[オーランド(米フロリダ州) 15日 ロイター] - これまで世界に危機が訪れた場合、円ほど「安全な避難先」として喧伝されてきた資産は少ない。
しかし2月24日にロシアがウクライナに侵攻してからの数週間で、円はドルに対して下げ続けて5年ぶりの安値に沈んでしまった。どうも今度は事情が違っているようだ。
国際金融市場の混乱時に円が堅調となる根拠は、金利低下とコモディティー値下がり、日本の膨大な経常収支黒字だが、足元ではいずれも存在しない。さらに円にとって悪いことに、これらの要素はむしろ逆方向に動いている。米連邦準備理事会(FRB)の利上げ観測を受けて金利は世界的に上昇し、エネルギーや他のコモディティーの価格は高騰、日本の経常黒字は小幅にとどまり、しかも消滅しつつある。
HSBCの通貨アナリストチームはとうとう白旗を揚げ、ウクライナ侵攻以降の市場を襲ったショックの性質を過小評価していたと認めた。円のようなカウンターシクリカル通貨を押し上げる「典型的なリスク回避取引」の代わりに、「コモディティー輸出国の通貨の大半がコモディティー純輸入国の通貨をアウトパフォームする」という現象が見られているためだ。もちろん、日本ほどエネルギーを輸入に頼っている国は、世界中を見渡してもほとんどいない。
日本の主要エネルギー需要の大半は原油で賄われ、その原油の90%以上が中東地域から輸入されている。日本は世界屈指の液化天然ガス(LNG)輸入国でもあり、LNGが電源構成の約25%を占める。
原油価格は、ウクライナ侵攻前に1バレル=90ドル前後だった北海ブレントが今月に入って一時140ドルまで跳ね上がった。アジアのLNGスポット価格は新型コロナウイルスのパンデミック前に比べると約20倍の水準だ。
こうしたエネルギー市場の動向に伴って日本の交易条件は急激に悪化する。円高のためもあって何十年間もほとんど途絶えたことのなかった経常収支黒字が今回、間もなく赤字に転じる恐れが出てきた。
ドイツ銀行のマクロ・ストラテジスト、アラン・ラスキン氏は「これはいつもと違う形の危機だ。米金利と原油は下がらずに上がり、交易条件は日本にとって好ましくない方向で推移している」と指摘した。
<安全でなくなった資産>
ラスキン氏は40年にわたって外国為替市場の動きを見てきた。その間には1990年の第1次湾岸戦争、1998年のロシア財政危機とLTCM破綻危機、2007─09年の世界金融危機、2020年の新型コロナウイルスのパンデミックといった大きなショックが発生し、いずれも大幅な円高をもたらしている。
「平時」に日本の巨額の経常黒字を背景に蓄積している海外資産について、国内投資家が一部を突然、環流させるためだ。世界有数の規模の海外投資資金を国内に戻そうとする「ホームバイアス」が持つ力は大きい。
最も強い円高局面が到来したのは1998年10月だった。その2カ月前の8月、ロシアがルーブル建て債務の突然のデフォルトで世界を驚愕させ、これをきっかけに1カ月後に米ヘッジファンドLTCMが経営につまずく危機が発生した。当時の円は10月7日に対ドルで7%、その週全体で16%も上昇した。
そして今、ロシアのデフォルトが再び目前に迫っているが、円の安全資産としての地位は影を潜めてしまっている。
以前に市場が重大なストレスないし地政学的緊張にさらされた際には、いつも日米金利差が円高に作用してきた。国債利回りは米国の方が日本より急速に下がるからだ。
ところが今回の危機では、米国債利回りの上昇が最近になって加速している。米国の物価上昇率が8%近くと40年ぶりの高い伸びを記録。FRBはインフレへのタカ派姿勢を見せている。市場はFRBが利上げペースを速める公算が大きいと予想しているのだ。
一方、スタンダード・チャータードのグローバルFX戦略責任者で、やはり長年外為市場を見守ってきたスティーブン・イングランダー氏は、円の対ドル下落率がこの3週間弱で2.5%に達した時点から、円安は一服の態勢にあるとみている。
それでも同氏は、日米金利差や、安全資産としての魅力度、基調的な経済成長という通貨価値を左右する3つの主な要素がどれも円にとってマイナスに働いている以上、円が小康状態を保つのは恐らく一時的だと分析。「円は目下、安全資産としてはコストが大きい」と語り、3要素全てがドル高/円安に働いている上に、エネルギーショックという4番目の要素も加わるとすれば、円に対して強気になる理由は非常に乏しいとみている。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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