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コラム:「悪い円安」論に違和感、金融政策とのリンクは危ない道に=上野泰也氏

[東京 26日] - 「悪い円安」という言い回しが、このところマスコミ報道で多用されているように思う。もっとも、筆者は証券会社に籍を置き、金融市場参加者向けを含む各種媒体を通じて新たな情報を時々刻々追っているので、そのように感じるだけなのかもしれない。

 4月26日、「悪い円安」という言い回しが、このところマスコミ報道で多用されているように思う。都内の日銀本店付近で2016年2月撮影(2022年 ロイター/File Photo)

<「普通の人」から遠い存在の悪い円安>

そこで、新聞記事検索ツールを用いて、今年に入ってから4月24日までを対象に、「悪い円安」という表現を含む記事の数を調べてみた。

すると、最も多かったのは日本経済新聞の36(朝刊32・夕刊4)。日経は電子版にも掲載記事が57あった。一方、経済ニュースの比重が日経よりも低い全国紙の場合、ここまでは多くない。産経が24と多めだが、あとは毎日が8、朝日が6、読売が5となっている。国内2大通信社では、時事が17、共同が7。NHKニュースは4。ちなみにロイターニュースは17である。

このように見てみると、「悪い円安」というコンセプトは、日ごろから経済の前線で戦っているビジネスパーソン、なかんずく金融市場関係者の間では相当ポピュラーだが、経済情報との接点が日常的にさほど多くない一般の人々の間では、あまり知られていないと考えられる。

物価高の「主犯」は日銀と考える人々から怨嗟(えんさ)の声が上っている、というような話は全く聞こえてこない。「普通の人々」の1人と言えそうな知人に尋ねてみたところ、海外旅行に行く機会がコロナ禍でほぼなくなっていることが、為替に関する情報への関心度合いを相当低くしているようである。

<白川前総裁の指摘>

さて、その「悪い円安」である。ドル/円相場が急速にドル高・円安ドル高に動いて一時129.43円をつける過程で、さまざまなモノの値上げラッシュの原因として、この相場水準は「悪い」という趣旨の報道が多くなった。

だが、そうした空気が広がる中でも、冷静な見解を口にする識者の姿も散見された。筆者が最も注目したのは、かつて金融危機後のドル安・円高急進行への対応に苦しんだ経験がある、白川方明前日銀総裁の発言内容である。

時事通信が4月11日に配信したインタビュー記事の中で白川氏は「円高も円安も『良い』『悪い』で評価する議論には違和感を覚える。為替レートと金融政策を直接結び付けているように感じられるからだ」と述べた。筆者のみるところ、真実を突いた発言である。

さらに白川氏は「議論すべきは、金融政策が持続的な成長を脅かすバブル経済をはじめとするさまざまな不均衡を生み出していないか、といった幅広い点検だ」「物価目標であれ為替レートであれ、そこにフォーカスした議論は判断を誤る」とも述べていた。

ドル/円相場のある水準が日本経済にとって、メリットとデメリットの差し引きで「良い」か「悪い」かがすぐわかるような計算式は、どこにも存在しない。経済主体ごとに良し悪しは変わってくるはずであり、たとえば129円という水準は、自動車など輸出関連企業や、外貨建てで配当される海外収益の比重が高いグローバル企業には「良い」水準である可能性が高い。

その一方で、同じ相場水準は、ドル建ての原油など資源の輸入契約を多く抱えている輸入関連企業にはネガティブだろう。家計にとっては、身近な食品などの値上がりにつながるため総じてネガティブなのだろうが、為替予約をつけていない外貨建て運用を大きな金額で行っている場合は少数派ながらポジティブということも考えられる。

<妥当でない円安副作用と金融政策のリンク>

企業物価指数の上昇率が足元でかなり高くなっているのは、明らかに「資源高」が主因である。3月の輸入物価指数を見ると、契約通貨ベース(多くの国際商品の場合はドル建て)の上昇率が前年同月比プラス25.2%であるのに対し、為替相場の影響が加味されている円ベースでは同33.4%。大まかに言えば、前年同月と比べた場合の輸入物価上昇の4分の3は資源高によるものであり、残りの4分の1だけが円安要因である。

なお、輸出物価指数を見ると、契約通貨ベースが同7.9%であるのに対し、円ベースでは同13.1%であり、輸出関連企業にかなりの円安差益が生じていることもうかがえる。

日銀短観(企業短期経済観測調査)3月調査で、輸出企業の2022年度事業計画の前提となっている為替相場は、ドル/円が111.01円、ユーロ/円が128.04円だった。足元の市場実勢に照らし合わせると、大幅な為替差益が見込まれる。そうした事情があるからこそ、円安に対して日経平均株価が株高で反応する場面が、引き続き見られているのだろう。

この問題にはほかにも論点がいくつかあるのだが、いずれにせよ、このところ急ピッチで進行した円安は「悪い」と定義付けた上で、日銀に金融政策変更でそれを押し返すように求める議論の根拠は、かなりあいまいで、不確かなものである。

さらに白川氏が示唆している通り、為替相場に事実上連動させるかのような金融政策運営は、不安定なものにならざるを得ず、日銀のありようとして明らかに望ましくない。

為替相場のある特定の水準が「良い」「悪い」いずれなのかの判断を無理に下そうとすることや、為替政策は政府(財務省)が所管しているにもかかわらず日銀に引き締め方向の政策対応を安易に求めることは、いずれも妥当ではないという見解を、筆者は維持している。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

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