米ワイオミング州ジャクソンホールを舞台とする中央銀行関係者・学者らを対象にした毎年恒例のシンポジウムは、直前になって対面形式からオンライン形式での開催へと変更された。米国内でデルタ型変異株の感染が拡大しており、公衆衛生上の配慮が必要になったからである。上野泰也氏のコラム。写真はFRBのパウエル議長。ワシントンで7月撮影(2021年 ロイター/Kevin Lamarque)

新型コロナウイルスの脅威が広がり、自らのスケジュールにまで影響を及ぼす中、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長が注目の講演でタカ派寄りの姿勢に軌道修正し、量的緩和縮小(テーパリング)の9月決定予告を行うとは、筆者にはどうしても考えられなかった。

また、次期FRB議長の人選がバイデン政権内で大詰めに差し掛かり、パウエル氏自身のキャリアプランにとっても、まさに正念場だったと言える。

パウエル議長は今回の講演で、内容のバランスを取ることに腐心したように思える。7月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では年内のテーパリング開始に自らも賛意を示したことを明らかにしつつも、その決定・開始のタイミングを示唆するようなことは一切しなかった。

金融政策の今後のコースはあくまでもデータ次第であり、事前にスケジュールを固めて臨むものではないという過去の発言との整合性も、議長はしっかりとった形である。

<テーパーと利上げの分離>

上記に加えて、今回のパウエル講演で重要だと筆者が受け止めた点は、あと2つある。

1つは、事前に十分予想されたことだが、金融緩和追加のペースダウンであるテーパリングと、金融引き締めの主軸である政策金利引き上げ(利上げ)を、明確に切り離そうとした点である。

7月のFOMCの議事要旨を見ると、量的緩和(資産買い入れ)が金融環境に影響を及ぼすルートは主として2つだと、FRBの事務方が説明したことが記されている。

それらは、1)発行済みの米国債のうちFRBが保有する割合が上昇する、すなわち民間部門が保有する割合が低下することを通じて、国債の利回りを押さえ込む効果(アセット効果)、2)量的緩和に加えられる変更(追加・縮小・停止など)によって金融政策が先行きたどるコースに関し金融市場の予想に影響を及ぼす効果(シグナル効果)──である。

パウエル議長は今回の講演で、仮にFRBがテーパリングを終了して米国債保有残高がそれ以上増えない状態に移行したとしても、アセット効果が金融緩和として効き続けると念押しした。

テーパリング終了後しばらくの間、おそらく利上げが数回行われるまでは、FRBは再投資政策を実行するだろうというのが、市場で一般的な見方である。再投資政策というのは、満期が到来して現金償還された部分について同額の債券をあらためて購入して、FRBのバランスシート規模の維持を行う政策である。

仮に、FRBがバランスシートの縮小を急ぐ場合には、市場にまん延している「カネ余り」相場が続くだろうという安心感が粉砕されて、株式をはじめとするリスク資産の価格が急落し続ける恐れがある。

グリーンスパン元議長の時代以降、株価にフレンドリーな政策をFRBは採り続けてきた。パウエル議長もその伝統めいたものに背を向けることなく、市場をあやしながら金融政策を円滑に運営する道筋を志向しているものと推測される。

別の話になるのでここでは詳述しないが、そうした波風を立てずになんとか乗り切ろうとするFRBの姿勢が、「金融緩和頼み」「資産価格上昇頼み」で景気を支える路線の長期化、きつい言い方をすれば問題の先送りにつながっている面があることは否めない。

話を戻すと、パウエル議長は講演で、テーパリングの開始時期や実行ペース(いつ終えるか)は、その先にあると考えられる利上げのタイミングから逆算して布石としてやっていくわけではないという趣旨のメッセージを発して、市場の思惑にクギを刺した。

実際の発言は「今後やって来る資産買い入れ減額のタイミングやペースは、金利引き上げのタイミングに関する直接のシグナル伝達を意図したものにはならないだろう」という内容だった。

これは、先に触れた「シグナル効果」を強く意識した発言である可能性が高い。実際、政策金利についてのフォワードガイダンスでは、裁量余地が大きい量的緩和のフォワードガイダンスよりも相当高いところに、最大雇用と物価安定という2つの責務について越えるべきハードルが設定されている。

<インフレ警戒と一線画す>

もう1つ、今回のパウエル講演で重視すべきは、足元で見られているインフレ率加速は一時的な現象だという主張を、5つの根拠を並べつつ、決定的に前面に出したことである。

根拠として議長が並べたのは、以下の5点である。1)「広範囲なインフレはこれまでのところ起こっていない」(中古車のような一部の品目の寄与がきわめて大きい、偏ったかたよった物価上昇である)、2)「価格上昇が著しい品目でも動きは落ち着いてきている」(前年同月比のプラス幅が小さくなり、消費者物価全体のプラス幅を押し下げる方向へとテクニカルに寄与してくる)、3)「賃金」(賃金上昇がサービス分野を中心に物価を押し上げるスパイラル現象が起きるような兆候はない)、4)「長期的なインフレ期待」(予想インフレ率を示す指標はアンカーされており、上方にするする動いているわけではない)、5)「過去25年間観察されてきたグローバルなディスインフレ圧力の広がり」(グローバル化、技術革新、人口動態といった構造的なインフレ抑制要因の存在)──である。

こうしたハト派的な主張は、パウエルFRB議長再任の場合にFRB副議長(銀行規制担当)に昇格する可能性が米国メディアで取り上げられているハト派のブレイナード理事も共有している。FRBが「パウエル=ブレイナード体制」になれば、FRBのスタンスへの市場の安心感は強まりやすい。

むろん、市場の思惑というのはいつの時代でも存在し、それを完全に打ち消すことは不可能に近い。テーパリングが始まり、そして終わると、FRBの利上げ開始時期をテーマにして、市場が不安定に揺れ動く場面があるだろう。そうした次のステージで、FRBトップ層のコミュニケーション能力が、あらためて問われてくる。

拙速な米国の利上げが見込まれず、米国の長期金利の水準に大きな変動がないとすれば、為替市場でドル/円相場が動ける範囲も、自ずと限られる。

今後も基本線はボックス圏であり、FRBのハト派寄り姿勢継続を全体に、110円を大きく超えてドル高・円安に動くようなら、ドル売りの好機になり得ると筆者は機関投資家の方々に説明している。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

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編集:田巻一彦

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