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コラム:日銀の追加緩和予告はなぜ「禁じ手」なのか=永井靖敏氏
2017年10月31日 / 07:51 / 22日後

コラム:日銀の追加緩和予告はなぜ「禁じ手」なのか=永井靖敏氏

[東京 31日] - 10月の日銀金融政策決定会合は、現行の金融政策の問題点を改めて考えさせる結果となった。展望レポートで、2017年度の実質成長率見通しが上方修正、2017年度および2018年度の消費者物価指数の見通しが下方修正された(政策委員見通しの中央値)。

今回は、2人の審議委員が交代したため、見通しの数値自体に連続性はない。ただ、日銀はこれまでも景気の上方修正と物価の下方修正を繰り返しており、2%の「物価安定の目標」の早期達成が難しいことが一段と浮き彫りになっている。

景気見通しが上向き、物価が一段と落ち着いているという点で、国民生活が望ましい方向に向かっていることを展望レポートは示している。このため、日銀が極めて緩和的な政策運営を続ける意義が弱まりつつあるようにもみえる。日銀内部での意見対立が、単なる追加緩和策の有無にとどまらず、現行の金融政策の是非に関する、原点からの議論に発展することが望まれる。

<片岡審議委員の意見に同調者が出なかった訳>

10月の会合でも、9月同様に片岡剛士委員が反対票を投じた。理由は、国内要因により「物価安定の目標」の達成時期が後ずれする場合には、追加緩和手段を講じることが適当であり、これを本文中に記述することが必要と主張したためだ。加えて、15年物国債金利が0.2%未満で推移するよう、長期国債の買い入れを行うことが適当であると主張し、現行の長短金利操作に反対した。

ただし、「物価安定の目標」の後ずれは、民間エコノミストだけでなく、日銀内部でもコンセンサスになっている模様だ。展望レポートで、物価が2%程度に達する時期は2019年度頃になる可能性が高いとしているが、2019年度の物価見通しの中央値は1.8%で、リスク評価は9人の委員の中の6人が「下振れリスクが大きい」としている。他の委員は、下振れリスクを考慮した上で、すでに適切な金融緩和を実施していると判断し、片岡委員の意見に同調しなかったと思われる。

市場では、現行の金融政策は適切ではなく、十分過ぎるとした見方が多い。マイナス金利の導入により、金融仲介機能に多大な負荷がかかっており、長期金利の操作目標設定と国債の大量買い入れにより、長期金利の財政悪化度合いを示すシグナル機能が麻痺した。株価については、現在の水準は必ずしも割高であるとは言えないが、少なくとも人為的な押し上げが必要な水準とは思えない。リスク資産購入当初、日銀はリスクプレミアムの縮小を促すことが目的と説明したが、すでにこの目的は達成したと言えそうだ。

当然のことながら、金融政策を行う上で、コストとベネフィットの比較衡量が求められる。また、単独ではなく、政府の政策との関連性も重視する必要がある。現行の金融政策は、2013年1月に政府と日銀が公表した「共同声明」(デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について)に基づいているからだ。

「共同声明」では、日銀が2%の「物価安定の目標」を目指す一方、政府は「持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進する」とした。政府が財政健全化に向けた取り組みを着実に行うことを約束したため、日銀はシグナル機能麻痺という問題を無視して積極的に金融緩和を行うことが正当化できた。

ただ、政府は「共同声明」に反して、2度にわたり消費税増税を先送りしたことで、「着実に推進する」とした約束は反故(ほご)にされつつある。今回の衆議院選挙でも、自民党は政策パンフレットから「2020年度までに基礎的財政収支を黒字化する」とした表記を削除している。政策パンフレットには財政健全化目標を堅持すると記載し、政府も公式に2020年度の黒字化目標を放棄したわけではないが、健全化目標が形骸化の方向に向かっているのは間違いないだろう。

<黒田総裁が否定する戦力逐次投入の予告と同じ>

日銀は今後、政府の政策運営の変化に対応する必要がある。前述した「共同声明」では、政府は財政健全化に取り組むことで、持続的な経済成長を目指すとしていた。だが、政府が財政健全化への取り組みを弱めた分、日銀は財政健全化未達のリスクを意識した政策運営にシフトする必要性が高まったと言える。

振り返れば、2013年4月に量的・質的緩和を実施した時点で、「期待の転換」を狙い、「戦力の逐次投入はせず、現時点で必要な政策は全て講じた」と主張できるほどの、大胆な政策を日銀が打ち出すことができた背景には、政府が財政健全化にコミットしていたことが挙げられる。財政収支が黒字化すれば、日銀が大量に国債を保有しても、政府に売却するという選択肢が生じる。

逐次投入は、日本の過去の経験から、戦術として稚拙というイメージがある。ただ、歴史家は、あらゆる敗戦は結果として戦力の逐次投入となり、勝てば適切な戦力投入になると分析している。日本の不幸な出来事の原因は戦術ミスではなく、そもそも無謀な戦争を行った点にあることは明らかだろう。

日銀の政策の問題点は、大胆な政策発動をしても「物価安定の目標」を達成できなかったにもかかわらず、原油価格下落の影響や、日本の物価が想定以上に適合的だったことなどを未達の理由にあげて、方針転換を行わず、戦力の逐次投入を行った点にあると筆者はみている。

逐次投入は、被害の拡大につながるという点で批判の対象になり得る。声明文に、「達成時期が後ずれする場合には、追加緩和手段を講じることが適切」とした表現を加えることは、戦力の逐次投入を予告するという意味で適切でない。

現行のマイナス金利付き量的・質的金融緩和は、金融緩和政策の持続性を高めるという観点からは優れた政策であるが、その分、将来出口で発生する損失拡大につながる。完成度が高い分、政府サイドの変化に対応しにくいという問題点がある。非主流派からの政策批判が、主流派に、現行の金融政策の問題点を根本から見直すきっかけを与えることを期待したい。

*永井靖敏氏は、大和証券金融市場調査部のチーフエコノミスト。山一証券経済研究所、日本経済研究センター、大和総研、財務省で経済、市場動向を分析。1986年東京大学教養学部卒。2012年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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