May 7, 2018 / 2:20 AM / 6 months ago

コラム:ドル高支える「トランプ帝国主義的循環」=重見吉徳氏

重見吉徳 JPモルガン・アセット・マネジメント グローバル・マーケット・ストラテジスト

 5月7日、JPモルガン・アセット・マネジメントのグローバル・マーケット・ストラテジスト、重見吉徳氏は、トランプ米政権の目下の目標は貿易赤字の削減ではなく、ドルの下支えだと分析。写真はトランプ大統領。米ワシントンで5月撮影(2018年 ロイター/Carlos Barria)

[東京 7日] - 先週5月3─4日に実施された米中通商協議は不調に終わったようだ。米国側としては、1500億ドル相当の中国製品に関して輸入関税を引き上げるというカードはそう簡単には取り下げられない。一方の中国側は、自国の巨大市場という最強のカードを持っているため、この交渉を、表面上は別として実質的には、有利に進められるとの考えだろう。

そうした中、今後のドルについては、大幅なドル高は望み薄としても、サポートされる条件は整いつつあるようにみえる。本稿では、時に支離滅裂とも受け止められるトランプ米政権の経済政策を整理しつつ、ドルの見通しを考えてみたい。

<トランプ政権の「2つの経済政策」>

トランプ政権の目下の目標は、貿易赤字の削減ではなく、ドルの下支えだろう。確かに、トランプ大統領からは重商主義的な発言も聞かれるが、貿易赤字の削減は政権の目標ではない。そのような姿勢は、ドルを支えるためのポーズだろう。これを確認するために、米政権の経済政策を整理したい。

トランプ政権のテーマは「Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国に)」だ。米国は、政治的な覇権を取り戻すために、経済上の競争力を維持し、高める必要がある。現政権が、経済的な競争力の維持・向上のために有効と考え、すでに表出している政策は次の2つだ。

●国内的には、サプライサイド経済学への回帰

●対外的には、戦略的貿易政策の復活

1点目のサプライサイド経済学は、1)減税や歳出削減、規制緩和などの「小さな政府」によって企業の投資を刺激すれば供給力を高められる、2)供給力の高まりは、財政中立かつトリクルダウン(富裕層や大企業が豊かになると、最終的には下位にも恩恵が行き渡ること)をもたらす、との主張である。

すでにトランプ政権は、減税と規制緩和を一部実施済みだが、今後については「小さな政府」とは矛盾しつつも、供給力を高めるためにインフラ投資を検討している。

サプライサイド経済学は、「レーガノミクス」とも呼ばれるが、レーガン政権1期目(1981年1月から85年1月)の実際の経済政策は、レーガノミクスの理想とは異なり、大胆な歳出削減を実現できず、減税と国防支出の増加が財政赤字を拡大させた。当時の国防支出を、現在のインフラ投資に置き換えれば、トランプ政権の財政軌道はレーガン政権のそれと似通うだろう。

ただし、本稿の結論にも関わる重要な点として、(「双子の赤字」の拡大を考えればファンダメンタルズの観点では持続不可能なはずの)米国への資金流入により、ドルは1985年9月のプラザ合意まで支えられた。

<IT分野が「戦略的貿易政策」の対象に>

2点目の戦略的貿易政策とは、一言で言えば、通商政策ゲームである。他国の通商政策や国内規制(=相手の戦略)を考慮しつつ、自国の通商政策(=自分の戦略)を打ち出す状況を指す。

例えば、すでに自国の産業が生産規模や技術の面で優位性を持つ場合には、他国に貿易障壁を取り除かせ、自国製品を受け入れさせることで、他国のキャッチアップを防ぐ。あるいは自国と他国の生産規模や技術に大きな差異がなく、他国が当該産業の保護や育成を行っていれば、自国も輸入関税や補助金の導入などによって同様の競争環境を整備するといった具合である。

戦略的貿易政策は、1)規模の経済性があり(産業の集積による生産拡大と平均費用の低下:マーシャルの外部経済性)、2)外部性が高く(他産業への技術のスピルオーバー・波及効果が大きい)、3)交易条件を有利にするような産業が対象となる。現在で言えば、情報技術(IT)産業が、過去の経緯から言えば、半導体がこれに該当しよう。

レーガン政権2期目(1985年1月から89年1月)を振り返ると、1985年1月に開始が合意された市場志向型分野別(MOSS)協議では、米政府は日本政府に対し、米国の半導体企業が所有するチップのデザインやソフトウェアに関する知的財産権の保護に加えて、日本政府が支援するソフトウェアの開発プロジェクトへの米国企業の参加や特許の公正な利用などを求めた。

また、1986年9月の日米半導体協定では「日本市場における外国系半導体の市場参入機会を拡大する」ことが確認されたが、米国は1987年4月に、日本の半導体市場の不十分な開放性と第三国市場でのダンピングを理由に、パソコンやカラーテレビ、電動工具などに相殺関税を課している。

こうした風景は、最近のトランプ政権の通商スタンスと似通う。同様の通商スタンスは、ジョージ・H・W・ブッシュ政権(1989年1月から93年1月)の日米構造協議(SII)をはさみ、クリントン政権(1993年1月から2001年1月)の日米包括経済協議に引き継がれていった。

