[東京 11日] - ドル/円が上昇に転じた原因は、円安傾向が続く中でドル安が止まったことにある。昨年末まではリスクオンのドル安が進行していたが、今年に入るとドルは多くの通貨に対して下げ止まった。
ドル安が止まったのは、米長期金利の上昇がドル高に作用するようになったからであり、米長期金利とドル相場は逆相関から順相関(米金利とドルが同方向に動く傾向)に転じている。米国の名目金利だけでなく実質金利も上昇したために、ドル高に作用しやすくなったと言える。
一方、米株価とドル相場の逆相関(米株価とドルが逆方向に動く傾向)は弱まっており、リスクオンのドル安は弱まっている。また、米株価とクロス円の順相関も弱まっており、リスクオンの円安も弱まっている。
他方、米長期金利とクロス円の順相関は続いており、米金利と連動した海外金利上昇が、クロス円の上昇をもたらしたと言える。
つまりは、米長期金利の上昇がドル安を止めるとともに、海外金利上昇が円安に作用し、ドル/円とクロス円がともに上昇するようになった。ドル/円が上昇に転じた原因は、リスクオンの円安よりも米長期金利上昇のドル高にある。
<米財政拡張期待がドル高要因に>
米長期金利上昇とドル高の原因としては、1)米財政拡張への期待、2)米景気回復への期待、3)米金融当局の姿勢─が挙げられる。
米大統領と上院、下院を民主党が掌握するトリプルブルーになったことが、大規模な財政政策を可能にする。1.9兆ドル規模の景気対策が実施されるだけでなく、今年10月からの新年度予算で財政支出が拡大する可能性も大きい。
今後も米国の財政拡張への期待は続き、長期金利上昇を通じてドル高要因となりやすいだろう。ただ、財政支出を拡大しても米景気回復が鈍いようだと、財政赤字拡大への懸念が台頭してドル安要因となるリスクもある。
<米景気回復期待もドル高要因に>
米経済指標が改善傾向にあるため、景気回復への期待は高まる方向にあると見られる。昨年は、米経済指標が市場予想を下回るケースが増えていたことが影響し、期待インフレ率が高まっても実質金利は低迷していた。だが、今年は米経済指標が市場予想を上回るケースが増えており、実質金利は上昇している。
昨年来、米国の新型コロナウイルス新規感染者数の動きに4週間ほど遅れて、エコノミック・サプライズ指数が逆方向に動く傾向がある。今年に入り新型コロナ新規感染者数が減ってきたことからすると、当面は米経済指標が市場予想を上回りやすく、米長期金利上昇を通じてドル高要因となりやすいだろう。
ただ、新規感染者数が増加傾向に転じることになれば、米経済指標が市場予想を下回り、米長期金利低下を通じてドル安要因となるリスクもある。
<長期金利上昇をけん制しない米金融当局者>
米金融当局者の多くは最近の国債利回り上昇について、景気回復やインフレへの見通しを反映したものとして容認する姿勢を示しており、そのことが米長期金利上昇を促す一因となっている。米政府が大規模な景気対策を打てば景気回復が促進されるので、米連邦準備理事会(FRB)が追加緩和を行う必要はなく、長期金利上昇を抑えるために国債購入を増額する必要はないとの考えもあるようだ。
米景気回復の鈍化を懸念する必要性が生じない限り、米金融当局者は最大雇用と物価安定の目標に向けて顕著な進展があるまでは、現行の政策金利と債券購入ペースを維持する姿勢を示す一方で、長期金利上昇をけん制しないだろう。
<米長期金利上昇が抑制される可能性>
こうしたことから、今後も米長期金利の上昇圧力は残るだろうが、上昇余地は大幅ではないと考えられる。米株価上昇に金利上昇が加わったため、金利との裁定関係から見た株価の割高感が強まり、株価上昇が大幅には進みにくいと考えられるからだ。
米10年国債利回りから米S&P500株式益回りを差し引いたイールド・スプレッドはマイナス3.0%程度まで上昇し、2008年以降の上限となってきたマイナス2.8%─マイナス2.6%に近づいている。米金利上昇が進むと株価が反落しやすく、そうなると金利が反落しやすくなるので、株価と金利の上昇は大幅にはなりにくいだろう。
また、実質金利上昇を伴う長期金利上昇がドル高や株安を招き、米国経済に看過できない負の影響を与えると懸念される状況になれば、米金融当局者は金利上昇には国債購入増額で対応できると、市場をけん制するようになるだろう。そうなると、名目・実質金利の上昇とドル高が抑えられる可能性が高い。
<ドル/円の上昇余地は限定的か>
米株価とドル/円の順相関は弱まっており、逆相関になるケースも少なくない。これは、リスクオンの円安とドル安、リスクオフの円高とドル高に大差がないことを示す。したがって、米株高に振れても、ドル/円が大幅に上昇することにはなりにくい。また、米株安に振れても、ドル/円が大幅に下落することにはなりにくい。
ドル/円は、リスクオン局面での上昇、リスクオフ局面での下落が進みにくい一方で、米長期金利に連動しやすい。米長期金利の上昇余地が大幅でないとすれば、ドル/円も同様だろう。今後、ドル高・円安はペースダウンしやすく、ドル/円は110円を大幅には超えにくいのではないだろうか。
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*亀岡裕次氏は、大和アセットマネジメントのチーフ為替ストラテジスト。東京工業大学大学院修士課程修了後、大和証券に入社し、大和総研や大和証券キャピタル・マーケッツを経て現職。
*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。
編集 田巻一彦
私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」