[東京 28日] - 2月に発表された1月分の米経済統計は、米連邦準備理事会(FRB)による利上げの継続を「これでもか」とばかりに促すものが多くなったように思う。景気指標では、雇用統計や小売売上高などが足元の景気の想定以上の底堅さを示した。
また、物価指標では、消費者物価指数(CPI)や個人消費支出(PCE)デフレーターなどがインフレ圧力の根強さを浮き彫りにした。
<打ち消された早期米利上げ停止>
速いタイミングで発表される2月分の米経済統計でも、サービスおよび総合の購買担当者景気指数(PMI)速報値が節目の50を超えるなど、堅調な結果が出てきている。
そうした一連の強い数字によって、2月や3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)といったタイミングでの利上げ停止観測が完全に打ち消されてしまった。
5月や6月、あるいはさらに先まで、「延長戦」的に0.25%ポイント幅での利上げ上乗せが続くだろうという見方が、足元の市場で広がっている。
さらに、タカ派のメスター・クリーブランド地区連銀総裁やブラード・セントルイス地区連銀総裁の発言から、利上げ幅が0.5%ポイントに拡大するのではないかと警戒する向きも市場に出てきている。
ただ、1月31日─2月1日開催分のFOMC議事要旨をみると、利上げ幅拡大の主張はこの会合の時点では少数にとどまったことが確認されている。
また、メスター総裁の直近の発言内容も、自制がきいたものになっている。そうしたこともあり、0.50%ポイントへの利上げ幅拡大はないと筆者はみているのだが、市場に漂う警戒感は払しょくされにくい。
<2年債利回り急上昇の背景>
ドル相場に多大な影響を及ぼしているのが、そうしたFRBの金融政策の先読みである。
米国債利回りのうち、政策金利であるフェデラルファンド(FF)レートが今後たどるとみられるパスを念頭に水準が形成される度合いが大きい2年債の利回りの動きを見ると、2月2日時点では一時4.03%まで低下する場面があった。足元のFFレート誘導水準が4.5─4.75%(中心点は4.625%)なので、早いタイミングでの利下げへの転換を織り込んでいたことは明白である。
ところが、上記の強い米経済指標連発をうけて、2年債利回りは急上昇。2月24日には一時4.84%をつけた。2日のボトムからの利回り上昇幅は、実に0.81%ポイントという大きさで、0.25%ポイントの政策金利変更3回分以上に相当する。市場の金利観がいかに急変したかが分かる。
<延長戦突入でも慎重なFRB>
ドル/円相場は、そうしたドル金利上昇に加え、植田和男次期日銀総裁候補が2月24日に衆院議院運営委員会での所信聴取で行ったハト派的な発言も材料になり、136円台を回復した。
もっとも、ドル金利上昇を主たる足場にしてドル高・円安がこのまま一方的に続いていくとみるべきではあるまい。留意すべき点がいくつかある。
まず、FRBの金融政策運営の基本線は現在でも、「より高い水準でより長く(higher for longer)」だと推測されること。「延長戦」的な利上げの継続は、上記の前段部分である「より高く」がもう少し長く継続するということであるわけだが、それは、想定以上に強い経済指標が出てきたから機械的に利上げをどんどん積み重ねるということではない。
昨年11月以降のFOMC声明文に明記されている通り、金融政策の変更が実体経済に影響を及ぼすまでにはラグ(時間差)がある。過去に実施した利上げの効果が今後、累積的に出てくることを、FOMC参加者の多くは肝に銘じていると推測される。
0.25%ポイント幅の小刻みな利上げを、必要が生じたと判断すれば追加しつつも、景気・物価状況に大きな変化が急に生じることはないのかを、日々慎重に探っていく構えだろう。
また、米国債のイールドカーブで、2年債と10年債といった代表的な組み合わせの利回り格差が、引き続き大幅な逆イールドになっていることも見逃せない。
今回の逆イールドが何を示しているのかに関しては議論もあるわけが、人によって程度の差はあるにせよ、FRBによる利上げの上積みが先行きの米国の景気・物価を一層押し下げてオーバーキルになってしまうリスクがあると、債券市場が認識していることは間違いあるまい。
<植田氏、YCCに問題意識>
日本サイドの動きについても若干触れておくと、植田氏のこれまでの発言内容から考えて、マイナス金利解除という「正面からの利上げ」は当面予想されない。
また、そうした利上げ実施のハードルを低くする可能性を秘めている13年1月の政府・日銀共同声明の修正問題に関し、植田氏は「直ちに見直す必要があるとは今のところ考えていない」と明言。この植田発言に岸田文雄首相は「政府として特段違和感のある内容はなかった」と応じた。
植田氏は一方で、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)に関しては問題意識を有しているようである。長期金利ターゲット設定年限の短期化というオプションへの言及もあった。仮に短期化されて10年債の指し値オペがなくなる場合、同債利回りは0.8─1%前後に上昇すると見込まれており、為替市場では円買い材料に十分なり得る。
日本の経済統計では、1月の貿易統計で輸出入差額が3.5兆円近い過去最大幅の赤字になり、円売り材料になった。経常収支も1月は赤字に転落する可能性が高くなっている。
もっとも、1月の貿易統計には、中国を含む中華圏の春節(旧正月)が今年はカレンダー上で1月下旬という早いタイミングだったことが影響し、中国向けの輸出の落ち込みが大きくなったという特殊要因がある。2月分ではその反動が出てくる可能性が高い。
むろん、世界経済の減速や、半導体などの供給制約の残存ゆえに、日本からの輸出が当面伸び悩むことは避けられそうにない。とはいえ、FRBや欧州中銀(ECB)の「延長戦」的な利上げ観測の根底にある米国や欧州の景気の想定以上の底堅さは、日本の輸出セクターにとっては朗報である。
以上のように考えると、「延長戦」的な米国の利上げ継続があっても、ドルが買い戻される幅は限定的だという結論になる。ドル/円の140円は近いように見えても、実際には意外に遠いのではないか。
編集:田巻一彦
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。
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