以上のように整理してみると、トランプ政権の経済政策は、その経済閣僚メンバーを見ても同様だが、レーガン政権への郷愁が感じられる。

<トランプ減税もドル下支えの仕掛けか>

ここで、次のように考えられる。

●サプライサイド経済学とインフラ投資は、貿易赤字の削減と矛盾する

●戦略的貿易政策は、貿易収支の水準に影響を与えない

従って、先の2点が、トランプ政権の主要な経済政策だとすれば、貿易赤字の削減は優先課題とは言えない。以下、これを確認する。

最初に、減税や規制緩和、インフラ投資が企業投資を刺激する場合、貿易赤字の拡大が避けられない。また、そもそもインフラ投資そのものが政府支出の拡大であり、減税によって個人消費も刺激を受ければ、貿易赤字を拡大する方向に作用する。つまり、現政権にとっては、政策実現のために、ドルのファンディングが決定的に重要になる。

次に、戦略的貿易政策についても、例えば、自国産業保護のための輸入関税の賦課や、相手国のキャッチアップを防ぐための貿易障壁撤廃(相手国の国内補助金の撤廃要求など)は、貿易収支に影響を与えない。一方で、ドルの下支えには資すると考えられる。

例えば、輸入関税をかけることで、輸入が減ると仮定すれば、貿易収支が改善する兆しを見せるが、この結果、実質為替レート(物価xドル)が上昇する。実質レートの上昇は、自国の輸出減少を促す結果、貿易赤字の水準には影響を与えない。輸出の減少による国内供給量の増加が、輸入の減少を埋めることで、国内需要を満たす。各国にとってみると、輸出と輸入の両方が減少する(=貿易量が減少する)縮小均衡であり、生産効率と消費選択の多様性が低下するという意味で、経済全体の厚生は落ちる。一方、国内の産業間の相対所得に変更を加えられる場合がある。

反対に、相手国の貿易障壁を取り除かせるなどして輸出が増えると仮定すれば、やはり貿易収支が改善する兆しを見せることで、実質為替レートが上昇する。実質レートの上昇は、自国の輸入拡大を促す結果、貿易赤字の水準には影響を与えない。輸出で漏出する国内供給量の減少を輸入が埋める。貿易障壁が取り除かれるため、各国にとってみると、貿易量が増加する拡大均衡であり、経済全体の厚生は高まる。一方、この場合も、国内の産業間の相対所得は変更を迫られる可能性がある。

このように、輸入を減らしたり輸出を増やしたりする政策では、貿易収支の水準に影響を与えない可能性がある。広く議論されるように、供給力を一定としたまま、貿易赤字の削減を実施するためには、内需を減らす必要がある。

しかし、冒頭で述べたとおり、トランプ政権の目下の目標は、貿易赤字の削減ではなく、(サプライサイド経済学を支えるための)ドルの下支えだろう。そして、すぐ上で見たとおり、輸入関税の賦課や貿易障壁の撤廃は、貿易収支の改善というよりも、ドルの安定と整合性がある。

加えて、ドルの安定との整合性という観点では、いわゆる「トランプ減税」(2017年雇用・減税法)には、海外子会社の累積留保利益の本国還流に1回限りの軽減税率を課すものがあるが、これもドルを支えるための仕掛けだろう。

1968年1月1日にジョンソン大統領(当時)は、ブレトン・ウッズ体制(金・ドル本位制)、言い換えればドルの価値を守るべく、米国企業に対し、海外留保利益の本国還流を訴えており、目的の共通点を考えれば、興味深いところである。

<「レーガンの帝国主義的循環」>

ドルは目先、幾分安定するだろう。著名投資家のジョージ・ソロス氏は、1980年代当時の著述の中で、レーガン政権誕生から1985年9月のプラザ合意に至る「双子の赤字」拡大局面の持続不可能なドル高について、「レーガンの帝国主義的循環」と表現している。

それは、減税や政府支出の拡大が高金利を招き、高金利が(ソロス氏に言わせれば「レーガンの自信たっぷりの態度」も)海外からの資金流入を誘ってドル高が生じ、ドル高が低インフレを呼び込み、低インフレが高い実質金利を生み出して、さらなる資金流入を促すとともに、「双子の赤字」やドルを支えるという循環である。

現状に鑑みれば、ドルは、主要国の中で、中国についで高金利通貨となっている。また、インフレ率についても、米国はこのところ、幾分上昇トレンドにはあるが、1970年代や80年代初頭のようにコントロール不可能な事態が予見されているわけではなく、むしろまだ低位安定と言えるだろう。また、日本や欧州などは、出口に向かう方向とはいえ、年初に比べれば、慎重姿勢が増しているようである。

大幅なドル高は望み薄としても、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが、低格付けの企業債務のデフォルトを誘発するまでは、ドルが堅調推移する可能性は否定できない。

重見吉徳 JPモルガン・アセット・マネジメント グローバル・マーケット・ストラテジスト(写真は筆者提供)

*重見吉徳氏は、J.P.モルガン・アセット・マネジメントの日本におけるグローバル・マーケット・ストラテジストで、エグゼクティブ・ディレクター。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了後、農林中央金庫にて、外国証券・外国為替・デリバティブ等の会計・決済事務および外国債券・デリバティブ等の投資業務に従事。その後、野村アセットマネジメントの東京・シンガポール両拠点において、グローバル債券の運用およびプロダクトマネジメントに従事。アール・ビー・エス証券にて外国債券ストラテジストを務めた後、2013年3月より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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