December 26, 2017 / 2:08 AM / a year ago

コラム:2018年春闘で決するアベノミクスの評価=永井靖敏氏

[東京 26日] - 2018年の国内景気を巡る最大の注目点は、春闘と考えている。労働需給のひっ迫を受け、非正規雇用の賃金は着実に伸びる一方、正規雇用の伸びは小幅なものにとどまるなか、政府は賃金上昇に広がりが出るよう、さまざまな政策を考案している。春闘は、これまでの政策運営の成果をみる上でも、重要なポイントになる。

<賃金が伸びにくい2つの理由>

日本では、正規雇用の賃金が伸びにくい2つの要因がある。1つめは、正規雇用の労働市場が硬直的で、正規、非正規間の賃金格差が大きいこと。政府が働き方改革で、「同一労働同一賃金」を最優先事項に掲げたことで、正規社員は現在の恵まれた地位を維持する「守り」のスタンスに入っており、高めの賃金引き上げを要求しにくい。この状況を打破するためには、硬直的な労働市場を一変させる「革命」的な改革が必要だが、政治的には極めて困難な対応だ。

このため政府は、「同一労働同一賃金」への道を、市場原理、すなわち解雇法制の整備により雇用の流動化を促すという急進的な手法ではなく、(社会問題化している)正規・非正規間の不合理な格差を是正することを目指すという漸進的な手法によって進めようとしている。

2つめは、企業が物価の上昇を確信できないこと。足元の企業収益は増加しているが、先行きについては依然不透明感が残る。この結果、恒常的なコスト増につながる正規雇用の賃金を引き上げにくい状況にある。もちろん、企業が価格転嫁は可能と判断すれば、賃上げに踏み切ることができ、労働組合が物価が上昇すると考えれば、強気姿勢で賃金交渉に臨むことができる。すなわち、インフレ期待が上昇すれば、問題は解決するが、インフレ期待の押し上げが難しいことは、これまでの日銀の金融政策で明らかになっている。

こうしたなか、安倍晋三首相は企業に対して3%の賃上げを要請。2016年の「2017年は少なくとも2016年並み」とした要請度合いをさらに強めた。政府は22日に、3%の賃上げを実施した企業に対して、税制上の優遇措置を講じるという、首相の意向に沿った税制改正大綱を発表している。

政府の要請を受け賃上げが実施され、その後、企業の価格転嫁が円滑に行われると、日銀の「物価安定の目標」の早期達成も視野に入る。賃金、物価の上昇率の均衡点を、ゼロ%近傍から2―3%程度の水準にシフトさせることができれば、政府や日銀の政策運営は成功したと評価して良いだろう。

<賃上げ定着には生産性上昇が必要>

問題は、新たな均衡点の存在の有無だ。縮小均衡から拡大均衡へのシフトが望ましいという点に異論を挟む余地はないが、政策発動により、一時的にシフトしても、元の点に戻ってしまうことは、日銀の異次元緩和導入後の物価の動きで証明済みの感があり、賃上げ実施企業に対する税制上の優遇措置も、一時的な効果しかない可能性がある。

なお、税制上の優遇措置については、すでに2013年から、一定以上の賃金を引き上げた企業に対して法人税率を引き下げる所得拡大促進税制が導入されている。内閣府は相応の効果があったと分析しているが、実際にはベースアップ(ベア)は低めの水準にとどまっている。政府は、新たな優遇措置は、所得拡大促進税制よりも効果が大きいと期待しているが、追加的な賃金押し上げ力は、さほど残っていないかもしれない。

税制で一時的に賃金が上昇しても、上昇が定着するには、生産性の上昇が必要だ。実際、日銀は、7月の展望レポートで、ベアを決める要因として、中長期のインフレ率と過去1年のインフレ実績に加え、過去1年の名目労働生産性変化率が影響しているとした分析を発表している。

<春闘不発なら改革軽視の問題表面化も>

安倍政権は就任当初から、成長戦略で生産性の上昇に力を入れる点を強調していた。2015年には、「生産性革命」というキャッチフレーズを盛り込み、生産性の上昇によって景気の好循環をもたらすことを目指してきた。

現時点で、マクロ統計から生産性の上昇を明確に読み取ることはできない。生産性は産出量と投入量の比率。近年、経済成長のかなりの部分が雇用情勢の改善、すなわち労働投入量の増加で説明できるため、生産性はほとんど上昇していないと評価することもできる。

ただし、マクロ統計は幅を持ってみる必要がある。米国で1980年代以降、急速にIT化が進んだが、生産性の上昇が確認できるまで、かなりの時間がかかった。少なくとも安倍首相在任中に、マクロ統計で「生産性革命」の進展度合いを直接評価することはできないと思われる。

こうしたなか、春闘は、生産性の上昇の有無をみる上で、分かりやすい指標だ。展望レポートの分析に従えば、生産性が上昇していれば、ベアが実施されるためだ。安倍政権は、「生産性革命」に加え「人づくり革命」を断行することで、高成長が可能と主張してきた。ベアが2017年並みの水準にとどまった場合、政治的に困難な雇用の流動化促進や財政赤字の削減など、痛みを伴う改革を軽視したことの問題点が浮き彫りになる恐れもありそうだ。

*永井靖敏氏は、大和証券金融市場調査部のチーフエコノミスト。山一証券経済研究所、日本経済研究センター、大和総研、財務省で経済、市場動向を分析。1986年東京大学教養学部卒。2012年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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