for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:水面下で円を支援する「日本の政治の安定性」=上野泰也氏

[東京 31日] - 3年に1回行われる参議院議員選挙。野党が大きく議席を伸ばした結果、与党内に激震が走り、幹事長の責任問題や首相自身の進退にまで話が及んだことが過去に何度もあった。しかし、今回は相場を揺り動かしかねない材料として市場参加者が話題にすることはほとんどない。

 3年に1回行われる参議院議員選挙。野党が大きく議席を伸ばした結果、与党内に激震が走り、幹事長の責任問題や首相自身の進退にまで話が及んだことが過去に何度もあった。上野泰也氏のコラム。東京都で2016年7月撮影(2022年 ロイター/Toru Hanai)

<与党優位の参院選>

日本経済新聞が5月29日朝刊に掲載した大石格編集委員執筆のコラム「タレント候補の損得勘定(風見鶏)」は、「政治取材という仕事柄、夏にある参院選を無視はできない。だが、世の中一般はそうではあるまい」「野党の力弱さが目立ち、ほとんどの選挙区で大勢は決している。これでは有権者も投票所に足が向きにくいだろう」と、あからさまに書いていた。

その通りだと筆者も思う。岸田文雄内閣の支持率はマスコミ各社による直近の調査で上昇している。野党の支持率は伸び悩んでおり、与野党の対決ではなく、野党間のあつれきの方が目立っている。

共同通信社が5月21、22日に実施した世論調査で、岸田内閣の支持率は発足後最高の61・5%。不支持率は21.8%にとどまった(残りは分からない・無回答)。

ただし、支持する理由で最も多かったのは「ほかに適当な人がいない」(43.4%)という消極的なものだった。さまざまな政策課題を大きなミスなしにこなしている印象が強い。新型コロナウイルスの変異株であるオミクロン株は重症化リスクが低いことに助けられている面もあるだろう。

「夏の参院選の比例代表で、どの政党・政治団体に投票するつもりですか」という質問への回答では、「自民党」が44.0%で他の政党を圧倒した。次に多かった「立憲民主党」は10.0%である。

<次の課題、日銀総裁人事と財政政策の方向性>

参院選を無事乗り越えて岸田首相が政権運営を継続することは、市場参加者の間では当然の前提になっている。むしろ市場の関心は、1)この政治イベントが終わった後に本格化するとみられる次期日銀総裁・副総裁人事、2)2022年度第2次補正予算案および23年度予算案の編成──などに向けられている感が強い。

これらのテーマについて本格的に論じるのは時期尚早ではあるのだが、現時点での筆者の見方をお伝えしておきたい。

まず、1)日銀の総裁・副総裁の人選では、岸田内閣は金融政策運営の「継続性」をアピールできる形を作るだろうというのが、筆者の読みである。異次元緩和は続行され、政府・日銀共同声明に書かれている「物価安定の目標」2%は堅持されるだろう。5月30日の参院予算委員会における質疑で岸田首相は「声明を変えると言うことについては考えておりません」と明言していた。

その1つの大きな理由として考えられるのが、岸田内閣発で円高・株安の急進行という激震を引き起こすことは避けたいの判断だ。「アベノミクス離れ」模索という大きな材料を市場に提供することは、そうした思惑を市場に与えることになりかねない。

加えて(あるいはそれ以上に)、自民党の党内情勢を考えた場合、最大派閥の領袖である安倍晋三元首相の意向を軽んじることはできず、「アベノミクス」の大きな柱である異次元緩和は続けていかざるを得ないという、政治家としての現実的判断も理由になるだろう。

次に、2)の予算案の問題だが、財政拡張色の濃い路線が継続されることは自明だ。税収が好調であり22年度予算の見積もりから上振れしそうであること、日銀の連続指し値オペがワークして長期金利上昇が抑えられていることが、財政拡張派への追い風になる。

バイデン米大統領が来日した際、岸田首相は首脳会談後の共同記者会見で「日本の防衛力を抜本的に強化し、その裏づけとなる防衛費の相当な増額を確保する決意を表明し、バイデン大統領からは、これに対する強い支持をいただききました」と明言した。

22年度当初予算に計上された防衛関係費は5兆4005億円。当初予算ベースでは10年連続増加しており、過去最高額である。その前の21年度は補正後で6兆円を初めて突破した。安倍元首相は防衛関係費について、6兆円台後半から7兆円近くまで増額すべきとの考えを明らかにしている。

このほか、気候変動への対応、子育て支援予算の大幅増額、防災・減災対応の公共事業など、歳出が増えやすい分野はいくつもある。歳出を削れるところがほとんどないとすれば、一般会計の予算規模は膨らまざるを得ず、国債には増発圧力が加わる。そして、そうした拡張財政を続けるためにも、日銀には異次元緩和継続で「頑張ってもらうしかない」という話になりやすい。

<円は逃避通貨の地位を保持>

このような状況下、日本の通貨である円は、「リスクオフ」へと市場全体が傾く際にマネーを退避させておく安全資産、いわゆる「逃避通貨」(「セーフヘブン通貨」や「シェルター通貨」とも呼ばれる)としての地位を失おうとしているのではないかとの一部市場関係者の見方を、マスコミが伝えたことがあった。本当にそうなのだろうか。

筆者は全く同意できない。「逃避通貨」については、1)資金を一時的にプールする対象になる(その通貨建ての)短中期ゾーンの国債の相場変動が限定的であること、2)カントリーリスクが大きくないことが、必要な条件になる。

1)に関して言えば、日本の経常収支は黒字基調を維持している上に、日銀の異次元緩和は粘り強く続けられていく見通しである。利上げ観測の強まりから売り込まれるリスクは乏しく、短い年限の日本国債の消化に問題は生じていない。

日本国債の格付けにおいても、悪い方向の動きは出てきていない。逆に、3月には日本国債の格付け見通しを引き上げた海外の格付会社があった。

また、2)のポイントの1つである国内政治の安定性については、すでに説明した通りである。核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の関連で日本のカントリーリスクは増したのではないかという見方もある。だが、北朝鮮のミサイル発射が為替市場を揺り動かすような場面は、実際にはほとんど見られない。

さらに第2次朝鮮戦争が仮に勃発する場合、米国は事実上の交戦国になるわけであり、東アジアの戦争状態に関与する度合いは日本よりもはるかに深くなる。これはドルの売り材料である。

なお、巨額の経常赤字を抱える国であり、政治の分断がこのところ際立っている米国のドルが「逃避通貨」であり続ける最大の理由は、ドルが基軸通貨であることに求められる。

市場の動きをあおるかのような一部の言説や報道に惑わされることなく、しっかり考えながら冷静に状況を見ていきたい局面である。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up