February 5, 2018 / 1:49 AM / 6 months ago

コラム:希薄化する財政再建意欲、黒字化は見果てぬ夢か=永井靖敏氏

[東京 5日] - 内閣府は1月23日の経済財政諮問会議で、「中長期の経済財政に関する試算」を提出した。同試算は年2回発表されているが、今回は昨年10月12日の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、政府が基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化目標先送りを正式に表明した後の初試算であることから注目された。

内閣府は今回、経済見通しの前提を修正。上位推計の名称を従来の「経済再生ケース」から「成長実現ケース」に変更した。

昨年の経済財政諮問会議で、「経済再生ケースについては、過去の実績も踏まえた現実的なシナリオにすべき」と指摘されたことを受け、2020年度の実質成長率を従来の2%超から1.5%に引き下げたと説明している。逆に、「ベースラインケースは足元のトレンドで着実に推移する姿を示すべき」と指摘されたため上方修正。2019年度以降の実質成長率を従来の1%弱から1%強に引き上げたとしている。

政府は先送り後も、プライマリー・バランス黒字化方針自体は堅持していると主張している。安倍晋三首相は22日の施政方針演説で、夏までに黒字化目標達成時期とその裏付けとなる具体的な計画を示すと宣言した。自民党は、2月1日に開いた財政再建に関する特命委員会で、5月にも政府に対する歳出改革の提言をまとめることを確認し、政府は、例年6月に発表している「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)で新たな黒字化目標達成時期を発表すると報じられている。「成長実現ケース」の黒字化時期は2027年度だが、あくまでも現時点の試算結果にすぎない。

昨年7月時点でも、黒字化は2025年度(「経済再生ケース」)という試算結果を示しながら、2020年度の黒字化目標を維持していた。今回は、試算で2年先送りしたため、目標達成時期も2年以上先送りしそうだが、2027年度より早い時期に設定することで、財政健全化に向けた新たな政策を打ち出す意欲を示すと思われる。

ただし、実際の黒字化は、新たな目標達成時期や「成長実現ケース」での達成時期よりも、遅くなりそうだ。永遠に黒字化できない可能性も完全に排除することができない。

政府は、「成長実現ケース」を現実的なシナリオと説明しているが、2020年度以降の1.5―2.1%とした実質成長率見通しや3.1―3.5%の名目成長率見通しは依然として楽観的で、「2025年問題」、すなわち、団塊の世代が後期高齢者になり社会保障費が増大する問題は政府の想定以上に深刻だと筆者はみているためである。

財政健全化に求められる痛みを伴う改革は、政治的に困難な状況にある。これまでの選挙を振り返ると、増税に消極的で、社会保障の拡充に積極的な政党が勝利している。国民も、今のところ財政赤字が望ましくない点を理解していると思われるが、「生産性革命」により、経済成長率を飛躍的に上昇することで、財政が健全化することに期待し、痛みの伴う改革の先送りに賛同する傾向があるようだ。

<否定されつつある財政赤字拡大の問題点>

こうした中、財政赤字が望ましくないという国民のコンセンサスも将来的に崩れる恐れがあると筆者は懸念している。

財政赤字の問題点として、1)民間部門の経済活力の低下、2)財政への信認低下による金利上昇、3)公的サービスの水準低下、4)世代間の不公平、が挙げられる。

1点目については、政府が民間の資金を吸収することで、成長のための資金が民間に回らず、民間部門の経済活動が低下すること、2点目については、政府財政への信認低下により金利が上昇し、政府の資金調達が困難になること、3点目については、利払い費の増加により、社会保障や危機対策など、政府が本来果たすべき財政機能を発揮できなくなること、4点目については、現役世代の受益により残された債務が、将来世代に付け回されること、を意味する。

ただ、民間部門の経済活力の低下に対しては、「ワイズ・スペンディング(賢い支出)」という言葉が流行りつつある。民間企業が自らリスクを取った資金でなければ、生産性の上昇につながる効率的な投資は行われないと筆者は考えているが、政府の資金でも生産性の引き上げが可能であるとの見方が一般的になれば、1点目の問題は無視される。

財政への信認低下による金利上昇や、利払い費増加は、将来問題になり得るが、「当面は杞憂にすぎない」と言われると、反論することができない。世代間不公正も、公共投資により財政赤字が発生しても、将来世代のためになるので問題はないという考え方がある。事後的には、効率の悪い公共投資が行われ、維持・廃棄費用という負の遺産となる恐れがあるが、事前に立証することはできない。

また、世代間不公正については、財政赤字を減らす理由にはなるが、財政黒字化を目指す理由にはならない。「将来世代に負担を残さないため、現役世代が、過去の世代が作った累積財政赤字を返済する」という話は「美しい」が、実行すれば、現役世代だけが「割を食う」ことになる。当面の政策は、現役世代の投票行動に依存する。損得よりも、「美しさ」を重視すべきかもしれないが、現実問題として現役世代の損得を軽視する政党に、支持が集まるとは思えない。

<債務残高対GDP比に一段と軸足をシフト>

世代間不公正の妥協点が、昨年6月に閣議決定された骨太の方針2017に採用された、「債務残高対GDP(国内総生産)比の安定的な引き下げを目指す」につながったと筆者はみている。骨太の方針2017では、プライマリー・バランスを2020年度までに黒字化するという目標も残したが、力点はすでに債務残高対GDP比に移りつつあるとの見方が増えている。

ベースラインケースの試算値からも、目標シフトの動きが読み取れる。今回、ベースラインケースの成長率見通しを上方修正したことにより、前回まで拡大傾向にあったプライマリー・バランスの赤字が縮小傾向をたどることになった。

従来のベースラインケースには、「経済が再生しなければ、財政赤字が発散する」ことを警告する狙いがあったが、今回から「ベースラインケースでも、累積債務残高の対GDP比は縮小に向かうため、財政赤字は発散しない」ことを示す形になっている。

ベースラインケースの役割が、警告から不安抑制にシフトした点から、財政健全化に対する政府の意気込みが低下している様子が読み取れる。実際には、新しいベースラインケースの成長率を達成することも難しいと筆者はみている。安倍首相は2日の衆議院予算委員会で、「財政健全化の旗は降ろさない。不退転の決意で改革を進める」と明言したが、日本の財政赤字問題は徐々に深刻化しつつあるようだ。

*永井靖敏氏は、大和証券金融市場調査部のチーフエコノミスト。山一証券経済研究所、日本経済研究センター、大和総研、財務省で経済、市場動向を分析。1986年東京大学教養学部卒。2012年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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